第79話 黒幕の正体●



 真夜中だったが、黒幕一行を玉座の間へ連行した。


 クレイドル陛下には事前に伝えているので、それほど時間を置かずに玉座の間に来てくれた。


「まさか、ラスティ殿の言う通りになるとはな……では黒幕の顔を見せてもらうとしよう」


 引っ立てた黒幕のフードを脱がせる。

 黒幕の正体は宰相のクォンタムだ。


 ほかの連中のフードも脱がせる。


「間違いであればと願っていたのだが、まさかクォンタムが黒幕とはな…………それに元宮廷魔術師のレイマ、水務大臣、信頼していた近衛騎士が五名。あきれて物が言えぬわ」


「陛下、ちがいます。私めはめられたのです。マリン姫を籠絡したこの人間の若造に」


「この痴れ者が、黙れッ!」


 クレイドルの一喝いっかつに、玉座の間にいた者たちは震え上がった。くやしいかな俺もその一人だ。王族の威厳……凄い。


 蟲の脅威きょういを取り除いた魔族の王は威厳いげんと力を取りもどし、その声には魔法じみた力が宿っている。玉座から立ちあがるだけで黒騎士たちが頭を垂れるくらいだ。


「失礼を承知で申し上げます」


 俺は頭を垂れたまま具申した。かなり勇気のいる行動だったが、クレイドルはまだ明かされていない根拠を知りたそうだ。


「許す、申してみよ」


「はい、では今回の蟲騒動とガリウス殿下の件について」


 一瞬、クレイドルのこめかみに血管が浮いた。


 危険を察知したのか、マリンが前に進み出て膝をつく。


「陛下のお怒りはごもっとも、ですが事の真相をつまびらかにしてこそ、公平な判断を下せるのではないでしょうか」


「…………」


「何卒、ラスティ・スレイドなる者の言葉に耳をお傾けください」


 床に手をつこうとするマリンを、反射的に引き起こしてしまった。


「姫にご迷惑をおかけしてすみません。すべてを報告すると言い出したのは俺です。陛下の気に障るようなことを口に出してしまったのであれば、俺が謝るのが筋でしょう」


 引き起こしたマリンに代わって膝をついたところで、

「気にせずともよい。ここのところ政務に追われてたので虫の居所が悪かっただけだ、報告を続けよ」


「はい。まず宰相が怪しいと思ったのが、蟲のことをろくにしらべず水源から広まったと断定したときでした」


「怪しくはないと思うが?」


「いえ、それが一番怪しかったのです。そもそもあの蟲は水のなかで長く生きられません。宰相という重責にありながら、根拠こんきょも無くかたくなに水源が蟲の出所だと主張する姿勢が引っかかっていました。それと宰相は昔、生水にあたってから煮沸した水しか口にしないと言っていましたが、嘘だと判明しました」


 突然、クォンタムが声をあげた。


「何を根拠にッ! 陛下、この人間は私めにれ衣を着せようとしているのです。陰謀です、ガリウス王弟殿下の暴挙を利用してわたくしめを失脚させようと企んでいるのです」


「黙れッ! 貴様には聞いていない」


「…………」


 クォンタムが静かになってから報告を再開する。


「仲間のルチャが城の侍女たちから聞いた話では、宰相が煮沸した水を飲むようになったのは一月前からだと判明しています。これは生水にあたってからの習慣とは思えません。それに俺たちが水源室を確認したとき、宰相の物とおぼしき毛髪を発見しました」


