第59話 大呪界的産業●



 翌日、つかいを出して宴会に必要な品を調達させる。


 昼過ぎには調達班が戻ってきた。客も一緒とのこと。


 客? 客が来るなんて聞いてないぞ。そもそも開拓地に来るか普通。


 会ってみると見覚えあのある人たちだった。

 商業ギルドのヒューゴとアマンド、それにロイさんところのロイド少年だ。


「ようラスティ、やりやがったな」


「ヒューゴさん、なんでここに?」


「ここに街を造るんだって」


「はい、辺境伯に叙爵されたので新たに土地を開拓しようと思って」


「にしても速いな。このままじゃ年内に街が建ちそうだ」


「そうなると嬉しいんですがね。現実は厳しいですよ」


「ま、その辺も見据えての話だが、ここに商業ギルドの支店を置きたい。なぁにタダでとは言わねぇ。便宜べんぎをはかる。ここの商品をすべてギルドで買い取るぜ。相場より色をつけてな。魔物の素材も生産品もだ。どうだ悪い話じゃないだろう?」


 都合の良すぎる話だ。裏があるな……。しかし、乗っからない手はない。

 ギルドが建つということは大きな街になる可能性がある。それを大々的に知らしめてくれるのだ。ジリやトーリの街にはギルドがなかったことを考えると、かなり良い話だ。おまけに素材の買い取りが相場以上。願ってもない。


 しかし、話がうますぎる。美味い話だが焦って飛びつくこともないだろう。ここは揺さぶりをかけてみるか。まずは途中まで話を聞こう。揺さぶりはそれからだ。


「魅力的な話ですね」


「だろう。そこで相談だ。走竜ダッシュドラゴンの肉は大量に卸さないでくれ。相場が崩れる」


 なるほど、そういう理由か。大呪界の奥に生息している魔物の肉は稀少だ。ガンダラクシャまで運べる量には限りがある。強い魔物がうようよいるので荷馬車だと襲われる危険性があるし、道も悪い。腐る前に届けられるのは仕留めたうちのわずかだけ。だから稀少価値がある。

 それが大量に出回ると、相場が値崩れを起こしてしまう。つまり価格変動を抑えながら、安定した供給を望んでいるわけだ。実に商人らしい発想だ。


 まあ俺には〈凍土グランドフリーズ〉の魔法があるから、肉をくさらせるようなヘマはしない。出まわっているのは魔道具製の冷蔵庫ばかり。冷凍庫の魔道具を開発すれば、大量の肉を冷凍保存できるだろう。そうなれば魔物の肉は売るにも食うにも困らない。


「あの、ちなみにギルドではどうやって肉を保存させているんですか?」


「低温の保管庫がある。そこで半月は保つが、それ以上となるといたんで売り物にならない」


 気になる点があったので確認する。


「氷も保存できますか?」


「氷? そんなもん魔法で出せばいいだろう。氷を保管庫に入れても、いずれは溶けて無くなる」


 冷凍庫が無い! いや、冷凍保存という概念がないのだ。これはいけるぞ!


「そうですね。こちらで保管するにしても日数に限りがありますね。いくらか処分しないといけません。走竜の肉は高いと聞いていたので、その収入をあてにしていたのですが……」


「わかった走竜の肉は相場の五割増しだ。これ以上は出せんぞ。おまえだから提示しているんだからな」


「わかりました。廃棄分の赤字はありますが、商業ギルドにはいろいろとお世話になっています。それで手を打ちましょう」


「話はまとまったな! アマンド、契約書を出せ」


「はいっ」


 その場で専属契約を結ぶ。


「ふぅ、これで安心だ」


「安心って、何がですか?」


「冒険者ギルドだ。この大呪界の素材は冒険者ギルド経由が多い。あそこを通すと、どうしても原価がね上がる。それを阻止そしできたんだ」


「えっ、てことは冒険者ギルドのほうが高く買い取ってくれたかもしれないんですか?!」


「馬鹿言え、俺もそこまでアコギな商売はしねぇよ。人の足下を見て値段を釣り上げる冒険者ギルドから、おまえさんに窓口を変えただけだ。冒険者ギルドへ売るよりもお互いに儲けが出る」


「そうなんだ。ほっとした」


「おめぇ、なんか抜けてるな。アマンド、これからはここの支店を任せる。空いた時間でいい、ラスティに商売のいろはを教えてやれ。危なっかしくて見てられねぇぜ」


「……すみません」


「いいってことよ」


「とりあえず今月分、走竜の肉を持っていきますか。昨日仕留めた奴を氷を詰めた箱に入れてあるんで」


「お、さっそくか。氷を詰めた箱たぁ気が利いてるな。よし買い取る。代金は月末にまとめて払うが、いいか?」


「それで結構です」


「そんじゃ俺は帰るからな。アマンド、あとは任せたぜ」


「はい、ギルマス、お任せください」


 商業ギルドの話がまとまると、今度はロイド少年だ。


「ラスティさん、ホランド商会と専属契約を結びませんか」


 ああ、ロイさんも同じ事を考えていたのか……。いまさっき契約書にサインしたばかりだ。


「実は…………」


 ロイド少年に商業ギルドと結んだ契約の話をした。


「でしたら特許の専属契約を」


 ジョドーさんの子供だけあって抜け目がない。しかし、特許の専属契約を結ぶとなると、俺が独占しようとしている紙も引っかかことになるな。あれだけはなんとしても俺の力だけで成し遂げたい。


「うーん、それは難しいなぁ。俺も特許を独占したいし」


「でしたら、独占品の販売窓口にしてください」


 特許は俺の手元に残るし、造ったらその分買い取ってもらえる。悪い話じゃない。お互い利益が見込めるWIN―WINの関係だ。


「販売価格を指定できるのならいいよ」


「ちなみにどれくらいの原価比率ですか?」


「原価五割でOKなら即決で契約するけど」


「原価四割は無理ですか?」


「原価は五割。譲れない」


「では納品数はこちらで指定してもいいでしょうか?」


「無理な数は出荷できないよ」


「構いません」


「じゃあ、それで契約しよう」


「ありがとうございます」


 ロイド少年をだましたようで悪いが、俺にも考えがあるんだ。許してくれ。


 後日、聞いた話だが、ロイさんは原価六割まで考えていたらしい。黒字は出るのかと尋ねたところ、俺の開発する商品は新しく希少性が高いので問題ないそうだ。なんでも抱き合わせや、オーダーメイド枠で考えていたらしい。商魂たくましいと言わざるを得ない。


 四割の原価を提示しておいて、こちらに五割を引き出させる。まんまとロイド少年に騙されたわけだ。

 命を助けた相手は騙すとは……だけど、助けた少年がたくましく育ってくれて誇らしい。ロイド少年の将来が楽しみだ。


 そんなわけで、当面の金策は安心だ。世話になった人たちに不義理を働くことなく無事解決できた。

 これで心置きなく領地開拓に打ち込むことができる。今夜は宴会だし、心置きなく飲もう!



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