第66話 魔山①●



 魔族の厄介な防御魔法も、ローランから対策を教えてもらってバッチリだ。非常事態も考慮してフェムトにはティーレの外部野に〈魔力消滅〉と〈魔法障壁〉のデータをコピーしておいた。非常時に限り俺の承認でデータのロックが外されるので、ティーレの意志だけではつかえないようにしてある。

 けちんぼな気もするが、俺にも男としてのプライドがある。

 女々めめしい奴だとののしられてもいい。ここは主導権を握っておきたい。


 魔法対策だけでなく、装備も念入りに準備した。

 いままでのように平坦な道を行くわけではないので、携行食糧の軽量化。無駄な装備も置いていく。


「おいおい、こんな装備でいいのか?」


 いつもマイペースなルチャが珍しく動揺していた。無理もない。食糧は往復で十日分の食糧しか用意していない。これだとちょっとした偵察程度だ。それで足りる距離に魔族とやらの集落はある。高低差を考慮した山道コースを歩いても片道三日の距離だ。事前にドローンで位置をしらべているのだから間違いない。


 その集落を中心に半径二五キロの距離を走査しても集落らしき存在が発見できなかったので、そこでほぼ確定だろう。もっとも、それとは別で洞窟を住居にしていたり、岩盤をくり抜いて地下都市を築いているのならば別の話だが。


 開拓村の守りをローランたち工房の面々とスパイク率いる冒険者に任せて、俺たちは魔族の集落を目指した。


 魔山デビルマウンテンは思っていたよりも足場は悪く、旅は困難を極めた。

 道中、魔物との遭遇はなく、戦闘で無駄な時間を奪われなかったものの、慣れない山道で疲れが目立つ。


 俺とティーレは、体内のナノマシンの恩恵でそれほど疲れを感じなかったが、ほかのみんなはちがう。

 鎧を着ているアシェさんなんかは顕著けんちょで、剣を杖代わりにして、ついてくるのがやっとだ。次点のクラシッドも鎧が決め手となって、動きに精細さを欠いている。余裕がない二人の騎士は険しい顔をしている。


 その点、軽装のルチャは疲れを見せることなく、登山を楽しんでいる。


「ここまでのぼってくると見晴らしがいいな。ガンダラクシャを一望できる」


 ティーレは疲れこそないようだが、慣れない山登りに苦戦していた。俺は士官学校時代に鍛えられたので、この程度の山道はへっちゃらだ。だから、ここぞとばかりにポイントを稼ぐ。


「岩肌がもろいから足下に注意して」


 麗しの姫君の手をとりエスコートする。俺の手をとるティーレはうっとりとした表情をしていた。これでポイントは貯まったはず。


「あなた様、ありがとうございます。ですが、後ろの二人も……」

 と、ティーレは遅れているアシェとクラシッドを見る。


 なんて優しい娘だろう。慈愛じあいに満ちた妻の横顔に胸が温かくなる。

 俺も鬼ではない。休憩のことも考えているが、それは開けた場所を見つけてからだ。もう少し先に進むと平地があるはず、そこでいったん休憩を挟もう。


「休憩に適した場所がないか先に見てくる。敵は潜んでないようだし、ゆっくりと来てくれ」


「わかりました、あなた様」


 先行して休憩場所を確保すると、みんなの分のお湯を沸かした。もちろん、煙が出なように魔法で。

 たっぷりのミルクに茶葉を入れて、砂糖多めのチャイをつくった。地球産の飲み物だが、ルチャの故郷ラーシャルードでも似たような飲み物があるらしい。


「変わった飲み物ですね。ミルクの多い紅茶ですか?」


「おお、これはこれは、懐かしい草原の乳茶でなはいか」


「へー、こっちでは乳茶っていうのか、俺の故郷じゃチャイって呼んでる」


「どうやらラスティの故郷と、俺の故郷は似た食文化らしいな。しかしカルーはあるかな?」


 カルー? 知らない食べ物だ。

 どんな食べ物かと尋ねたら、黒っぽい汁をパサパサしたライスと混ぜて食べるらしい。なんとなく地球のカレーに似ている。


「それって香辛料を沢山混ぜたピリッとあと引く大人の味の食べ物か?」


「なんだ知っているのか」


「多分、食べたことのある料理だ。フクシンヅケもあるのか?」


「フクシンヅケ? なんだその食べ物は」


「フクシンヅケっていうのは、カルー専用のトッピングだよ。甘く味付けした刻んだ野菜なんだ。あれがないと、俺にとってのカルーは完成しない」


「ほう、初耳だな。そのフクシンヅケとやらは、簡単につくれるか」


「簡単につくれるらしい。魔族との交渉が終わったらレシピをあげるよ」


「それはありがたい。故郷に帰ったら試してみよう」


 チャイができる頃になると、アシェさんとクラシッドも追いついた。

 みんな揃ったところで休憩にする。


 事前に味見をしてみたが、疲れが吹き飛ぶ甘さだった。スイーツ好きのアシェさん好みの味だ。お疲れ気味の彼女にぴったりの飲み物だろう。


 カップに注いでみんなに配って、俺は見張りに立った。

 ドローンに周囲を警戒させているので見張りに立つ必要はなかったが、情報を整理したい。


 フェムトに思念を送り、集落にどれくらいの魔族がいるか確認した。


――動体センサーで調査した結果、屋外に二十人です。屋内にいる者はカウントしていません――


【集落の規模からして、魔族の数はどれくらいだ】


――難しい質問です――


大雑把おおざっぱな数字でいい、試算してくれ】


――最小値と最大値を設けているのであれば、二〇~四〇といったところでしょうか――


随分ずいぶんと幅があるな、そのうち戦闘に特化した者は?】


――対象が不適正です。村を襲った魔族のうち三名が非武装の魔術師でした。外見から判断する戦闘に『特化した魔族』の定義が曖昧です――


 肝心なときにつかえないAIだ。


 まあいい、こちらは全員、魔法剣持ちだ。それに対防御魔法用の魔法も習得してきた。交渉決裂で戦闘になっても、多少の不利は覆せるだろう。

 いかん、俺としたことが軍人っぽい思考になっている。目的は平和的かつ穏便おんびんな話し合い。武力行使は最後の手段だ。


 クラシッドとアシェさんの体力が戻った頃を見計らって、また山道を進む。

 休憩をこまめにとって歩くこと一日。日も傾き、太陽が燃えるようにまっ赤になる頃には、急だった勾配こうばいゆるやかになり歩きやすい平坦へいたんな道になった。


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