「なるほどな。しかし、それだけでは決定的な証拠とは言えぬぞ」


「存じております。いまから決定的な証拠をお見せしましょう」


 同行した黒騎士の一人に目配せすると、黒騎士はちいさな小箱を持ってきた。


 箱を開けて、なかにある空きびんを、ハンカチをつかって丁寧に摘まみあげる。


「これが証拠です。瓶のなかに水源に落とし損ねた蟲が残っています」


「水源は! また蟲をかれたのか!」


「その点については安心してもらって結構です。黒幕を捉える際、蟲を殺す薬を撒いてきました。魔族に害のない薬です」


「そうか、ならばよい」


 クレイドルが安心したところで、またクォンタムが声をあげる。


「濡れ衣です! その瓶と私めがどのような繋がりがあると言うのですかッ! 陛下、目を覚ましてください」


 わめき立てる宰相に向かって、クレイドルは手の平を向ける。


 次の瞬間、クォンタムが吹き飛ばされた。


【なんだアレは!】


――エネルギーの衝撃波ですね。クレイドルから魔法を行使する予備動作は検知されませんでした――


【魔法じゃないのか?】


――魔力を用いた何かでしょう。魔法の応用とも考えられますが……解析するにはサンプルが足りません――


【便利な力だな……できればものにしたい】


――いいのですか、思念通信に意識を割いても。クレイドルが見ていますよ――


 フェムトの忠告ではっと我に返る。


「この空き瓶が証拠だという根拠は……」


 説明しながら、俺は惑星調査用の消耗品を取り出した。取り出したのは薄っぺらいシート。


 連合宇宙軍規約にある帝国民でもなく連邦民でもない第三の存在。シートはその存在の指紋を採取するための道具だ。


 立ち会いにラッシュバーンを指名して、彼の目の前で指紋を採取する。シートを開いて、瓶に貼りつけて指紋を移す。シートを閉じて、指で弾けば。


「おお、紋様もんようが浮かびあがってきたぞ!」


「これは指の紋様――指紋というものです。指紋は、耳の形や瞳の虹彩こうさいのように二つと同じものは存在しません。採取した指紋は五つ。これがすべて合致する者はこの国どころか大陸にも二人といません」


 クレイドルに見えるように、シートを掲げる。


「瓶についていた指紋と、クォンタムの指紋を比べるというのだな」


「はい」


 指紋採取にクォンタムは暴れたが、ラッシュバーンの「指を切りおとしても問題ない」の一言ですんなり片が付いた。指を切り落とすなんて言われたら、俺でも協力するだろう。ラッシュバーンは職務に忠実な黒騎士の長だ。口に出すだけならまだしも、本当に実行しそうで恐ろしい。


 最後の足掻きに、クォンタムは俺の指紋も採取しろとゴネたが、終始一貫して指紋が残らないようにハンカチをつかっていた。当然、瓶から俺の指紋は検出されないわけで……。


「何者かによる陰謀だ!」


 指紋がすべて合致したクォンタムは、もはやテンプレとなったセリフを撒き散らしながら、黒騎士に連行されていった。


「ラスティ、蟲と弟の件はどのような繋がりがあるのだ」


「ガリウス王弟殿下ですか。おそらく宰相がそそのかした……または怪しげな薬をつかって謀反むほんを起こすように誘導したのでしょう」


「それで口封じに殺したのか……水源室の鍵を持たせ、すべての罪を背負わせて……」


 国を統べる王だけあって、クレイドルは優秀だ。しかし、国王であるまえに一人の魔族である。血を分けた弟を狂わせたクォンタムが憎いようだ。


 手近な者を呼びつけた。耳もとに手をやり、何やら話している。

 秘密の命令をだろう。


 盗み聞きはいけないが、これだけ活躍したんだ。ちょっとくらい聞いても罰はあたらないだろう。


【フェムト、クレイドルの会話を聞くことができるか】


――できます。本来であれば倫理コードに引っかかる事案ですが、魔族は連合宇宙軍規約に引っかかりません――


 人間だったらアウトだったのか。良心は痛むけど、ちょっとくらいなら……。


【やってくれ】


 内容を聞いて後悔した。


 クォンタムは表向きには死刑となるが、秘密の牢獄ろうごくに繋がれて、死ぬまで拷問され続けるらしい。それも治療と拷問の繰り返しだという。要するに、クレイドル王のゆるしがない限り寿命をまっとうするまで地獄の苦しみを味わい続けるのだ。

