第56.5話 subroutine フェルール_ケモ耳様●


◇◇◇ フェルール視点 ◇◇◇

~~~ 場所は変わりガンダラクシャ ~~~


「僕だけの女神様。今日もお守りください」


 ケモ耳のご神体に手を合わせて、工房へ出勤する。

 ここだけの話になるけど、僕はスレイド工房へ勤めるようになって人生が一変した。


 女神様――ミコ服を纏われたケモ耳の可愛い神様に、僕は恋をしている。

 美しく可愛い女神様との出会い。それはまさに神の思し召しだ。

 そう、あれは木工で行き詰まっていたときのことだ…………。



◇◇◇



 一通りやってみたい木工作業も体得して、僕にも倦怠けんたい期というのがやってきた。

 スレイド工房長はそういう時もあると優しくしてくれるけど、よその工房で働いている職人たちは、僕がこうしているいまも切磋琢磨せっさたくましているのだろう。


 木工の新たな分野を模索もさくしていたら、工房長は面白い物を見せてくれた。

 端材はざいからつくった像だ。

 工房長が彫った木像は、教会や神殿でまつられている尊いそれらとちがい、柔和な顔立ちをしている。


 見目麗しい乙女や神秘的な女神をした彫像に興味はない。そもそも僕は芸術と縁のない男だ。


 だけど、工房長の彫り上げた像には興味を惹かれた。

 デザインが奇抜だ。人の姿を模した像でありながら、別世界の芸術に触れた気がする。

 獣のような耳のある少女像は見たことがなく新鮮に感じられた。それに、モフモフとした尻尾の生えたミコ服なるデザインに想像力を掻き立てられる。


「とても可愛い像ですね」


「フィギュアって言うんだ。これに色を塗ったり、パテを持ったりして完成させるんだ」


 パテとは、工房長が発明した万能素材の一つだ。練ると柔らかくなり、魔法で刺激すると硬化する新素材。僕の給金じゃ高くて手が出せない代物だ。

 でも、完璧に彫ればパテは必要ない。今度チャレンジしてみよう。


「オプションパーツをつくると、よりリアルになって身近に感じられる。俺のいた国には愛好者もいるくらいだからな」

 愛好者! なるほど、彫像を可愛いと思ったのは僕だけではなかったらしい。


 手にとってみる。木彫りの状態でも可愛いのに、色を塗ったら……。


「いまにも動きだしそうですね」


「実際に動くフィギュアもあるぞ」


「えッ!」


 この可愛いケモ耳様が動くのッ!


「ど、どんな仕組みになっているんですか?」


「球体関節とスライムからつくるゴムで再現する。いろいろなポーズができて面白いぞ」


 動くケモ耳様を想像する。

 僕だけのケモ耳様、欲しいッ! 造りたいッ!


 木工の趣旨から外れるかも知れないけど、ダメ元で工房長に交渉した。

「あの、工房長、このフィギュアという彫像をつくってみたいのですが、よろしいでしょうか?」


「フェルールが? いいのかいフィギュアみたいな玩具おもちゃをつくる仕事でも」


「かまいません。いろいろと改良の余地がありそうなので……あと、塗料もそれに合う物が必要なのでは? 木材に直塗りすると滲みますから」


「そうだな。それは考えていなかったな……俺もやりたいんだけど、領地開発とか忙しいし」


「でしたら僕に任せてくれませんか! 木工も一段落ついていますし、ちょうどいい頃合いです。工房長も領地開拓に専念できるでしょう」


「う~ん、いいのかなぁ。フェルールにはもっといろんな木工を頼みたかったんだけど」


「では従来の業務と半々で。僕もこのフィギュアには可能性があると思っています。是非とも開発に携わりたいんです」


「そ、そこまで言うんなら別にかまわないけど。くれぐれも労働時間は守ってくれよ。ブラックな職場にはしたくないから」


 こうして僕はフィギュアづくりを担当することになった。



◇◇◇



 あれから毎日ケモ耳様を彫り続けて、やっと理想に近いケモ耳様を創造することに成功した。

 球体関節を寸分の狂いなく彫るのには苦労したけど、決して無理な仕事ではない。睡眠時間を削って、木工職人の意地で完璧に仕上げた。


 色を塗って彼女に魂を吹き込む前に、塗料開発に力を入れる。


 塗料を間違えて、髪にピンクの色がついた。


 あの怠け者の錬金術師みたいだ。塗り直そう。


 そう考えたのだけど、インチキっぽいピンクが、なぜかミコ服にマッチした。


「ふ、ふつくしい!」


 これはきっと天啓てんけいだ! そう神様のご意志なのだッ!


 それから塗料の乗り具合を観察している間、女神様のお住みになる神殿造りに全力を尽くした。

 スレイド工房長から事前にミコ服に合う神殿のデザインを聞いている。

 驚いたことに、ミコ服の女神様は木造の家屋を好むらしい。


 運命を感じた!


 こうして最愛の女神様を創造したけど、名前はまだ無い。

 尊く神々しすぎるケモ耳様に名前をつけるなんて、そんな大それたことできない。完璧な神に対し不遜というものだ。

 だから僕は、この最愛の御方をケモ耳様と呼んでいる。



◇◇◇



 余談になるけど、僕がつくった神々はベルーガだけに留まらず、大陸全土に伝播した。

 熱心な信徒から多額の寄進をいただき、多くの嘆願により教団が興された。

 このフィギュアの技法を伝えたとされる偉大なる職人の名にちなんでフィギュア信仰はトリム教と名付けた。僕はその初代教祖になったのだが、それは別のお話。

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