第81話 セカンドレディ●



 一度はキャンセルした魔族の宴会だが、クレイドル王は飛び入り参加を快く認めてくれた。

 スパイクやウーガン、工房の面々も増えたので料理をつくる手伝いをした。無論、アシェさんも一緒だ。


 せっかくなので特別に新メニューをお披露目した。モツ煮込みだ。

 魔族の都プルガートは山岳という立地からか、穀物の収穫は少ない。その分、長期保存の利く発酵食品や保存食が多い。そこで〝ミソ〟と〝ショウユ〟を発見した。

 欲しかった調味料のツートップだ。伝説の麺料理ジロウを再現するまであと少し!


 意外なことにこの惑星では人族、魔族にかかわらずモツは食べない。

 だからミソとモツをつかったモツ煮込みをつくることにしたのだ。


 新鮮なモツをよく水洗いして、まずは余分な汚れと脂を茹でこぼす。事前に薄味のスープで煮込んでいた根菜にモツを加えて、ミソで味をととのえる。このときに酒を加えるのだがケチってはいけない。モツの臭みを飛ばすため豪快に酒をぶち込む。


 じっくりコトコト煮込んだモツ煮込みをアシェさんに味見してもらう。

「あら美味しい。しっかりとした味付けですね。もっと肉肉しい味かと思っていましたが、あっさりしています。非常に美味しいのですがパンには合いませんね」


「ライスが合います。残ったスープをかけて食べてみてください」


 慣れ親しんだ間柄なので、アシェさんは疑うことなくライスと食べる。


「なるほど、しっかりとした味はライスのためなのですね。ライスの甘みがあってこその調和。これは美味しい」


 アシェさんは眉間に皺を二本刻み、黙々とモツ煮込みとライスを食べる。


 最近になってやっと気づいたのだが、騎士団長をしている残念美人、美味しい物を食べると眉間にしわを寄せるくせがある。皺の数が増えるほど高評価なので、感想を言われるまでもなく結果がわかる。本当にチョロい人だ。


 アシェさんはまだ二〇代前半だが、周囲の同僚が婚活に精を出しているので危機感があるらしい。理想のタイプはこれとなく、運命を感じられる人を探しているというのだが……。

 もしかして高望みし過ぎなんじゃ……。

 真面目、チョロい、メルヘンと三冠なので心配だ。


 ローランに比べたらマシな人だけど、いろいろと気になってしまう。いい男を見つけたら紹介してあげよう。


 宴会用の料理は大体完成したので、あとの仕上げは厨房の人たちに任せた。


 宴会が催される大広間へ向かう。


 席は事前に決められているようで、給仕の人たちが手にした羊皮紙を見ながら案内してくれた。


 長いテーブルに座る。俺の右にティーレが座るのは当然な計らいだが、なぜか左にマリンがいた。そのさらに左――上座にはクレイドル陛下の座る広い席がある。


 あのいかついラッシュバーンという近衛を代表する騎士は向かい側のやや右に座っていた。どうやら向かい――クレイドル陛下の左側は魔族の席らしい。だとすると、なんでマリンは俺の横なんだ? クレイドル陛下のすぐ隣りだからなのだろうか?


 悩んだところで王族のマナーなんてわからない。そういうものだと納得する。


 遅れて登場したクレイドル陛下が席についてからが長かった。うんざりするほどの長い演説を聞かされた。人族と魔族の友好云々の内容だ。


 演説の最後に、マリンが指名される。また演説か……。


 げんなりしていると、の話になった。そういえば、マリンがそんな領地をくれるとか言ってたな。一番安そうなものを選んだつもりだけど、拳ほどの領地なんてニンジン一本しか育てられないぞ。税金のほうが高くつきそうだ。


 そんなことを考えていたら、魔族サイドは真剣な表情でマリンの話を聞いている。

 ぼんやりと聞き流すのもなんだ。あとで抜き打ちされて答えられないとマズいし、ちょっとだけ聞いておこう。


「…………ラスティ様は受け取ってくれました。風習、解釈かいしゃくのちがいはあるかもしれませんが、私はラスティ様に身も心も捧げるつもりです」


 ん? いやいやいや、拳ほどの領地がなんで身も心もってなるわけ? そもそも解釈のちがいがあるのなら、それって無効でしょ! なんで強引に話を進めてるのッ!?


