第77話 謀略の渦⑥●
応接室でクレイドル陛下を待ちつつ、今後のことを考える。
犯人はまだ蟲を持っているかもしれない。だとしたら、また蟲をばらまかれる恐れがある。このままでは、いたずらに薬を消費するだけだろう。早急に対処せねば。
考え込んでいると、突然、視界にティーレの顔が映った。
あまりにも距離が近かったので、反射的に背筋を反らしてしまった。
「…………」
「あなた様、どうされたのですか?」
「あっ、いや、考えごとをしていて……」
「顔色が優れないようですが、悩み事でもあるのですか?」
黙っていようかと思ったが、心配しているようなので包み隠さず話した。無論、犯人についても。
「それは酷い!」とアシェさん。
「とんでもないことです。ベルーガだったら大逆罪です」
犯人を知らなかったアシェさんとティーレはお
マリンに至っては、こめかみの血管をピクピクさせて引きつった笑みを貼りつけている。あ、これ爆発寸前だ。
「ラスティ様のお言葉が真実であれば問答無用で死罪ですね」
「あなた様が仰るのです。証拠なんて要りません。直ちに断罪するようクレイドル王に頼みましょう」
「気持ちはわかるけど、疑わしいだけで人を罰しては駄目だ」
「いえ、十分です。私はラスティ様のお言葉を信じます」
とりあえず女性陣を宥めよう。ストロベリー味のミルクキャラメルを口に放り込んで、黙らせていく。
「新味ですね。美味しい」
「「…………」」
仲間の暴走をとめたところで、ルチャたちが帰ってきた。
「ラスティ、片付いたか?」
「ちょっと問題があってね」
事情を説明すると、ルチャは面白い情報を教えてくれた。
「やっぱりな。俺も怪しいと思ってしらべていたんだ。そうしたら出てきたぜ、嘘が」
「嘘って、どんな」
「王城の侍女たちに聞いたんだがな」
確たる証拠ではなかったものの、信憑性はあった。あとはこれらの状況証拠を組み合わせて、言い逃れできない証拠を突きつければ……。
いい知恵が浮かばないので相棒に思念を飛ばす。
【フェムト、おまえならどうする?】
――罠を張りますね――
【どんな罠だ?】
――偽情報を流しましょう――
【偽情報? 意味あるのか?】
――あります。犯人が
【成功する確率は】
――95%は超えるでしょう――
アバウトな数値だったが、ほぼ確定だろう。
俺はフェムトの書いた筋書きを採用することにした。
まずは仲間がうっかり口を滑らせないように、フェムトの筋書きを話しておこう。
◇◇◇◇
クレイドル王がやってきたので、俺はフェムトの書いた筋書き通り演じることにした。
初めて謁見したときと同じように、背の曲がった宰相クォンタム、強面のラッシュバーン、数名の黒騎士。
俺の調合した薬が効いたようで、クレイドルとラッシュバーンは
体内の蟲を駆逐できて何よりだ。
「すみませんクレイドル陛下、蟲の出所を発見できませんでした」
「そうか、それは残念だな。しかし、ガリウスの暴走をとめたのは事実だ。マリンの目も治ったことも含めて
「ありがとうございます。ですか、あと一日だけお待ち頂けませんか」
「なぜだ?」
「明日は王城の食糧をしらべたいと思います。安全を確認してからのほうが、気も楽でしょう。
「一理あるな。宴は明日の夜にするか」
「無理を言ってすみません」
「いや、余のほうこそ悪かった。王としての生活が長いせいか、すぐに決断を下す癖がついてしまってな」
「そのようなことはありません。国を治める立場なら、即決即断は必要不可欠な資質でしょう。優柔不断な俺には無理です」
「意外だな」
「何が……ですか?」
「マリンからは果断な行動をとる
「そのようなことはありません。ただ必要に駆られてそうなっただけですよ」
「ははっ、
妙な口ぶりだ。まるで俺が王様になるみたいだな……。ああ、ティーレとの関係を知っているのか。でも俺は王様って器じゃないし、普通に幸せな家庭さえ築ければ、ほかはどうでもいいんだけどなぁ。
二度目の
「願ってもない話だ。是非とも交流したい」
「ありがとうございます。おかげで肩の荷が降りました。それと一つ、問題にならないとは思うのですが……」
トンネル事業について説明すると、プルガートに問題はないと答えてくれた。なんでも魔族の都は様々な結界が張り巡らされているらしく、岩盤が鉄のように硬いらしい。地震どころか噴火にも耐えられるのだとか。……魔法万能過ぎだろう。
