第78話 謀略の渦⑦●



 クレイドル陛下たちと内緒話をしたあと、俺は城の地下へと潜った。


 お供は一緒に魔山デスマウンテンをのぼった仲間と、マリン、シロ、クロ、信頼できる数名の黒騎士だ。

 十人を超える大所帯だが、信頼できる人たちなので問題はない。


 俺とマリンは光学迷彩のマントで身を隠して、通路――水源の部屋の入り口が監視できる場所で黒幕を待ち構えている。

 ほかのみんなは、水源室の手前にある空き部屋で待機してもらっている。


 フェムトの予測では今夜、黒幕が来るらしい。

 そのためにだと、何度も口に出した。警備が厳重になるのは明日以降だ。今夜なら簡単に悪事を働けるようにしてある。

 黒幕は必ず来る。そして蟲をばらまくだろう。そうなるように仕向けた。


 それにしても、密着しているマリンが気になって仕方ない。小振りだが押しつけてくる柔らかなそれは、男を魅了するに十分な破壊力を秘めている。おまけにいい香りがする。


 一人用のマントを二人で羽織っているせいで距離をとれない。まったく困ったもんだ。

 このことがティーレにバレたら雷が落ちるだろう。ま、言わないけどね。


「ラスティ様、本当に黒幕は来るのでしょうか?」


「来るよ」


「しらべたあとなので、来ないと思いますが……」



「なぜ断言できるのですか?」


「最低限の見張りさえ置いていないんだ。隙だらけだろう。クレイドル陛下の命令があるから確定事項だ」


「それでも理解できません。蟲をばらまくのならば食糧に混ぜればいいはず」


「そこが黒幕の狙いだよ」


「…………ますます理解できません」


「いずれわかるさ。黒幕は必ず来る、そいつを捕まえてから種明かしといこう」


「…………わかりました。ラスティ様の指示に従います」


「ありがとう、マリン」


 マリンの頭を撫でてやる。


「…………」


 それにしてもマリンの吐息がくすぐったい。顔にこそかからないが、女性特有のいいにおいがする。ティーレとはちがった香りだ。

 仲間たちは別室で待機中。通路のど真ん中で隠れている俺たちは、ある意味、二人っきりの空間。なんというか背徳はいとく的な想像が脳裏をよぎる。


 誘惑を払いのけ、黒幕の登場を待っていると、マリンがより一層密着してきた。気のせいか異物で腕を挟み込まれているような……。


 気になってチラ見したら、マリンが腕に抱きついていた。ああ、胸の感触か。


 小柄な見た目に反せず、マリンは子供だった。聞くところによると、まだ一六らしい。俺より一〇も歳下だ。ここまで歳が離れていると、妹というより娘に近い。

 そんなマリンがゆっくりとこっちを見上げてくる。桜色に上気した頬。潤んだ瞳。金眼が怪しく光る。

 彼女は背伸びして、それから緩やかに目を閉じた。


 宇宙史以前からの格言に『据え膳食わぬは男の恥』というのがある。語学の勉強は不得意だったが、こういった夢のある言葉は覚えている。たしか、格言の意味は、好意をもって近づいて来る女性とは最後までいたしなさい、だったはず。格言に従うのもいいが、純真なマリンに手をかけるのは罪悪感がある。なんというか、無知につけこんで悪いことをするみたいだ。

 それに俺にはティーレという心に決めた女性がいる。まあ、彼女も若いのだが……。


 ん? となるといまの状況は、両手に花か! いや、待てよ……二兎を追う者は一兎をも得ず、って教官が言ってたな。いかん、調子に乗っていらん失敗を招きそうだ。……でもそういう火遊びもアリかも。


 理性が妄想に駆逐されかけた瞬間、遠くにオレンジ色の揺らめきを見た。

 明かり用のランプだろう。


「来たぞ」


「ラスティ様、みなへの合図は?」


「まだだ。完全に退路を断てる位置に来てから合図を出そう」


 ゆらゆら揺れるランプの明かりは次第に強くなり、それに伴って足音が聞こえてきた。複数の足音だ。


 スキャンするまでもない。フェムトに音響解析させて敵の数を把握しよう。

【何人いる?】


――足音からして八人。そのうち五人が金属音を出しています。おそらく鎧を着た武装兵でしょう――


 残り三人のうち一人は俺の予想する黒幕だろう。あとの二人も黒幕の手下か? 黒幕の一行は全員ローブを目深に被っているので、誰かわからない。マントから覗く、ランプの炎で煌めく魔石が見えた。魔石の嵌まった杖から一人は魔術師だと判明した。


