第72話 謀略の渦①●
魔族の少女――マリンの案内で洞窟に入る。
長い洞窟を抜けると、そこは街だった。
魔族の国は山の内部にあったのだ。どうりでガンダラクシャの住人は魔族のことを知らないはずだ。
しかし、どうやって生活しているんだ? 食糧は? 生活必需品は? どうやって手に入れているのだろう?
謎は多い。
おいおい謎を解き明かしていくとして、まずは魔族の街を観察だ。
強固な岩盤を削って造られた街は、巨体な空間でガンダラクシャを
不思議なことに山の内部だというのに街は明るい。マリンに尋ねると、魔道具の採光設備があるのだとか。
街に入ろうとしたら、門番らしき全身鎧の魔族たちに取り囲まれた。
兵士から鋭い殺気を向けられた。無理もない。魔族の街にそよ者が来たのだ。それも人間、警戒されて当然だろう。
厳しい取り調べがあると思っていたのだが、兵士はマリンの姿を見るなり膝をついた。
「姫様、お帰りなさいませ。後ろの者たちは?」
姫様だって! 思わず「嘘だろ」と言いかけてしまった。
もしかして王族? いやいや、王族が病人を隔離する場所に行かないだろう!
きっとどこかの貴族令嬢だ。たぶん、大臣とか将軍とか、偉い家の娘さんなんだろう。
「この御方たちは私の恩人だ。集落に
「あの奇病を治したと!」
「あの病気は治るのですか?」
「不治の病を治しただって!」
兵士たちがざわめく。
ただの寄生虫に大げさだな……。
この惑星の住民は衛生問題を軽視する傾向にある。だからあんな蟲でも大病になるのか……。いや、そもそも医学が発達していない。資源や生態系、技術水準、風習だけでなく、医学の調査も必要だな。
軍事や行政についても調査したいが、そっちは俺の専門分野外だ。
これが宇宙の軍事や行政ならば多少の知識はあるが、この惑星は論外だ。
宇宙史以前――古代史についての軍事・行政知識は持ち合わせていない。なので調査報告といってもサンプリングくらいしかできない。
そうだ! 魔族についてもしらべておこう。
しかし本当に意外だ。言葉遣いと長ったらしい名前からして身分が高いと思っていたが、まさかマリンが姫と呼ばれるお嬢様だったなんて。どうりで美人さんのはずだ。
いろいろ考えている間に、マリンが兵士たちの警戒を解いてくれた。街に入る許可も下りる。
「失礼しました。姫様の恩人とは
「その前に聞きたいことがあるのですが、奇病と呼んでいた病に
「いえ、最近急に増えだして、今日も何人か外へ移動させるところです」
「でしたら特効薬の配合を教えましょう」
「本当ですか、それはありがたい。しかし、よろしいのですか? 薬といえば医者にとっての飯の種。その
「そうですね。ですが、お金と命は天秤にかけられません」
話の流れでつい聖人君子ぶったことを口走ってしまった。ちょっぴり恥ずかしい。
兵士たちはというと、半信半疑といった感じだ。そうだよなぁ、不治の病の特効薬の配合を無償で公開するなんて都合が良すぎるもんなぁ。疑うよなぁ。
「本音を言いますと、魔族の方々と友好関係を築きたいのです。ですから、信頼の証として薬の配合をお教えする次第です。あなたたちも、いきなり現れた人間が仲良くしましょうって言っても、すぐには信用できないでしょう」
「なるほど、そういう考えがあったのですね。それならば納得です」
持ってきた自慢の紙にレシピを書いて、兵士に手渡す。
「上質な紙ですね。インクもそれほど滲まない、お高いのでは?」
「そう見えますか。実はこれ、俺の開発した紙です。品質向上の余地はありますが、従来の手
それとなく紙の宣伝をする。食いつきはいまいちだが、興味のある商品のようだ。レシピを受け取った兵士は手甲を脱いで、紙の感触を指でしらべている。
薬を服用したあとの対処法。薬の用量や蟲を吐き出すまでの大まかな時間などを説明してから、魔族の都プルガートの見学。
都を歩いていると、魔族たちが物珍しそうな視線を向けてくる。住人の視線も気になるが、マリンの姿を認めるとそれらは一瞬にして
そんなことを繰り返しているうちに城のような建物にたどり着いた。
今度は頭のてっぺんからつま先まで黒で統一した強そうな騎士様のお出ましだ。聖王国の騎士よりも強そうだ。
「これは姫様、一体いままでどこにおられたのですか、次期国王のあなた様の身に何かあれば、この国はどうなるのですかッ! 陛下もいたく心配しておりましたぞ!」
次期国王ッ!
