第67話 魔山②●
遠くの空から闇がのぼってくる。
夜の足は速い。うかうかしていると真っ暗になってしまう。
はやめにキャンプの用意をすることにした。
いまや欠かせぬ道具となった帝国産のテントを広げる。五人くらいなら楽に寝られる便利グッズ。
帝国産特有の流線形のデザインは嫌いだったが、最近ではその良さがわかってきた。自然に溶け込むフォルム、流線形は惑星に適したデザインだ。
「凄いな、あんなちいさな細長い布が、こんな立派なテントになるなんて」
「我が国にもほしいですね」
ルチャとクラシッドが手放しで褒める。俺がつくったテントではないので微妙だ。
「なかも広い! 荷物までは無理ですが五人程度なら楽に寝られる広さです」
魔族に発見されぬよう、火を熾さず携行食糧で夕飯をすませて、はやめの就寝に入る。
アシェさんとクラシッドは疲れているだろうから、俺とティーレ、ルチャが交代で見張りをすることにした。
このことを決定したとき、護衛役の二人は猛反対した。
「クラシッド、いざというときに備えて休息するのも仕事のうちだぞ」
「しかし若、自分には護衛の任務があります」
「寝ておけ。いざというとき、バテて動けないとこっちが困る。それとも俺たちよりも、はやく山道を進めるのか? ここは素直に主人の言葉に従っておけ」
「…………」
「ラスティも見張りに立ってくれるから、安全だ。そうだろう?」
「ああ、周辺に魔族はいない。魔法でしらべた。魔族の拠点もしらべてある。あと二日は先だ」
「そのような魔法が……それであれば心配はなさそうですね」
納得したようで、クラシッドはテントに入っていった。アシェさんも続いて入る。クラシッドと同じくらい渋っていたが、どうやらティーレの説得は根負けしたようだ。
「あなた様、それでは私も先に失礼します」
「ラスティ、俺も順番がきたら起こしてくれ」
ティーレとルチャもテントに入る。
よほど疲れていたのだろう。みんなテントに入るなりすぐに静かになった。
まっ赤に燃える太陽が水平線に沈むと、反対の空から月が顔を出した。綺麗な丸い月だ。
冷ややかな銀光が山を照らす。それを手助けするように星々が輝きだした。
宇宙を思い出す。
初の惑星調査はとんだアクシデントに見舞われてしまったが、生きてこの惑星に降り立つことができた。
ティーレと出会って、フェムトのお節介で彼女と結ばれた。美しく優しい清らかな心をもった女性だ。正式な婚姻には至っていないものの、俺は幸せだ。
これから先、どうなるかわからない。もしかすると宇宙軍に救助されるかも知れない。だけど、この惑星の居住権くらいは認められるだろう。それに値する調査結果は残したつもりだ。
あとは〈貴族の勤め〉が適正な処置であったことを主張できる、帝国の爵位だけ。そのためにもエレナ事務官か、爵位をくれる帝国貴族を発見して保護しなければならない。これが一番の難関かも……。
くよくよ考えていも仕方ない。ここは前向きに帝国貴族を探すことに全力を
そんなことを悶々と考えているうちに、見張りの交代時間がやってきた。次の見張りはティーレだけど、もう少しだけ寝かせておいてあげよう。
悩むのをやめて、明るい未来に思いを
幸せな家庭を築こう。子供は……そうだな女の子が一人と男の子が二人。庭のある家で暮らして、農家をするのもいいかもしれない。休みの日はティーレと買い物に出かけて、雨の日はロッキングチェアーでくつろいで……。
想い描いた理想を枝で地面に書いていたら、テントからティーレが出てきた。
夜風に棚引く青みを帯びた銀髪が、月の光に照らされる。月を背にした彼女だが、真紅の瞳がぼうっと闇に浮かんでる。
ただ一言、美しい。
ティーレの姿に見とれて、地面に描いた理想を消し損ねた。
「あなた様、地面に何を描いていたのですか?」
「つまらない夢さ」
慌てて、枝でかき消す。
「どのような夢なのですか?」
「幸せな未来の夢――理想ってやつかな」
「そこに私はいるのでしょうか?」
「当然だともッ」
つい力んで声が大きくなってしまった。幸い、連合宇宙軍で採用してるテントは遮光性だけでなく遮音性も優れている。眠っている仲間が起きてくることはないだろう。
ヘマをしでかした俺を、ティーレはクスクス笑った。
「知っていますよ」
なんだろう一本とられた気がする。年下の女性にしてやられるとは……。俺って案外、子供っぽいのか?
ティーレは横に座ると、甘い声で囁いた。
「愛する人の考えることですから……」
予想だにせぬ、さらなる追撃。これには俺も言葉を返せない。完全に撃沈された。
「…………」
「…………」
気まずい間が生まれる。
どう会話を切り出せばいいのか、俺なりに知恵を絞って考えていたら、彼女がぴたりとくっついてきた。
「あなた様、夜の山は寒いですね」
「そ、そうだね」
「もう少し、身体を寄せてもいいですか?」
「そ、そうだね」
うん、俺、女性に対する
考えた末に思い浮かんだのは、持ってきたマントで二人仲良く包まるという提案だけ。ちがうんだよ、こうもっと女性を嬉しくさせる情熱的な愛の言葉を
駄目な自分を叱りながら、荷物からマントを引っぱり出す。
「そ、その寒いから一緒に包まろう」
「それは名案ですね」
雨除けに持ってきたなんの変哲もないマントだが、性能以上の働きを見せてくれた。
二人で仲良く包まる。
頭に血がのぼって、何も喋れないでいると、
「あの時のことを覚えていますか?」
「あの時って?」
彼女の目を見て、答えた次の瞬間……。唇に柔らかい感触が広がった。
月明かりに照らし出された俺とティーレの影が重なる。
その夜、人生で二度目のキスをした。
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