第60話 一段落●



 宴会から一週間。

 領民の家と冷凍れいとう貯蔵ちょぞう施設が完成した。


 住居はすべて平屋建てで、同じ形をしている。デザイン的にはダサいが、これもはやく領民に住居を提供したいがため。

 工期を短縮するために、分業制を取り入れた。出来上がったパーツを組み立てていく方式だ。長持ちする家ではないが、仮の住まいならこれで十分だろう。


 ちなみに伐採した樹木の製材作業はすべて俺がやった。丸太から柱や板を狂ったようにつくり出す単純作業。切り倒した丸太が山のようにあるので、木材には事欠かない。終わりの見えない作業だ。

 ティーレにも手伝って欲しかったが、こういった精密作業は苦手のようで加工した木材にむらが多い。なので、彼女には領地を広げるべく新たに伐採を頼んだ。


 それにしても何時間、製材作業に費やしたのだろう……。

 気がつくとAIのサポート無しでも0.1㎜単位の誤差で木材を量産できるようになっていた。

 魔法制御に関しては達人クラスにだと自負している。しかし、なんだ……虚しい。

 俺だけ一人で黙々と製材作業をしていると、まるで工業用機械になった気分だ。もしかして、俺って領民たちから良いように扱われているのでは?


 虚しい気分でぼうっとしていたら、珍しく相棒が思念を送ってきた。

――ラスティ、貴族の務めです。物質的な見返りはありませんでしたが、魔力総量が増えました――


【能力が上がっても心が満たされないよ……】


――良き領主を目指すのでしょう。孤独に負けることなく頑張りましょう――


 無機質な相棒の応援にジンときた。

 たまに余計なことをしでかしてくれるが、頼もしい。さすがは我が相棒!


 住居が完成したら、今度は街道の整備だ。

 近場の岩を探して、石畳の材料を切り出す。そんなことばかりしていたので、いつの間にか俺の魔力は上昇していた。一日十発だった〈水撃ウォータージェット〉が、いまでは一日十五発撃てるようになった。

 喜ぶべきことだが、素直に受け容れられない。はやく、この単純作業から抜け出したい。


 さらに一週間。

 ガンダラクシャまでの街道はすべて石畳になった。ついでに街道の両サイドには二重の柵を設けてある。街道の利用者が魔物に怯えることはないだろう。中間地点に位置する廃村は休憩所も兼ねた警備隊の詰め所として復活させた。

 一応の領地完成だ。


 開拓作業から解放された俺は、しばらく自堕落な日々を送ることにした。





 自堕落な日々はたった三日で終わった。


 急ぎの用件が転がり込んできたわけでもなく、問題が生じたわけでもない。ただ暇を持て余す生活に飽きたのだ。


 ティーレはゆっくりするよう勧めてくるが、何もせずダラダラしていては領民に示しがつかない。世間体もあることだし、慌ただしい日常に復帰することにした。もしかして、俺は社畜体質なのだろうか?


 魔物退治を手伝おうかと思っていたのだが、周辺の魔物はあらかた駆逐したようで、これといった襲撃はない。おかげで順調に領地の拡張作業が進んでいる。

 日用品の類も工房の仲間たちが製作しているので、俺の出番はなかった。

 仕方ないので、物づくりに精を出すことにした。こういった作業のほうが性に合っているらしい。


 まずは開発途中で放り出していた調理器具だ。料理づくりに使用する攪拌かくはん機だ。業務用の巨大な攪拌かくはん機はパンでもハンバーグでもあっという間に量産できる。クリーム、マヨネーズの量産を見据えた、液体も攪拌可能な逸品。今回はそれだけではない。アタッチメントを交換すると、チョッパーに早変わり。これで料理を量産できる。

 それからローラーを改良してパスタマシンを開発した。それ以外にも圧力鍋やスライサー、おろし金なんかも開発した。


 これで思う存分、料理ができる。ヘルムートが貯め込んだレシピは膨大ぼうだいだ。それらを再現して新たな食文化を築こう。


 おっと衛生面も忘れてはならない。


 下水施設を完備しようと考えたが、柵で囲った領地にはすでに石畳が敷かれている。

 石畳をほじくり返しての作業になる。かなりのロスだ。せっかくここまで順調に来たので、工事以外での解決方法を考える。

 となると魔道具だ。


 そこで活躍するのが宇宙でもつかわれていたウォシュレット式のトイレだ。一応、商品化はしているが特許契約が結べなかったのでテコ入れした。手間はかかったが納得のいくトイレが完成した。何度も試行錯誤を繰り返しただけあって、どこに出しても恥ずかしくない逸品に仕上がっている。


 このトイレの最大の特徴は、汚水を垂れ流さない仕組みだ。汚水から異物――排泄物だけ取り除き、それを乾燥したものを屋外のボックスに落とし込む。臭いの少ない乾燥肥料が出来上がる仕組みだ。水洗につかわれる水は、完全濾過してから熱処理する仕組みになっているので清潔を保ってある。一度、タンクに水を補充すると半永久的に再利用できる。

 衛生的には完璧だが、ウォシュレットと手洗い用の水は別にしてある。これは気持ちの問題だ。


 ついでに畜産用の大型トイレ――汚物処理機もつくったので、俺の街はこの惑星でもっとも衛生的なはずだ。


 出来上がった最新の民生品は、過去契約を結べなかった商品と一緒に街に設置してある。孤児や傷痍軍人たちにテストしてもらっているのだが、評判はすこぶる良い。


 だよな、俺の感性は間違っていないよな。なんで特許契約を結べなかったんだろう?


 特許契約を結ばれなかった可哀想な商品たちを軸に、個人特許を申請した。



◇◇◇



 そんなことしている間にも領地はどんどん広がり、気がつくと領主の館(予定地)を中心に一キロ四方の土地が切り開かれていた。いまは木柵で外周を囲っているだけだが、立派な石壁を築いていく予定だ。

 街も完成し周囲の魔物もあらかた駆逐したので、ギルドから派遣してもらった冒険者や職人との契約が終わる。


 街はまだまだ広げていく予定なので契約の延長を申し出たら、すんなりと受理された。

 俺の開発した新たな技術を学びたい職人はわかるが、冒険者が残るのは意外だった。気になって聞いてみると、飯が美味いからだという。

 職人さんにも聞いてみたが冒険者たちと同じ回答だった。

 食の力、恐るべし。


 今後はグルメに力を入れて領民を増やすのもいいな。

 やりたいことも、やることも、山ほどある。領地運営が軌道きどうに乗ったらいろいろ試してみよう。

 いまは安心、快適の街づくりを優先させよう。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る