第80話 subroutine マリン_処遇●


◇◇◇ マリン視点 ◇◇◇


 陛下――父上に大切なことを報告しようとした矢先のことだ。


 血相を変えたラスティ様とすれ違った。


 彼は私のほうへ振り返って、

「マリン、急用があるんで領地に戻る。悪いが宴会はパスだ」

 と、慌てて城を出て行った。


 父上の許しを得てから、ラスティ様と一緒に話をして頂こうと思っていたのに……残念だ。仕方ない、我が儘を言って引き留めていたのは私だ。それにあの御方は領主。ふらっとどこかへ消えるような心配はないだろう。


 そんなことを考えながら歩いていると、ラッシュバーンと出会った。


「姫も陛下にご用ですか?」


「はい、大切な話があります」


 ラッシュバーンは気難しい顔をさらに難しそうにゆがめた。ラッシュバーンは近衛騎士を束ねる忠実な将軍だが、職務以外のことに興味を示さない。忖度そんたくが一番似合わないタイプだ。当然、相手の気持ちを考えるわけもなく、ズバズバと心に刺さる正論ばかりを吐く。

 そんな武人が私は苦手だ。


 さっさと立ち去りたいのだが、今日に限ってしつこい。

「どのようなお話でしょうか?」


「私個人の話です。将軍に話すことではありません」


「そうとも言いきれませんぞ。ガリウス王弟殿下が亡きいま、姫は唯一無二の王位継承者。大事があってからでは遅いのですからな」


 私のことではなくて国のことでしょう。


 ラッシュバーンはそういう魔族だ。彼が忠義を捧げるのは王、すなわち国である。私心のない清廉潔白せいれんけっぱくな武人。裏を返せば、真面目で杓子定規しゃくしじょうぎな魔族である。曲がったことが大嫌いな法律主義者なこともあって、罪人に温情を与えることはない。しばしば裁定さいていが厳しすぎると陳情ちんじょうが来る。


 近衛の訓練も厳しく、高すぎるハードルを設けていると聞く。おかげで早期退職があとを絶たない。


 生真面目な将軍は思いやりに欠けているのだ。


 ああ、どこを見ても私と合うところが一点もない。


「家族の話ですので」


 断りを入れて立ち去るが、諦めの悪いラッシュバーンはついてくる。

 こうなってしまってはどうすることもできない。父上に追い払ってもらおう。


 執務室の扉を叩き、入室の許可を得る。

「失礼します。陛下に相談したい事があって参りました」


「入れ」


 なかに入る。

 後ろに立っているラッシュバーンの存在を確認してから、

「大切な話ですので、お人払いを」


「聞いたかラッシュバーン、其方も外で待っていろ」


 父上は衛兵を下がらせるが、ラッシュバーンは動かない。それどころか、

「そのご命令には従えません。近衛たる者、陛下の側にいるのが常。秘密は守りますのでお許しを」


「…………すまぬなマリン。許してやってくれ」


 汚い! まさかこんな手をつかうとは……。

 いつもの私ならここで引き下がるところだけど、今日はちがう。


「では……」


 私はすべてを父上に話した。


をラスティ殿に捧げたと…………」


「はい。ラスティ様はお受けしてくれました」


 拳ほどの我が領土――魔族にとって常識ともいえる文言もんごんだ。相手にすべてを委ねるという意味合いを持っている。

 求婚きゅうこんに用いられるメジャーな言葉だ。


「……マリン、余のもう一人の母上――ガリウスの母のことは知っているか」


「存じております。亡き叔父上から、人族であったと聞いております」


「その人族のことであるが、は我が国とちがうことも知っているか?」


「はい、人族は我ら魔族とちがって魔法の適性が低いと。ゆえに無詠唱で魔法を行使できる者はごくわずかだと聞いております」



「風習……でございますか」


「そうだ。人族は日々の生活を豊かにする魔道具にあまり興味を示さない。大気の汚れを浄化する魔道具や、食器を綺麗に洗う魔道具の価値を知らないのだ」


「……初耳です」


「ちがいはそれだけではない。しゃべる言葉こそ同じではあるものの、解釈かいしゃくの異なる言葉がままある」


「たとえば?」


「魔族であれば普通につかう『拳ほどの我が領土』などがよい例だ」


 えっ!


 一瞬、我が耳を疑った。貴族たちも求婚につかう言葉だ。その解釈が人族とちがうなんて!


 頭のなかが真っ白になった。

 ショックのあまり何も言えない。


 父上はさらに続ける。


「人族はアレの意味を額面通りに受け取り、本当にそうだ」


「そんな、何かの間違いでは……」


「信じたくないが事実だ。ガリウスの母上から直接聞いたのだ。これは人族の貴族に限った話ではないらしい。庶民にいたるまですべてがそういった認識なのだそうだ」


 いつの間にか父上から目を逸らし、床を見つめていた。勇気を振り絞って伝えたのに……。


「マリンには辛い話になるだろうが、ラスティ殿には想っている相手がいる。ベルーガの第二王女ティレシミール殿だ」


 ああ、そのことか。それは知っていた。私より年上の青みを帯びた銀髪の女性。毛先から指一本分ほど紫の色をしていて、双眸は紅い。小柄な私とちがって、背は高くて女性らしい体つきをしている。人目を引く美人だ。

 容姿で勝てる見込みはないが、想いだけは負けていない。絶対の自信がある。


 ラスティ様は、私の光を取り戻してくれた恩人だ。それだけではない、ガリウス叔父との一件もそうだ。ラッシュバーンは私を見捨てて中立の立場を選んだが、あの御方は私とともに戦うことを選択してくれた。それに魔宝石の魔力暴走から皆を救おうとしてくれた。危うく魔力が枯渇して死にかけたほどだ。


