第60.5話 subroutine ルチャ_魔法剣●


◇◇◇ ルチャ視点 ◇◇◇


 外遊がてらの旅だったが、世界というのは面白い。

 諸国を歩きながらその土地の文化や風習に触れる。殺風景な草原の国ラーシャルードとちがい、すべてが新鮮だった。


 これで異国の女を抱ければ文句無しなのだが、職務に忠実な護衛騎士――クラシッドはそれを許してくれない。

 王族として堅苦しい生活を強いられている俺に、旅先でまでそれを強いるとは……なんとも気の利かない護衛だ。

 せめて、俺が喋るだけの一方的な会話でなければいいのだが、この寡黙かもくな護衛武官に忖度そんたくを求めてはいけない。

 クラシッドは軍人として優秀にもかかわらず、真面目すぎるがゆえ空気が読めない。いわゆるだ。

 だから第六王子という、玉座から遠い俺の護衛を任されている。


 本人はそれで満足らしいが、優秀な軍人をこんな下らないことでつかい潰すのは勿体ないと思う。行政府の無能にもほどがある。


 ハンモックに揺られながら、俺だったらこういう国を造るのにと考えていたら、

「ルシャンドラ王子、本国より手紙です」


「その名で呼ぶのはやめろ。感づかれる」


「何をいまさら、ティレシミール王女殿下に見破られているではないですか」


「そうだな。面倒臭い元帥もいるし、いずれラーシャルードの王子だってバレるだろう」


 いつものクラシッドならば、ここで黙りを決め込むはずが、珍しく話を続けた。

「ラスティ……ですか?」


「ああ、アレとはもうしばらく、ただの飲み友でいたい」


「そういうことでしたら伏せておきましょう。俺もあの男が好きです」


「おまえ、そういう趣味があったのか? 意外だな」


「変な勘違いはなさらないでください。友人として好ましいという意味ですから」


「そうだな……ところでベルーガの新王に拝謁できる算段はできているか」


「難しいですね。遷都したという北の古都カヴァロまでの道はすべてマキナ聖王国に封鎖されています」


「本国に援軍を要請するか?」


「悪手です。いざという時、ベルーガへの援軍を頼めません。王子の権限である援軍派兵は一度きり。そのカードはここぞという場で切りましょう」


「そうだな。そのほうがラスティも喜ぶだろう。とはいえ、書簡を届けなければその権限もつかえないが……」


「それでしたら、ツェツィーリア元帥に護衛の兵を用立ててもらえるよう頼んでみては?」


「いや、それもやめておこう。あの元帥は腹黒だ、借りをつくりたくない」


「では、ティレシミール王女殿下の出方を待つのですね」


「そうなるな。しかし、存外簡単に解決するかもしれんぞ」


「どういう意味ですか?」


「ラスティだ。あの男ならなんとかしてくれそうだ」


「では、直ちにラスティに会われては?」


「それもやめておく。まだ時間はある、もう少し待とう。俺が動くのはそれからだ」


 意地が悪い気もしたが、俺はあの飲み友が、何かやってくれると期待している。

 あの男はいつも俺を楽しませてくれる。今回もきっとしでかしてくれるのだろう。根拠はないが、そんな気がした。


 ゆらゆらとハンモックに揺られ、うたた寝していると、茂みが鳴った。

 身を起こすと、ラスティが近くまで来ていた。


「どうした、俺に用事か?」


「いや、用事って訳じゃないけど、ちょっと聞きたいことがあって……」


 不思議な男だ。いつもは堂々としているのに、たまにオドオドするときがある。誰もがうらやむ才能を持っているのに、自信がともなっていないらしい。周囲の者を気遣う性格なのだろう。俺が正体を明かしにくい要因の一つでもある。