 いくら弟が濡れ衣をかけられたまま殺されたからって、やり過ぎだろう。魔族って怖い。


【フェムト、さっきの会話、俺の記憶から消せるか】


――安心してください。消せません――


【それ安心することじゃないだろう】


――いいではありませんか、恐怖を感じるという貴重な経験です。今度は軽はずみに盗聴できないでしょう――


【…………おまえ、知ってて聞かせたな】


――とんでもない。ちゃんと警告はしました。ですが盗聴するよう指示がありましたので、仕方なく……――


 AIに一杯食わされたのはしゃくだが、事件は無事解決。これでよしとしよう。

 魔族との交流関係も確立したし、トンネル事業も続けられる。領主としての仕事は十分にやった。しばらく休暇をいただこう。


「ところであなた様、何か忘れていませんか?」


「忘れてるって何を?」


「領民への報告です」


「あッ!」


 俺としたことが失念していた。魔山に登ってから半月近く経っている。もしかすると、俺たちを探しに誰か来ているかも。集落で揉め事が無ければいいけど……。


「報告しに戻る」


 最低限の荷物をまとめ、俺は魔族の都プルガートをつことにした。



◇◇◇



 クレイドル王に頼んで馬を借り、プルガートの外へ出る。すでに太陽が昇っている。

 クォンタムの一件で時間を食って朝になっていた。


 集落にたどり着くと懐かしい顔に出会った。スパイクだ。寡黙かもくな重戦士ウーガンも一緒だ。

 驚いたことに、腕利きの冒険者たちは呑気に野良仕事をしていた。


「スパイク、なんでここに」


「おおッ、ラスティか久しぶりだな。なんでここにってラスティの帰りが遅いから迎えに来たんだよ」


「実は……」


「事情は集落の魔族たちに聞いたぜ。王様に会いに行ったらとんでもない目に遭ったんだってな」


「なんだ知ってたのか。領地のみんなには知らせてくれたか?」


「ああ、ヒックスっておっさんが報告するって山を降りてったぜ」


 ヒックスは傷痍軍人を束ねている三人のうちの一人だ。隻眼の軍人で、かつて歩兵部隊を率いていたらしい。ほかの兵士も一緒だし、ベテラン軍人だから魔物と遭遇しても問題ないだろう。


「なら安心だな。新情報だ、何人か追加報告に戻らせてくれ。魔族の王様と友好関係を築けたって」


「おおッ、やっぱラスティはすげぇな。おまえならできるって信じてたぜ」


「…………嘘。この間まで助けに行くって言ってた」


 無口なウーガンが久しぶりに喋った。


「ウーガン、そのことは内緒だって言っただろう」


「…………俺も助けに行くつもりだった」


 仲間思いの友人たちだ。


 そういえば今夜、宴をするって言ってたな。出戻りは気がとがめるけど、いいか。

 ついでなので、スパイクとウーガンも連れていくことにした。

 いざ出発というところで、工房組があらわれる。

「生きてたか工房長」

「心配したぜ」

 全身鎧から自慢の髭を出した、酒臭い鍛冶士兄弟がハグしてくる。

 フェルールは握手を求め、インチキ眼鏡娘はそっぽを向いた。

「だから言ったじゃん、ラスティが死ぬなんてありえないって」


 スパイシーな一言だったが、ローランの目元は赤く腫れていた。もしかして俺のために泣いてくれたとか? ないな、この娘に限ってそれはない。


 しかし心配させたのは事実だ。その穴埋めといってはなんだが、プルガートの魔道具見学でもさせよう。このひねくれた錬金術師なら喜ぶだろう。


「せっかくだから、みんなも来るか?」


「来るってどこにですか?」


「魔族の王様の所へさ」


「ええっ、魔族の王様!」


「それって凄いビッグネームじゃん。シノギの匂いがプンプンするわね」


「酒は出るのか!」

「そうだ、一番肝心なところだぞ工房長」


 なんとも楽しい面々だ。マナー的な問題は残るが、苦楽をともにした仲間たちだ。祝いの席だし、クレイドル陛下も大目に見てくれるだろう。


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