 水源室の前まで来ると黒幕とおぼしき人物が声を発する。


「レイマ、念のためだ。魔法で姿を隠している者がいないかしらべろ」


 レイマと呼ばれた魔術師がフードを脱ぐ。女だ。気怠そうに髪を掻き上げ、腰に吊した杖を手にとる。

 女性としての魅力に自信があるのか、ローブのサイドに伸びるスリットは長い。黒幕とはどういった関係なのだろう……気になる。


「はいはいっ。原初よりも古き色。純然たる魔力よ、偽りなき真実を示せ〈破幻アンチイリュージョン〉」


 レイマが艶めかしい声で魔法を行使した。


 次の瞬間、通路全体にエネルギーの波紋が広がり、俺たちの横を駆け抜けた。


 もしかして音響探知! 俺たちの存在がバレたか?


 味方に合図を出そうかと思ったが、敵に俺たちを発見した反応はない。どうやら言葉通り、魔法の有無だけを探知する魔法だったらしい。


 ほっとするも気は抜けない。もし、物体を探知する魔法をつかわれたら……。


 不安は杞憂に終わった。


「魔法反応無し、気にしすぎだよ。こんな夜更けに魔法で隠れている奴なんていないよ」


「気にしすぎるくらいでちょうどよい。次は水源室をしらべろ」


「人づかいが荒いね。水番を殺したり、王弟殿下をそそのかしたり、首席宮廷魔術師の地位だけじゃ足りなよ」


「フンッ、処刑を待つだけのおまえを助けてやったのは、どこの誰だと思っている」


「はいはい、わかりましたよー」


 レイマと呼ばれた女魔術師は、ぼやきながらも水源室に向かってさっきと同じ魔法をつかった。


「こっちも反応無し」


「魔法で隠れている者はいなさそうだな。そこの騎士、水源室に怪しい者がもぐり込んでいないか、行って確かめてこい」


「はっ」


 怪しいのはどっちだよ……。


 それから入り口に見張りの騎士を二名置いて、黒幕たちは水源室に入っていった。


 ちょうどいい頃合いだ。見張りの騎士を倒してから合図を送ろう。


「マリン、見張りを倒すぞ」


「はい」


「距離が縮まったらマントを投げ捨てる。それが合図だ。二人がかりで見張りを倒す。仲間を呼ぶ合図はそれからだ」


「わかりました」


 足音を立てないよう注意して騎士に近づき、光学迷彩マントを投げ捨てた。


「! 貴様っ、何もn……」


 一人の口を手で塞ぎ、高出力の電磁スキャンを食らわしてやった。ここまで出力をあげると麻痺銃パラライザー並の威力だ。屈強な兵士でもお行儀良く夢の世界へ旅立ってくれる。

 もう一人の騎士を倒そうかと振り返ると、すでにマリンが仕留めていた。


 一応、気絶しているか確認する。

 床に転がされている騎士の鼻がぺしゃんこになっている。よく見ると、床に歯が散らばっていた。息はあるようだがむごい。


「ちゃんと手加減しました」


 褒めてくださいと言わんばかりに上目遣いでこっちを見てくる。


 黒髪金眼の少女の要望に応えてから、フェムトに合図を送るように命じる。


【ティーレたちを呼んでくれ】


――了解しました――


 やや遅れて、黒幕たちが通り過ぎた一室からティーレたちが出てきた。

 ルチャが床に転がっている気絶した騎士を蹴り転がす。


「ラスティの読み通りだな」


「まあね」


「残りの連中は俺たちが引き受けよう。クラシッド! 出番だぞ」


「はっ」


「騎士アシェ、あなたも手柄を立ててきなさい」


「畏まりました」


「客人が手を汚す必要はありません。ここは我ら近衛騎士にお任せを」


 黒騎士のリーダー格らしき男が出てきた。


 マリンに目配せする。彼女はちいさく頷いて、

「ガモウ騎士隊長、存分に働くがよい」


 俺は戦闘データを回収しつつ高みの見物を決め込むことにした。


「それじゃあ、いくぞッ!」


 ルチャが扉を蹴り開け、クラシッドとともに水源室に躍り込む。その次にアシェ、黒騎士と続く。


 戦いは三分とかからずに終わった。


 ルチャたち三人が速攻で部屋にいた敵を倒し、黒騎士たちが残った三名を捕縛。レイマは魔法をつかおうとしたが、ティーレが〈魔力消失〉のカウンターを見事に決めた。


 抵抗らしい抵抗もなく、捕まえることができた。


 俺は水源室に転がっている空になったびんを慎重にハンカチでつかんだ。欲しかった証拠だ。


 空き瓶を掲げて、薄暗い明かり越しになかを見る。うごめく蟲が付着していた。


 これで黒幕が犯人だと証明できる。


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