「トンネルの場所も離れているし、問題はない。我が都とトンネルを繋いでくれても構わないぞ」
「ありがとうございます。将来的にはそうするつもりです。完成すれば天候や魔物を気にせず往き来できますからね」
「我が国も経済が
「そうですねプルガートの魔道具はどれも魅力的です」
「そうであろう。アレこそ我が国の誇る技術だ」
魔族の地を訪れた最大の目的――交渉も無事に終わったところで、犯人を誘導する
「クォンタム宰相も同席なされていることなので、水源の調査結果を報告します。蟲の痕跡は見受けられませんでした」
「おかしいのう。あそこに蟲がいないとなれば、どこから蟲がやってきたのか……
曲がった背をさらに丸め、クォンタムは
「……本当に、蟲はおりませんでしたか?」
「魔法をつかって確認しました。ですからあの水源は安全です」
「しかし水番がおりませんでしたぞ。いくら安全でも無防備すぎる気もしますが」
「大丈夫です。蟲はいませんでした。鍵がかかっていたので気を抜いていたのでしょう。たまたま水番の不在が重なっただけだと思われます。もしかすると罰を受けるかもと、身を隠しているかも知れません。なんせ王城という場所の水番ですからねぇ」
俺は安全を謳うが、クレイドル王は不安な様子。
「水番が不在というのはマズいな。新たな水番を置くか……」
「陛下、それはやめておきましょう。下手に動いては、それに乗じて水源に毒を入れられかねません。幸い鍵もかけてあることですし、問題が解決するまで放置しておくほうが無難かと思います」
「ううむ、それも一理あるな。下手に人を寄越すと、かえって問題が増えそうだ。地下へ通じる扉の警備を厳重にしておくとしよう」
「では、明日の朝一番に通達しては? 急いで人選を誤っては事です」
「そうだな。鍵をかけているし、信頼できる者を選別しよう。背後関係も洗わねばな」
「ちなみに水源のある部屋の鍵は誰が管理しているのですか?」
「宰相と水務大臣、水番だけだ。必要な時だけ、作業員に鍵を渡しているが騎士を同行させるようにしている。水源は我が国にとって必要不可欠なものだからな」
「であれば問題はありませんね。国家の
ほどよく餌をばらまいたところで、応接室の扉が叩かれた。
「入れ」
クレイドルが入室を許すと、転がるように兵士が部屋に入ってくる。
「直接のご報告、お許しください」
「緊急事態か?」
「いえ、そうではありませんが、非常に重要な報告です」
兵士が俺たちに目を向ける。
「構わん、申せ。ここにいるのは信頼できる者たぢだ」
「はっ、ご報告申し上げます。王弟殿下が……謀反を起こしたガリウス様が遺体で発見されました」
報告を聞くなり、クレイドルは目元を手で覆った。
「はやまったことを……」
さがれとばかりに手の甲で払うも、兵士はさがろうとしたない。
「陛下、報告はまだあります」
「もうよい、後日、あらためて聞く」
「なりません。ガリウス様は地下にある水源のある部屋の鍵を持っていました」
「なんだと!」
クレイドルの言葉を継ぐように、クォンタムが言う。
「となると、蟲をばらまいたのはガリウス王弟殿下!」
どうしても蟲の出所を水源にしたいらしい。頑固な爺さんだ。
「待て、その考えは早計だ。ラスティ殿が水源に蟲はいないと言っていた」
「陛下、会って間もない人間と私め、どちらを信じるのですかッ!」
「余はラスティ殿を信じる。マリンの目を治してくれた方だ。それだけでも信じるに値する」
「知りませんぞ。どうなっても」
クォンタムは怒りで顔をまっ赤にして乱暴に席を立った。ラッシュバーンに、フンと悪態をついて部屋を出て行く。
「失礼を承知で尋ねる。ラスティ殿、本当に水源に蟲はいなかったのだな?」
「しらべた結果、いませんでした。しかし気になる点がいくつか……」
「それは弟に関することもあるか」
「あります。推測の
「詳しく聞こう」
「その前に人払いを、できればマリン姫を含めた三人で。黒幕は
「わかった。ラッシュバーン、席を外せ」
厳格な武人は、厳めしい顔をますます厳めしくして部屋を退出した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます