第75話 謀略の渦④●
魔族の王クレイドルは、マリンの父親だ。
面会を求めているということは、魔族の王クレイドルが俺たちに興味を持っていることを示している。近衛の兵がマリンの命令を聞かないのは引っかかるものの、またとない交渉のチャンスだ。この機会を逃す手はない。
ティーレたちの介助もあって体調はまずまず。折られた骨もなんとかくっついたいし、そろそろ本来の目的に取りかかろう。
「願ってもない話だ。それでいつ、王様に会えるんだ」
「差し支えなければ、いまからでもよろしいでしょうか?」
「王様さえよければね」
「では、了承をいただけたと陛下にお伝えします」
マリンが部屋から出て行ってしばらくすると、案内役の侍女がやってきた。
「お客人、陛下から謁見の許可が下りました。こちらへ」
ティーレたちを伴って、侍女のあとについていく。
王城だけあって建物のなかは広く、長い廊下を何度も曲がった。
そうして通されたのは広い応接室。玉座の間とまではいかないものの、かなり広い。壁や卓に高そうな絵画や壺が飾られているが、それらをさっ引いてもちょっとした屋内スポーツができるほどだ。
「こちらでお待ちください」
重厚感漂う大きなテーブルにつくよう勧められる。光沢のある革張りのソファーに腰かけて、王様が来るのを待った。
待ち時間の間、飲み物や菓子が出される。
それらを用意している侍女にルチャが声をかけた。
「タバコを吸ってもいいか」
「灰皿と火をお持ちしますので、それまでお待ちを」
「ありがとう」
ルチャがタバコを吸うと宣言するなり、女性陣は彼から距離をとった。匂いが気になるのだろう、ありふれた反応だ。
ルチャは女性陣の反応に不満そうだったが、それよりもタバコを吸いたいらしい。懐をごそごそやって手持ちのタバコをとりだしている。
ちなみに俺はタバコを吸わない。一度、ガンダラクシャの腹黒元帥の前で吸ったが、喉がイガイガしたのでそれっきりだ。
あの煙を吸う行為は苦手だ。なんであんな煙をありがたがって吸うのか理解できない。喉は痛くなるし、服も臭くなる。定期的に吸っていると歯が黄ばむと聞くし、そもそもタバコは高価な
そんなイメージがあるので、好んでタバコを吸う気にはなれない。
戻ってきた侍女が、灰皿と魔石の嵌まった棒、それにちいさな箱を置いた。
棒と箱をつかってタバコに火を点けるのか? 魔道具にしては無駄なつくりだな。
「こちらの棒は発火の魔道具で、こちらの箱は煙を吸引する魔道具です」
そう前置きしてから箱を開ける。なんの変化も見られないが、箱を前にしたルチャは、おおっ、と声を洩らした。
【フェムト、何が起こっているんだ?】
――どうやらエアクリーナーの一種のようです。箱周辺の大気に動きが見られます――
興味津々で、魔道具を観察する。
まずは火を点ける棒状の魔道具だ。先端の魔石を指で触れると、魔石よりすこし上の空間に親指ほどの炎が生まれた。
咥えタバコのルチャが、棒と炎を顔に近づけてタバコに火を点ける。
スパスパと吹かすと、口から漏れた煙は箱へと吸い込まれていった。面白い光景だ。
ガンダラクシャにも魔道具はあるが、あちらは実用的な物ばかりだった。タバコの煙を吸い込むような便利グッズは少ない。
交渉が成功したら、プルガートで面白い魔道具を探すのもいいな。
ルチャが二本目のタバコを吸い終える頃になって、やっと魔族の王様がやってきた。その両脇には玉座の間で見かけた黒騎士――近衛兵が貼りついている。ガリウスと戦ったときにいた、ラッシュバーンと呼ばれた黒騎士たちのまとめ役もいる。その影に隠れるように老人がいた。背の曲がった男だ。やる気こそ感じられないが、身なりは良い。さしずめ王様の側付きといったところか。オドオドした様子から、身分は高すぎず低すぎず、当たり障りのない人物と予想される。
宮廷作法について詳しくはないが、こういうお偉いさんが出てくる場面は席から立って出迎えるのが一般的だ。軍で叩き込まれた儀礼作法を無意識にお披露目した。
正解だと思ったのに、席から立ちあがったのは俺だけだった。
一人だけ浮いてしまって、とてつもなく恥ずかしい。しかし、照れは禁物! ここは堂々と振る舞って、俺のいた軍ではこういう作法だったと強調しよう。それ以外に失敗を誤魔化す方法はない。
「ラスティ・スレイドと申します。
それっぽく言ってみたが、魔族の王――クレイドルの表情は険しい。ひと目でわかる不機嫌なそれから、好印象を抱かれていないことがわかる。ミスったか?