 この男のことだ、俺が王族だと知ると堅苦しい礼をとるのだろう。そういう関係はまっぴらだ。当分は正体を明かさないでおこう。


「俺なんかでよければいくらでも聞いてくれ」


「実は…………」


 ラスティの問いかけに驚いた。


 高名なノルテ元帥から魔法剣を授けられたというのに、その使い方を知らないのだ。


「魔法剣の使い方を知らないで、いままでどうやって戦ってきたんだ?」


「普通に振りまわしてた」


「…………」


「変か?」


「変だ。変を通り越しておかしい」


「…………すまん」


「細君は何も教えてくれなかったのか?」


「ティーレには聞いてない。いつだったか青白い光が灯ったことがあったけど、理由がわからなくてね」


 そういうことか。領地開拓のときに大呪界の魔物を退治するとき魔法剣をつかった。それを見ていたのだろう。


「魔法はつかえるんだろう?」


「それなりには」


「魔法剣をつかうのは魔法を扱うよりも簡単だ。現に魔法をつかえないクラシッドでさえ魔法剣を操っている」


「ってことは魔力は関係ないのか?」


「…………そこからか」


 飲み友からの頼みとあって、最初から教えた。それも子供に教えるようなことからだ。


「なるほど、この惑星の住民はみんな魔力を持っているのか。それを魔法剣に流して力を引き出すんだな」


 この惑星? 変な言い方だ。ラスティはたまに訳のわからない言葉をつかう。こことは別の大陸から来たと、ティレシミール王女から聞いている。きっと文化や風習のちがう大陸から渡ってきたのだろう。


 最南端にある鉄国を連想する。

 あの国では爆ぜる砂をつかった、雷弓らいきゅうなる飛び道具が主流だ。

 ラスティも鉄国みたいに変わった国から来たのだろう。


「扱い方は教えた。試しに、その岩を斬ってみたらどうだ?」


「この岩を? 刃こぼれしないか?」


「刃こぼれしないように試せばいい。そうだろう?」


「初心者に無茶言うなよ」


「お抱えの鍛冶屋もいるんだ。戦いのさなかぶっつけ本番でつかうよりマシだろうさ。いいからやっとけ」


「ルチャがそう言うんなら……」


 ラスティは奇妙な構えで岩と対峙する。


「魔法剣に通す魔力は少しでいいぞ。大量に通すと逆に魔力を吸われるからな」


「加減が難しいなぁ……とりあえず魔法一回分で」


「おい、それだと魔力を込め…………」


 魔力を込めすぎだと注意するよりも先に、ラスティは剣を振った。


 次の瞬間、凄まじい轟音と衝撃が五感を奪った。


 感覚が戻るも、砂煙が濛々もうもうと立ちこめていて様子がわからない。しばらくして、視界が晴れる。岩のあった場所に目をやると、見失うほうが難しい大きなそれは完全に消え失せていた。代わりに家屋がすっぽり入るほどの大穴が地面に穿たれている。


 魔法剣が暴発したのかッ!


「ラスティ、大丈夫かッ?」


「ゲホッ、ゴホッ……大丈夫だ」


「剣は! 魔法剣は壊れてないか?」


 ラスティは手にしていた剣を振りあげる。


「なんともない……と思う」


「魔術師だって聞いているが、あまり無茶はするなよ。増幅された魔力に耐えきれずに剣が壊れるぞ。魔力が暴走したら、最悪、死ぬときがあるから注意しろッ!」


「えっ、そうなの!」


「おまえ、ホントに何にも知らないんだな……」


「……悪い」


「謝らなくてもいい。次からは気をつけろよ。いいか、いくら優れた魔法剣でも魔力を貯める上限がある。それを越えたら暴発するんだ。おまえ一人の命ですめばいいが、周りが巻き添えを食う。次からはもっと魔力量を絞れ、わかったな」


「わかった、気をつける」


「さすがはノルテ元帥の愛剣というべきか。桁外れの魔力によく剣が耐えられたな」


 魔法剣もそうだが、ラスティの内包している魔力も凄まじい。魔法一回分の魔力と言っていたが、それほどの量の魔力を込めたのならば、それ以上の魔力を剣に持って行かれたはず……。わずかの間に魔法三回分といったところか。短期間にそれほどの魔力を消耗すれば宮廷魔術師でも立っているのがやっとだろう。それなのにこの男ときたら…………。


「よっ、はっ」


 何事もなかったかのように、魔法剣で試し切りをしている。

 なるほど、王女や元帥が一目置くわけだ。規格外にもほどがある。


 ラスティは平穏な暮らしを望んでいるようだが、周りはそうはさせてくれないだろう。これほどまでの逸材だ。ベルーガを代表する武の一角として大陸に名を轟かせるのも、そう遠くはないだろう。


 我ながら、恐ろしい男を友に持ったと思う。


 でもまあ、悪い奴ではないし、これからも飲み友として付き合うとしよう。

 眠気も醒めたことだ。可愛い女性騎士たちとお茶でもしようか。


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