いやいや、だって姫って……。ティーレは王女殿下だし、帝国のご令嬢も正式な呼び方は王女殿下だ。だから姫という呼称は王族以外だと思い込んでいた。
ということは女王! そんな偉い人だったの!
困惑していると相棒が情報を送ってきた。
――ラスティ、宇宙では姫は死語ですが、惑星地球では姫という呼び方もあったそうです――
【本当か!】
――本当です。嘘をついても仕方ありませんし――
なんてことだ……これじゃあ俺がお馬鹿さんじゃないか。
仲間を見やる。
さすがに、この展開にはアシェさんとクラシッドも驚いていた。
それが普通の反応だよな。
でもなんでティーレとルチャだけ落ち着いているんだ。ティーレは王族だからわかるけど、ルチャも驚かないとは……我が友人ながら図太い男だ。
いくら王族の客人といっても武器は取り上げられた。当然の
俺はレーザーガンとノルテさんからもらった剣を兵士に預けたことになる。
こんなこともあろうかと、高周波コンバットナイフを背中に隠しているのは秘密だ。
アシェさんやクラシッドも、何やらの武器を隠し持っているようで、目が泳いでいる。
城に入ると、そこはガンダラクシャ以上の
城内にいる騎士や侍女たちがマリンの姿を認めるや、端にさがって頭を垂れる。
俺たちを怪しむ声もなく、すんなり玉座の間へと到達した。
「マリンか。なぜ人間を連れてきた。ここは神聖な玉座の間だぞ」
「これは異なことを。ガリウス叔父上こそ、なぜ玉座に座っておられるのですか。そこは陛下の場所です。ただちに退いてください」
叔父!? ということは王族!
金銀異眼の男と金眼の少女、どちらも言葉にトゲがある。家族の再会を喜ぶというより確執のある関係みたいだ。
お偉いさん同士の会話で、なかに入ることもできず、なんというか気まずい。
「兄なら病に伏せっておるわ。あの不治の病よ。不甲斐ない兄に代わって政を取り仕切っているだけ」
「仮にそうだとしても叔父上が玉座に座る資格はありません。叔父上、一体どうしたのですか。王族たる者、臣民の
「王族とはそれほど楽な生き方ではないのだ。目に見えぬ政治の世界には
「叔父上、目を覚ましてください。民のためにあろうとした、あの高潔で思いやりのある叔父上に戻ってください」
「甘いなマリン。言ったはずだぞ、政治の世界は非情だと。兄上の命もそう長くはない。いずれ玉座は俺の物になるだろう。ここに腰を据えるのが遅いか速いかのちがいだけだ」
「詭弁です。衛兵ッ! ただちにあの者を引っ立てよ」
「マリン、乱心したかッ! 衛兵、この者たちを捕らえよッ!」
二人は声高に命令したが、玉座の間にいる黒騎士たちは微動だにしない。それどころか、
「我らが主はクレイドル陛下ただ一人!」
「「「我らが主はクレイドル陛下ただ一人」」」
「それが王弟殿下や姫の命令であれ、我らは王族の争いには動かぬ」
「くぬぅぅぅ……ラッシュバーン、貴様俺の命令を聞かぬと申すか」
ラッシュバーンと呼ばれた黒騎士は答えることなく、剣を杖代わりに立ち尽くすのみ。王弟であるガリウスを無視する様は、国に殉じる忠義の士だ。
「ええーい、者ども出会えッ! 出会えッ!」
玉座の間へと通じる扉が次々と開かれる。プルガートの門番のような全身鎧の一団がぞくぞくとあらわれる。その数は三〇、いや四〇近くの兵士に俺ばかりか衛兵までもが取り囲まれる。
「血迷ったかガリウスッ」
ラッシュバーンと呼ばれた黒騎士が兜を投げ捨てる。
病的な白い肌に白髪、白髭をたくわえた老人だ。威厳に満ちた声からもっと若いと思っていたのだが、どうやらちがったようだ。
「新たな王に刃向かう不届き者だ。衛兵もろとも斬り捨てろッ!」
「近衛騎士団ッ、王を
ああ、まったくツイていない。魔族同士の争いに巻き込まれてしまった。
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