第63話 魔族●



 順調に進むと思われたトンネル事業だが、思わぬ落とし穴があった。

 魔山デビルマウンテンに棲む魔族という存在だ。


 魔山には数多あまたの魔物が棲んでいると伝承にあったが、魔族と呼ばれる人たちが住んでいるという情報はなかった。

 伝承を鵜呑みにしていた俺たちは、人が住んでいるという可能性を見落としていたのだ。


 その悲報を知らせてくれたのは、騎馬隊を預かるマクベインだった。


「閣下、魔山のふもとにあるトンネルの開発村が、魔族に襲われているとの報告が入りましたッ!」


「わかった。ただちに向かう!」


 愛馬デルビッシュにまたがり、手勢を引き連れ開発村へ向かう。


 開発村に到着すると、そこには魔族と呼ばれる人たちがいた。

 すすを全身にりたくったような黒い肌の人間や、透け通るような病的な白い肌の人間が、武器を持って作業員たちに襲いかかっている。

 戦いに不慣れな作業員たちは防戦を強いられている。


「おのれぇ、魔族どもめぇ」


 マクベインが馬上で槍を振りまわし、魔族と呼んだ者たちに襲いかかろうとする。


「殺すな、生け捕りにしろ」


「はっ。聞いたか、生け捕りだッ!」


 俺も戦いに加わるが、相手が魔物でないだけにたちが悪い。人間相手ではさすがに攻撃の手がゆるんでしまう。


「話し合いをしたい、武器を捨てろ」


 言葉が通じないのか、魔族とやらは俺の声に反応したものの、またすぐに作業員たちを襲い始めた。


 仕方がないので、魔法をつかうことにした。


【フェムト、射撃アプリを立ち上げろ。死者を出さないように手足だけを狙う】


――了解しました。射撃アプリ立ち上げます――


 魔族の手足にマーカーを打ち込む、威力を落とした並列式の〈火球ファイヤーボール〉を放つ。


 これで片が付くと思っていたら、魔族の一人、白装束の女が俺の攻撃にあわせて魔法をつかった。


「魔法を弾け〈魔法障壁マジックシールド〉!」


 詠唱は即座に終わり、それと同時にガラスのように透明な壁が出現した。きらめく魔法の壁に火球がぶつかると、炎が四散した。ほんの一瞬、火球の残滓ざんしが周囲を赤く染める。

 魔法が無効化されたのだ。


【フェムト、あれはなんだ!】


――なんらかのシールドだと思われます――


 魔法はエネルギー攻撃だけでなく、エネルギー防御もできるのか。大きな誤算だ。

 俺は魔法を防ぐすべを知らない。相手は魔法で攻撃も防御もできる。対して俺は攻撃しかできない。どう考えても不利だ。

 シールドの無い戦艦と、シールドの有る戦艦が撃ち合うようなものだ。相手のシールドを無力化する前に、こっちがボロボロになってしまう。


 マズい、非常にマズイ。そのことに気づかれたら……。


 そんなことを考えているうちに、魔族は次の行動に移った。

 蜘蛛の子を散らすように距離をとり、そのまま退却した。


 あまりにも見事な退却だったので、元軍人のマクベインたちはもとより、俺までもが呆気にとられて立ち尽くしてしまった。

 てっきり交戦するかと思っていたのに、拍子抜けだ。


 躊躇ためらいなく退却するということは、さっきの連中は威力いりょく偵察ていさつも兼ねた斥候せっこうだったのだろうか?

 もしそうだとすれば、次は本腰を入れてくるだろう。より多くの数で攻めてくるはずだ。


 駆けつけたマクベインたちをいったん戻らせて、冒険者たちを呼んでもらった。


 しばらくして、冒険者たちとなぜか工房のみんながやってきた。


「掘削機が壊されちゃあたまんねぇからな、援軍に来てやったぜ」

「ついでに魔法剣も持ってきてやった。じゃんじゃん堀りな」


 飲んだくれの鍛冶士兄弟は、重戦士らしく全身鎧を着込んる。肩に担いだ長柄鎚パイルハンマーが頼もしい。トレードマークは健在で自慢の髭を兜の隙間から出している。


「今回は僕も参加します」

 フェルールは皮鎧と軽装だ。後方支援要員らしく投擲用のナイフや弓矢で武装している。そういえば大呪界で案内をしていると言っていたな。戦いの心得はあるようだ。


「来てあげたわよ」

 ピンク髪のインチキ眼鏡娘は相変わらずのとんがり帽子にローブとマント。いつもと大して変わらない。唯一ちがうのは杖だ。新調したらしくピカピカの杖を大切そうに抱きかかえている。


 ティーレの護衛を担当しているはずのアシェさんもいた。その後ろには女性騎士に護られたティーレもいる。


 気になったのでアシェさんに尋ねると、

「殿下がどうしても仰るので、お連れしました」

 面倒な仕事を増やしてくれましたね、と言わんばかりに眉間に皺を三本も刻んでいる。


「ご苦労をおかけします」


「ラスティが謝ることはありません。それよりも魔族に襲撃されたと聞きましたが、その魔族はどこに?」


「逃げられました」


「その程度でしたら問題はなさそうですね」


 俺のことを過剰評価しているだけに、アシェさんは気楽そうだった。本当は強敵かもしれないのに呑気なものだ。


 挨拶もすんだことだし、代表者を呼んで対策会議となった。


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