マナーで第一印象が決まるとか、ないよな?
失敗した感はあるが、席に座り直すわけにもいかず突っ立っていた。
すると今度はラッシュバーンが意味深な空咳をした。何やら目配せしてくるが意図が読めない。
クレイドルが気怠そうに手の平を向けてくる。
「他国の使者でもあるまい。あらたまる必要はない、楽にせよ」
「ありがとうございます」
「礼を言うのはこちらのほうだ。我が弟ガリウスの暴挙をとめたばかりでなく、不治の病の特効薬を教授してくれたと聞く」
「どちらも成り行きです」
「いや、成り行きでどうこうできることではあるまい。立ち話もなんだ、かけられよ」
「はっ」
失礼のないように返事をしてからソファーに座る。
クレイドルが座ったところでマリンが口を開いた。
「ラスティ様、陛下の体調も診察願えないでしょうか」
そういえばガリウスも言ってたな。病がどうのこうのって。
「それはかまわないけど、もしかして王宮でもあの病が広がっているのか?」
「お恥ずかしいことですが、その通りです」
「なるほど、マリンには蟲がいなかったから王宮は安全だと思っていたんだけど……。しかし、王宮で広がっているというのは引っかかるな。一番問題なさそうな場所なのに」
「なぜそう考えられたのでしょうか?」
「こういった病は普通、衛生環境の悪い国民から
疑問を口にしたら、背の曲がった老人が会話に割り込んできた。
「おそらく病の原因は水源でしょう。プルガートでつかわれる水は王宮より湧き出でる水を利用しておりますゆえ。私めは、昔、生水にあたったことがあって
水か……だとしたら変だ。王宮に湧き出る水が原因ならば、なぜ魔山の集落にいたのは城に務める者だけではなかったのだろう。
あそこには骨格の良い騎士らしき人もいたが、ほとんどが一般人だったはずだ。症状の出やすい子供たちはわかるが、城勤めとは思えない成人が多いのは納得できない。
もし王宮の湧き水が原因ならば、感染源に近い城で勤めている者たちのほうが多く発症しているはず……。
気にはなったが、まずは王様を診ることにした。
フェムトが蟲の特徴を解析してくれたおかげで、光学式のスキャンでも蟲の有無を検知できる。
面倒なので、この場にいる全員をスキャンすることにした。
【フェムト、やってくれ】
――可視光線だけ省くのですね――
【そうだ。今度からはそれをデフォで】
――了解しました――
スキャンはすぐに終わり、結果が出る。これまた引っかかる内容だった。一握りの魔族を除いて全員蟲に寄生されていた。とりあえず結果を報告する。
「クレイドル陛下、残念ですが体内に蟲がいるようです。ですが気を落とさずに、薬で治せます。ほかにも何名かおられるようなので、そちらの方々にも薬を処方しましょう」
「そうか……ありがたい」
落胆半分、喜び半分の複雑な声音だ。この蟲について、なんとなく察しているようだ。
「一つ提案があるのですが、よろしいでしょうか」
「かまわぬ、申してみよ」
「蟲で汚染された水源を見てみたいのですがよろしいでしょうか?」
「かまわないが、地下から蟲が湧き出ているのなら根絶は難しいのではないか?」
「そうですね。それ以外にも気になるところがありまして……。誰か案内を頼めないでしょうか?」
するとクレイドル陛下は、背の曲がった老人を指で示した。
「クォンタムがいいだろう。下手な者に案内を任せるよりも宰相であるクォンタムが同行すれば城の者も警戒するまい。……頼まれてはくれないか」
この爺さん宰相だったのか! 予想を裏切る大物だ。人を見かけで判断するのはやめよう。
「
宰相クォンタムは
「政務が
「は、はぁ……」
「不治とされた病が治るのだ。長い目で見れば、病に関連する政務は減るだろう。其方にも益のある話だと思うが」
「左様でございますな。病を根絶できれば、よろしいのですが……」
クォンタムは大きなため息をついた。
そうだよな。根絶できるかどうかわからない調査に付き合う暇はないだろうな。なんせ宰相といえば、連合宇宙軍の幕僚長みたいなものだ。お偉いさんへの根回しや資金管理、広報などなど山ほど仕事を抱えているはず。そういえば帝国宰相もころころ替わっていたな。なんでも仕事が多く超多忙らしく、体調不良を理由に退任したとよくニュースに出ていたっけ。
きっと激務なんだろうな。それを考えると、ため息をつくのは当然だと思えた。
「クォンタム宰相閣下、お手数ですが案内のほどよろしくお願いします」
「そう畏まらずとも結構。時間は貴重です。話もついたことですし、さっそく参りましょう」
「はい」
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