 国もちがい、種族も異なる御方が、危険をかえりみず命をして魔族である私たちを助けてくれた。英雄と賞賛されてもおかしくはない。

 その名誉をラスティ様は固辞した。


 謙虚で優しく、そして強い。物語に出てくる勇者や英雄を超越した存在だ。何があってもあの御方のために尽くしたい。


「正妻でなくとも構いません。側にいられるのであればめかけでも結構です」


「マリン、少しは己の立場を考えよ。おまえはこの国の王女なのだぞ。いずれ国を治める王になるのだ。その王が妾では話にならん」


「ならば王族という身分を捨てます」


 言ってしまった……。禁句ともいえる切り札。卑怯ひきょうだと思ったけど、これしか方法が思い浮かばなかった。


「……………………」


 父上は困惑した表情で黙り込んでいる。どのような答えが返ってくるのか、不安になりつつも願う。お願い、認めてッ!


 肝心なところで邪魔が入った。ラッシュバーンだ。


「陛下、この場でご裁決を。国の未来のために英断を」


「うむ。いかな娘の願いとはいえ、王族の身分を捨てることは許されぬ。余の跡継ぎはマリンしかおらぬのだからな。……すまないが我慢してくれ」


「そんな……」


 全身から力が抜ける。情けないことに床にへたり込んでしまった。生きているのが辛い。もうどうでもいい。


 投げやりになっていると、とどめとばかりにラッシュバーンが口を開いた。


「陛下、一つお願いがあります」


 私のことなど眼中に無いらしい。この流れで自分の用件を口にするとは……この男らしい。いつもならば忌々いまいましいと思ってしまうのだが、今日に限ってはどうでもいい。もう勝手にして。


「待ってくれ、いまはそれどころではない」


「いえ、大切なお話です」


「……なんだ」


「姫とラスティ殿の婚姻こんいんを進めるべきです」


 えッ!? 意味がわからない。反対すると思っていたラッシュバーンが私の味方をするなんて。


「我が国は小国、対してベルーガは広大で、肥沃ひよくな土地を有する大国。属国に甘んじることになりましょうが、かの国との関係を強化すれば人族の目を避けて暮らす必要がなくなります」


「ラスティ殿は、王族ではあるが王ではないのだぞ」


「だからよろしいのです。ラスティ殿は寛容な御方、部下の報告によると、プルガートの外に設けた集落に配下の者が来ているとのこと。聞けばラスティ殿は孤児や傷痍軍人を領地に迎え入れているのだとか。事実、集落に来た配下のなかには傷痍軍人が幾人もいたそうです。そのような御仁ですから我ら魔族をないがしろにはしますまい。幸いなことに姫は第二夫人でも良いと申しております」


「…………たしかにラスティ殿は信頼できる。為政者にありがちな独善的なところがない。しかし権力者ではあるまい。下手をすると我が国はベルーガに飲み込まれてしまう。考える時間と情報がほしいところだな」


 ラッシュバーンが、ちらりとこちらを見る。


「なりませぬ。この機を逃せば姫は陛下を見限るでしょう。そうなる前にご決断を!」


 毅然きぜんと言い切る将軍に、私は初めて敬意を抱いた。


 ラッシュバーンの説得もあって、父上はラスティ様と話す機会を約束してくれた。


 話がすんだので父上の執務室を出る。ラッシュバーンもあとに続いた。


 並んで廊下を歩く。無言だ。いままで将軍とまともに話をした記憶はない。

 せめて味方をしてくれた礼を言おうとしたが、うまく口が動かない。


 黙り込んでいると、ラッシュバーンのほうから話しかけてきた。


「あれでよかったですかな」


「……あ、ええ、ありがとう」


「それはよかった」


 口調は変わらなかったが、無骨な将軍は笑っていた。


「失礼ですが、なぜ今日に限って私の味方を?」


「そのことですか。実はラスティ殿からお叱りを受けましてな」


「どのような?」


「姫はもう昔日せきじつの姫ではない。要するに子供扱いするなと。いまにして思えば、目の不自由な姫のため過保護であったと恥じ入るばかりです」


「ラスティ様がそのようなことを……」


「はい。ですからこれまでのびというわけではありませんが、強引に陛下を説得した次第でございます。近衛を預かる臣が、政治のことに首を突っ込むことになるとは、いやはや長生きはしてみるものですな。ハハハッ」


 無骨な将軍は破顔大笑はがんたいしょうした。実に豪快ごうかいな笑いだ。何か吹っ切れたらしい。清々しい顔をしている。


「臣は、姫がオムツをしているときからずっと側におりました。目の見えぬ辛さも知っているつもりです。それにもめげず姫は心身ともに健やかに成長されました。不死鳥の雛は火口で力を蓄え、成人とともに飛び立つと聞きます。いまの姫がそれなのでしょう。プルガートという火口から、世界という大空へ飛び立つのです」


 まさか私のことを気にかけていてくれたとは……。これは私の失点だ。彼のことを誤解していた。


「私はとんでもない勘違いをしていたようです。将軍、いままでありがとうございました」


「とんでもない。それが臣の役目ですから」


 ついでなので、ガリウス叔父上が叛乱はんらんを起こしたとき、なぜ手を下さなかったのか質問した。


 その答えは、本当に戦闘になるとは思わなかったらしい。なるほど、これも私の勘違いだ。ラッシュバーンは、王族同士で血を流すの避けるために中立を選んだのだ。疑っていたので、悪いほうへと考えがかたよってしまった。今後は中立な視点で物事を見るように心がけよう。


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