第68話 魔族の集落①●



 目を覚ますと、タバコを吹かしているルチャがいた。

 俺としたことが、眠ってしまったらしい。


 布を頭に巻いた陽気な友人は、黙って俺の横を指さす。

 俺に寄りかかったままティーレはすやすやと眠っていた。


 恥ずかしいところを見られてしまった。


「……貸しだからな」


「悪い、借りとく」


 この借りは高くつきそうだ。でもまあ、黙っていてくれるのならばアリかな?

 目が冴えたので周りを見渡す。東の水平線から白い空がのぼってくる。その下からゆらゆらと太陽が顔を出している。夜明けだ。


 朝食の準備をしなければいけないのだが、寄りかかっている彼女のことを考えると動けない。


 朝食とティーレを天秤にかけていると、テントからアシェさんが出てきた。

 寝起きだからなのか、眼鏡をしていない。金髪碧眼と眉間に皺を寄せていなければ、かなりの美人だ。

 アシェさんは例のごとく眉間に皺を寄せる。俺とティーレを交互に見てから肩をすくめた。そのまま無言で旅の準備を始める。


 仲間たちの気遣いが胸に突き刺さる。これは当分、強く言えないな……。

 遅めの朝食をとってから、また山道を進む。



◇◇◇



 予定から遅れること一日。

 四日目の昼過ぎに魔族の集落を発見した。


 岩陰から棒状のスキャナーを構えて、集落の様子を探る。もちろん、可視光線は無しだ。


 建物が木造家屋で助かった。隙間から光線で屋内の大気の揺れを検知できる。精密モードのおかげもあって、より詳細な結果が送られてきた。


 人口は二七人。男が一三人、女が九人、子供が五人だ。


 担いできたレーザー式狙撃銃からスコープを外す。


 魔族を見たのは開拓村が襲われた一度きりだ。なのでどういった生態なのかハッキリしない。一応、惑星調査の一環だし、個人的にも気になる。接触を試みる前に観察することにした。

 事前調査は大事、これ戦争の鉄則。


 スコープ越しに集落を覗く。

 山奥にいるので原始的な生活をしていると思ったら、案外、普通だった。


 木造二階建ての家や家畜小屋、雑貨店らしき看板のかかった建物もある。思っていたよりも文明的だ。そういえば、魔法の詠唱も同じ言語をつかってたっけ。つかっている魔法も同じなのだから、元は人と暮らしていたのかも知れない。


 そんなことを考えていると、魔族の特徴らしき黒や白い肌でない普通の人を見つけた。人間か? 交渉可能かもしれない。


 淡い期待を胸に、単身での交渉を仲間に提案した。


「あなた様、いくらなんでも危険すぎます」


 ティーレにしては珍しく猛反対だ。ほかのみんなも渋い顔をしている。


「交渉するために来たんだ。危険は承知だよ」


 みんなを説得して、集落へ向かおうとすると、ティーレが抱きついてきた。


「誰がなんと言おうと、私は絶対に行かせません」


 駄々をこねる彼女は初めてだ。少しだけ力を入れて抱きしめる。


「大丈夫、俺を信じてくれ。精霊様も守ってくれるさ」


 優しく彼女の耳元で囁くと、

ずるいです」


 やっとティーレは離してくれた。


「それじゃあ行ってくる」


 ゆっくりと集落に向かって歩く。


 集落が近づくにつれて、魔族の視線が増えてくる。歓迎でも敵対でもない、疑うような眼差しだ。そりゃそうだ、こんな山奥に一人でやってくるんだから警戒して当然。攻撃してこないだけありがたい。


 集落に入る前に立ち止まり、大声をあげる。


「怪しい者じゃない、話し合いに来た。ここの責任者と話がしたい」


 言い終わると同時に、集落の奥で砂煙が立った。何事かと注視していると、突然、バサバサと音がした。空を見上げると、白い布を靡かせて落下してくる。それは着地と同時に、俺の首筋にヒンヤリとした感触を押し当てた。


「待ってくれ。戦う気はない、話し合いに来ただけだ」


 目玉を動かし首筋に刃物を当てているであろう魔族を見る。開拓村を襲った白装束――白で統一した古典的な巫女服の魔族だ。魔法障壁をつかう侮れない相手。

 襲撃されたときは夜だったので特徴をはっきり確認できなかったが、俺の胸くらいまでしかない小柄な少女だったとは……。


 病的な白い肌とは対照的に、光すら飲み込むような漆黒の髪を二つ結びのおさげにしている。双眸は金色こんじきに輝いていて、なかなか刺激的な美人だ。

 首筋の冷たい感触がなければフランクに話しかけていただろう。


「……どうやってここまで来たのですか」

 気の強そうな声だった。


 魔法詠唱だけしか声は聞いていなかったので、女であることしかわからなかった。身のこなしといい、引き際といい、訓練を受けた兵士だと思っていたのに、刃物の当て方が弱い。

 こんな少女に警戒していたとは……勘違いもいいところだ。


「山道を歩いて来た。四日もかかった」


「仲間は?」


「後ろに四人。男が二人、女が二人。敵意がないことを知ってほしかったから、一人で来た」


「……どこかで見た顔ですね」


「おまえたちが襲った村にいた」


 刃物がぐっと肉に食い込む。


「せっかくここまで来たんだ。話くらい聞いてくれよ。殺すのはいつでもできるだろう」


「…………」


「こっちは全員ひっくるめてもたったの五人。恐れることはないだろう」


 刃物が肉に食い込んだときは冷や冷やしたが、即座に殺さないということは交渉の余地があるということだ。それを信じて話を進める。


「俺たちに敵意はない。信じてくれ」


「…………」


「食べ物に困っているのなら近所のよしみでゆずる。水が欲しけりゃ、いくらでもくれてやる。それとも酒がいいか? 何が欲しい。金か、それとも砂糖、塩、茶、薬、なんでもいいから交渉できそうな物を言ってくれ」


 ひやりと冷たい声音。


 嫌な予感がした。なんでもは失敗か?! こういう質問のあと、必ず殺されるのは映画のお約束セオリーだ。俺としたことが、やらかしてしまった。


「命以外はね」


 遅まきながら訂正する。受け入れられるといいんだけど。


「……薬…………医者と薬がほしい」


「俺は医者だ。薬も持っている」


「嘘です。そんなに都合良く医者が来るわけありません」


 なかなか鋭い。でも医療キットを持っているのは事実だ。なので強くに出ることにした。


「嘘じゃない、試しに一人診させてくれ」


「…………いいでしょう着いてきなさい」


「そのまえに、仲間と話をさせてくれないか。医療用の道具もそっちに置いてきているし、仲間が誤解して君たちと戦いかねない」


「……いいでしょう」


 金眼の少女は首筋から刃物を離すと、口笛を吹いた。わらわらと魔族がやってくる。


 攻撃の意志はないようなので、遠くにいるティーレたちを手招きした。


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