 マリンの演説に魔族サイドが拍手を送る。なかには涙する者もいるくらいだ。


 突如、太股ふとももに激痛が走った。ティーレだ。


 彼女は澄ました顔で太股をつねっている。肉を摘まんだままの指をえぐるようにひねる。


 凄まじく痛い。


 俺にだけ聞こえる小声で、ティーレは言う。


「あなた様、あとでお話があります」


 凍えるような冷たい声だ。悪い予感しかしない。


 マリンの演説が終わると、またクレイドルが喋りだした。

「そういうわけでラスティ殿、マリンをもらってやってくれないか」


 魔族サイドがそろってうなずいている。この流れはヤバいぞ!


 まさかの親も公認してます発言! 太股を抓る指に、つめが加わった。声をあげそうな痛さに耐えながら、笑顔で返す。


「御言葉を返すようで悪いのですが、俺にはティーレという妻がいます。それとご息女の言葉にあったように解釈のちがいがあります。まさか『拳ほどの領地が』婚約の話だとは知りませんでした。迂闊に返事をした俺にも非はありますが、マリン姫はまだお若い。一度よく考えてから正式に話し合いの場を設けては如何でしょうか」


 スパイクたちと工房組が、頷きの援護射撃をしてくれた。

 さすがだ、それでこそ仲間!


 堂々とティーレのことを妻と言ったら、その瞬間、太股は地獄から解放された。これで安心してはいけない。ティーレにはもっと愛情を注いであげないと。引き戻しつつある彼女の手を強めに握る。


 視界のはしに映る彼女はずかしそうにうつむいている。これで大丈夫だろう。

 優しく腕を撫でてから手を戻す。


 安心しているところへ、新たな危機が訪れた。


 黒髪金眼の少女がえる!

「考えるまでもありません。ラスティ様以外の殿方と結婚するつもりは微塵みじんもございませんッ!」


 ティーレの手が動く気配を感じた。


【助けてくれフェムトッ!】


――仕方ないですねラスティ、今回だけですよ。この場合の最適解は……――


 相棒から知恵を拝借はいしゃくして、起死回生の一撃を放つ。


「よろしいのでしょうか? 聞けばマリンは王位継承権を持つ唯一の王族だと聞いています。俺にはティーレという妻がいますので、一応はベルーガの王族になるわけですから、他国へ婿むこ入りすることはできません」


 魔族サイドが動揺した。連動してティーレの手の気配が消える。

 ふぅ、なんとか乗り切ったぜ。


 安心して肩の力が抜けたところへ、クレイドル陛下から最大級の一撃がやってきた。


「それでもかまわない。我が国はそれほど大きくない。そもそも、ベルーガほどの大国と並び立とうとは思っていない。教会の一部の過激派がするような魔族への迫害はくがいさえなければ、ベルーガの属国でもかまわん」


 ティーレが動きだした!

「それは難しい相談ですね。ベルーガの王族とはいえ教会をどうこうする権限はありません。魔族への迫害をやめさせたくても、教会の決定であれば口出しできないのです。なげかわしいことです」


 お優しい彼女らしからぬ物言いだ。


「ティーレ、それはいけないことだ。何があっても迫害なんてしてはいけない。たしかに魔族の人たちは肌や髪の色がちがうし、魔力も高い。人とはちがう。だけどそれだけのちがいだろう。それを迫害だなんて馬鹿げている」


「…………すみません。あなた様の言う通りです。私が間違っていました」


「いいや、ティーレは間違っていない。迫害が悪いことだと知っていたから……悪いのは教会の過激な連中だ」


 大広間に沈黙が流れた。


「ハハハッ、これは愉快……失礼、決して楽しんでいるわけではない。魔族の迫害についてそこまで考えられているとはな。ラスティ殿にならば娘を嫁にやれる。そう思わんか皆の者」


 尻込みする廷臣ていしんを飛び越え、ラッシュバーンが立ちあがる。


「陛下の決断に異議無し!」


 続くように魔族サイドの面々が立ちあがった。


「異議無し」

「姫の婚姻に異議無し」

「陛下のお考えに異議無し」


 俺としたことがめられた……。


 こうして、なし崩し的にマリンとの婚姻契約が結ばれた。


 ティーレは先の『迫害』の失言で強く言い出せない。完全に俺のミスだ。


 その夜は明け方まで盛大に飲み明かした。


 何度か寝所へ行くことを進められたが、ティーレのことを考えるとそれだけは駄目だと思った。マリンには悪いが我慢してもらおう。俺の一番はティーレなんだから。


 それにしても太股が痛い……。胃もキリキリと…………。


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