第74話 謀略の渦③●


◇◇◇


だるい。倦怠感けんたいかんが……ハンパない」


 ガリウスの迷惑すぎるお土産を無効化できたものの、その代償は大きかった。


魔力消失ディスペイション〉をつかったあと、俺はぶっ倒れた。そこまでは覚えている。一体どれくらい眠ってたんだ?


 見たことのない豪華な部屋で目を覚ましたので、てっきり死んだと思っていた。それが現実だとわかったのは、ティーレに抱きしめられて肋骨が折れたときだ。


 あれは痛かった。ベッドから出ることなく永遠に眠るところだった。


 これはティーレが怪力だということではなく、俺の体が限界だっただけのこと。

 体内のエネルギーを魔力に回したおかげで、脂肪も栄養もごっそり奪われていた。骨のカルシウムまでエネルギーに回したほどだ。なので彼女は悪くない。


「すみません。嬉しくて、つい……」


 この惑星の住人は嬉しいと力を込めて、全力で抱きつくのがデフォなのだろうか? 宇宙軍でも、アルコールを摂取した際、抱き癖のある人はいた。だけどティーレは素面シラフだ。

 アドレナリンの過剰分泌かじょうぶんぴつか? だとしても、なぜ骨が折れるほど抱きしめる?

 わからないことが多過ぎる。


「長い間、眠っていたので、このまま目を覚まさなければどうしようかと悩んでいました」


「俺はどれくらい眠ってたんだ」


「一週間です」


 いまいちピンとこない。大袈裟なので、コールドスリープみたいに年単位で眠っていたと思っていたのだが……。


 ともかくティーレが心配していたのは間違いない。謝る彼女は泣き腫らした目をしていた。心配をかけさせてしまった。


 骨折に響かないように、優しく頭を撫でてやる。


「ところであのあと、どうなったんだ」


「あなた様は見事、魔宝石の暴発を阻止そししました。憎きガリウスという魔族は取り逃がしましたが、全員無事です」


「その全員には魔族も含まれているのかい?」


「はい」


「よかった。誰も死ななかったんだな。倒れた甲斐があるってもんだ」


「……その、あなた様、よろしければ…………」


 急にティーレがもじもじし始めた。ぼそぼそと聞き取りづらい声で、何やら言っている。女性がこんなしゃべり方をするときは、聞き直してはいけない。大抵、トイレや空腹を訴えている場合が多い。もし聞き直したらセクハラだの、差別だの、要らぬ怒りを買ってしまう。その怒りに触れ人生を台無しにした同僚を俺は知っている。


「そうだね」


 適当に答えた。同意とも相づちとも受け取れる便利な言葉だ。


 すると彼女はベッドに手をつき、身を乗り出してきた。

 

 息をのむような美貌が近づいてくる。


 お互いの鼻と鼻とがぶつかりそうになったところで、ドアを叩く音がした。

 とたんにティーレは身を引いて、俺はベッドに潜り込む。


 ドアが開かれマリンがあらわれる。彼女は足早に俺のそばまで来ると、

「ラスティ様、目を覚まされたのですね」


 寝ている俺に抱きついてきた。


 筆舌しがたい激痛が全身を駆け巡る。ミシッと骨がいた。


「ンギッ!」


 栄養が枯渇しつつあるコンディションを知らないであろうマリンは、なおも力を加えた。


「……お願……離して……」


「何を話せばいいのでしょうか?」

 完全に勘違いしている。


 焼けるような激痛が続き、そして俺の骨は限界を迎えた。




◇◇◇◇◇◇




 女性に好意を持たれるのはいいことだ。だけど、物事には程度というものがある。

 骨を折られる程の好意は、正直いってキツい。まあ許せてティーレまでだろう。


「すみません」


 萎縮して、ただただ謝るばかりのマリンを見つめる。当然ながら、俺はベッドで寝たままだ。これはマウントをとっているのではない、身動きがとれないからだ。

 ティーレの肋は許そう。しかしマリンに折られた肋と腕は許しがたい。


 目下のところ、病人として一日中ベッドで寝ている。一人で身動きすらとれず、食事やトイレは人の手を借りている有様だ。


 どうでもいい天上の染みを真剣に数えてしまうほど暇だ。


 本来であればナノマシンの自己再生機能によって怪我が治るはずなのだが、栄養が足りないため骨の再生もままならない。よって早急に栄養を補充する必要がある。


 苛立ちはあるものの、責任を感じてちぢこまっているマリンを見ていたら強く言えない。間違いを正せないって軍人失格だよなぁ。

 戦場ではビシッと決める自身はあるが、日常生活ではそこまでシビアになれない。もって生まれた性格というやつだろうか……。


「いいよ。悪意があったわけじゃないし。アレは事故ってことにしておこう」


「本当にすみませんでした」


 故意では無いとはいえ、骨を折ったことに罪悪感を抱いているのだろう。マリンは小柄な身体をより一層、ちいさく縮めた。


 ティーレは俺の考えを察してくれたようで、ました顔でひかえている。なぜか隣で突っ立っているアシェさんがにらんできた。


 なんだか俺がマリンをいじめているみたいだ。さっさと話を終わらせてしまおう。


「今度からは気をつけよう」


「はい」


 話が終わると、ティーレが食事の介助をしてくれた。

「あなた様、あーん」

「あー、んぐむぐ…………」


 優しいティーレが料理を食べさせてくれるが、なぜか肉ばかり。一番ほしいのはカルシウムなんだけど……。一言頼みたいが、甲斐甲斐しく介助してくれる彼女を見ていると、愛情を裏切るような気がして言い出せない。

 そんなわけで、ひたすら肉を食った。


 そしてトイレの介助という男の尊厳をぶち壊すアクシデントを乗り越えて、俺は復活した。


 ちなみに俺のアレについての評価は様々で、

「……あなた様…………ご立派です」と、ティーレは目元を覆いつつも、指の隙間からチラ見。


「ケダモノ!」アシェさんは眼鏡の位置を直しながら、眉間に皺三本。


「……すごい」マリンに至っては食い入るようにガン見していた。


 余談ではあるが、ルチャとクラシッドは神妙な面持ちで凝視していた。もしかするとあの二人、そういう趣味があるのかも……。考え過ぎかもしれないが、陽気なルチャが押し黙る光景は珍しい。


 今後の付き合いを考えさせられるアクシデントではあったものの、信頼できる仲間だからと自分に言い聞かせた。特に男性陣。


「ところでラスティ様、蟲に寄生されている者たちを見つけていただけませんか?」


「特効薬のつくり方は教えただろう。あれをみんなに飲ませればいい」


「そうしたいのですが、いくつか生薬が足らず、みなに飲ませる量を確保できないのです」


「そういうことか、だったら俺の領地から持ってこさせよう」


「ありがとうございます。それと大変、申しにくいことなのですが、人間との交流のためにも、一度王に会っていただけませんか」


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