第76話 謀略の渦⑤●
てっきりルチャたちも水質調査ついて来るものだとばかり思っていたのに、陽気な友人はプルガートを散策したいと言い出した。
「魔族の都なんて滅多に来られないからな、いろいろと見てみたい」
「若、ガリウスなる
「なぁに、出くわしても逃げればいい。クラシッド、おまえは戦いを前提に考えるからそうなるんだ。なあラスティ」
「そうだな。魔法の遣い手らしいから、ルチャたちには相性の悪い相手だろう。逃げるのが一番だ」
「…………」
クラシッドが苦々しげな顔をして、無言の抗議をする。
見かねたのか、マリンが手をたたき、
「それでは護衛をお付けしましょう。クロ、シロッ!」
ペットでも呼んだのかと思うと、彼女の足下の影が揺らいだ。そして、平坦な影からズルリと人間が生まれる。それも二人。
全身を白い衣装で身を包んだ白髪白眼の女性と、反転したかのように黒一色の女性。どちらも長い髪の美人だ。
美人二人は優雅に一礼して、名前を告げる。
「クロウディアここに」
「シローネここに」
「「お
見事にシンクロする声。双子の姉妹らしい。
「ラスティ様のお連れの護衛を任せます」
「「姫の護衛はよろしいのですか」」
「問題ない。私はラスティ様と同行する。ラスティ様は国を救った英雄である、万が一にも私の身に危険が及ぶことはない。おまえたちはお連れの方を警護なさい」
「「御意」」
白黒の美人姉妹はあらわれたときと同じように、また影に戻っていった。そのとき、二人揃ってチラリと視線を投げかけてきた。友好的とは思えない、ドキツい目だ。
マリンの命令に言いたいことがあるのだろう。俺だってある。英雄とか持ち上げすぎだ。おそらく姉妹もそう思っているのだろう。投げかけてきた視線から棘を感じたし。
こうして水源調査組とプルガート観光組に別れた。
俺としては魔族の都を見てまわりたかったのだが……。まあいい、蟲問題を解決してから観光を楽しめばいいだけのこと。
クォンタムとマリンの案内で水源へと向かう。同行者はティーレとアシェさんだ。
なぜかティーレは俺の右腕に抱きついたまま、離れようとしない。心なしか表情が硬い。機嫌を損ねるようなことしたっけ?
王城の長い廊下を進み、地下へと通じる
道すがら、プルガートにおける水事情を宰相が説明してくれた。
「水源から
「排水はどうなっているのでしょうか?」
「地下水路とは別に排水路が設けてありますので、そちらから魔山の外へ排水する仕組みになっています」
「排水と地下水は魔山の外で混じるのですか?」
「いえ、水源を汚すようなことはしていません。飲料に適した水は湖へ、排水は毒沼へと分けて流しております」
たしか魔山の南――大呪界に毒沼があったな。ということは、俺の領地で蟲による被害が広がる可能性がある。領地に戻ったら、一度調査しないと。
忘れないように外部野に記憶させる。
螺旋階段が終わると、また長い廊下だ。
しばらく進み、施錠された両開きの扉の前でクォンタムが足をとめた。
「おかしいな、水番がいない。錠前があるからと横着しおって、厳重に注意せんといかんな」
ぶつくさ言いながら鍵束をとりだして、鍵をガチャガチャやっている。
お目当ての鍵を探し出すまで時間はかかったが、水源のある部屋に入ることができた。
床には
俺は事前に借りてきた
【フェムト、蟲の反応はあったか?】
――…………解析中、解析中…………――
相棒は気合を入れて解析してくれているらしい。結果報告を待ちながら部屋を見渡す。足跡以外にも何かを引きずった痕跡があった。引きずった跡は地下水路と思われる穴まで続いている。気になるな。
――解析終了。蟲の存在は検出されませんでした――
【蟲がいた痕跡は? 死骸とか糞とか抜け殻とか……】
――蟲が生息していた
【だったらその卵がないかしらべてくれ】
――それも確認しました。生息していた痕跡はないと言ったでしょう――
【だったら蟲はどこにいるんだ?】
――この水源に
【人為的なものだと?】
――その可能性が高いと思います――
【根拠はあるのか?】
――サンプルが不足しているので解答できません――
振りだしに戻ってしまった。
水源が安全なのはよかったが、問題は未解決のまま。安心はできない。なんとしても蟲を駆除しないと。
とりあえず、気になっていた引きずった跡をしらべることにした。
【フェムト、今度はアレだ。何を引きずっていたか予想してくれ】
――予想でいいのですか?――
【引きずった跡しか証拠がないからな】
――了解しました。では再度スキャンを行います――
スキャンした結果、とんでもないことを発見してしまった。
床に残っていた引きずった跡は、人のものだと判明したのだ。微かに床に付着していた金属粉が王城に勤める兵士に支給される鎧のそれと合致した。
ここからは俺の推測だが、かなり確度の高い真実だろう。
水源に蟲を放り込んだ犯人を見たであろう水番は殺され、その遺体は地下水路に流された。
殺される際に抵抗したときのものだろう。床に落ちていた犯人のものらしき毛髪を採取した。それ以外は同一人物の毛髪で、採取した毛髪は唯一遺伝子情報が異なる。
犯人の手がかりは見つけた。しかし証拠にはならない。この惑星の住民に遺伝子情報なんて言っても誰も信じないだろう。
証拠さえあれば……誰の目から見ても確実な証拠が。
突如、クオンタムが声をあげた。
「おおっ! こんなところに王弟殿下の魔法杖がッ!」
クォンタムは、魔結晶の埋めこまれた杖を掲げる。
おかげで確証を得ることができた。間違いない犯人は……。
犯人はわかっているのに肝心の証拠がない。蟲、もしくはその卵という動かぬ証拠が。もどかしい。蟲をばらまいた犯人はわかっているのに、捕まえられない。
とりあえずクレイドル王に報告しよう。
いったん水源をあとにして、王宮の応接室に戻った。
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