第62話 紙●



 トンネルの掘削作業は専門の業者に丸投げした。掘削機も用意してあるし施工図面もある。掘削用の刃――魔法剣も十分以上に用意している。あとは機械の扱い方を教えれば勝手にやってくれるだろう。


 本音を言うと、俺の手でトンネルを開通させたがったが、領主の仕事が溜まってきているので諦めた。その代わりに空いた時間で開発を進める。紙の開発だ。


 俺が求めているのはツルッとした白い紙だ。

 この惑星にある紙はゴワゴワしていて、インクが滲む。宇宙の古代史に出てくる〝和紙〟というやつに特徴が似ている。

 俺なりに改良してみたものの、和紙には限界がある。本来、和紙は〝墨〟というインクが滲むことを想定してつくられた紙なので、インクの滲まない紙をつくるのは難しい。

 なので宇宙史初期にあったコピー用紙を再現しようとしているのだが、これがなかなか手強い。


 形になりつつあるが、理想の紙にはほど遠い。完成はまだまだ先だろう。


 行き詰まっているので、量産化を見越して物覚えのいい孤児たちに手伝わせている。社会勉強の一環だ。

 当然ながら、本腰を入れていないので進捗は遅い。亀並の鈍足だ。

 宇宙の古代史中期の文明すら真新しいこの惑星では、紙を製造するのは無理なのだろうか?


 紙づくりを諦めかけた頃になって、朗報が飛び込んできた。

 開拓した領地に移り住んだ子供が、偶然、高品質の紙をつくったのだ。


 この偶然を確実にしたい!


 急いで領地に戻った。


 問題の紙をつくった少年の住んでいる孤児院へ行くと、少年は酷く緊張していた。


「君がこの紙をつくった子かい?」


 いきなり押しかけてきたんで驚いているんだな。領主様がやってきたんだ、緊張もするだろう。


 とりあえず飴玉を与えてから、詳細を尋ねる。

「どうやってあの紙をつくったのか教えてくれないか」


「……お、怒りませんか?」


 少年は付き添ってくれた職員の顔をチラチラ見ている。正直に言うべきか迷っているようだ。


「怒らないよ。それどころかご褒美をあげる。だから俺に教えてくれないか?」


「ご、ごめんなさい。何度つくっても良い紙ができなかったから…………」


 聞き取り調査したところ、おもしろ半分で魔物の体液を混ぜたのだという。驚いたことに、魔物の体液をパルプに混ぜると、より柔らかくなることが判明した。魔物の体液によって化学反応が起き、その結果、滑らかで腰のある紙が誕生したのだ。

 この発見により、俺の求めていた紙は完成した。


 魔物の体液が有用だと発見した少年に、ご褒美をあげるのも忘れていない。一人では食べきれないほどの大きなケーキをプレゼントした。


 アマンドに個人特許の手続きをしてもらって、野望は達成されたのだ。

 インクの滲まない上質な紙は莫大な利益を生み出してくれるだろう。

 自由に扱える資金を大量にゲットできる。そうすればもっと自由に開発を進められて、より充実した便利な生活を送れるぞッ!


 屋敷にある自室で喜んでいると、その場をティーレに目撃された。


 狂気乱舞する俺に引いたのだろうか? 彼女は何事もなかったように、そっとドアを閉じようとする。


 変な誤解をされてはマズい。


 慌ててティーレを引き留める。


「聞いてくれ、朗報だ。紙が完成した」


「それは良かったですね、あなた様。ですが、お疲れのご様子。お仕事がないのでしたら、今日はゆっくり休まれては?」


 やっぱり勘違かんちがいしている。ティーレの瞳に、いつもような優しさはない。どこかあわれむようなかげった感情がにじみ出ている。


 ふと、スパイクに言われた言葉を思い出す。家庭崩壊ほうかいの危機……あのときは結婚適性試験で離ればなれになっていたので気にしなかったが、いまがその状態では?

 ふくれあがる危機感。そういえば開拓事業にかまけてティーレの相手をしていない。いかん、まさかの家庭崩壊の危機だッ!


「ちがうんだ。紙のことだけじゃなくて、家族として――夫として話がある。急ぎの用事がないのなら話を……したい」


 夫という単語に、ティーレが反応した。一瞬、目が見開かれ背筋がシャンと伸びる。


「どのようなお話ですか?」


 一度、アシェさんがいないか確認して、護衛の女性騎士には大切な話と説明して退室いただいた。


「急を要する話なのですね。まさかとは思いますが弟や姉の身に何かあったのですか?」


 そっちの家族かぁ。俺、信用無いなぁ。


「そうじゃない。最近は仕事にかまけて二人っきりで過ごす機会がなかったろう。だから、今日くらいは一緒にいたいなって」


「私はよろしいのですが、あなた様は大丈夫なのですか? やるべき仕事が多いと聞いています」


「目の前に、仕事よりも大切な人がいる」


 口に出してから恥ずかしくなった。歯が浮くなんてどころじゃない、完璧に黒歴史確定の発言だ。だけど、ティーレからの受けは良かったらしく、彼女は口元に両手をあてがい瞳を潤ませていた。


「いままでごめん。仕事のことで頭がいっぱいになってて、一番大切なティーレのことほったらかしてしていた。本当にごめん」


「……いえ、私のほうこそ力になれず、申し訳ない気持ちでいっぱいです」


「ああ、良かった」


「何がよかったのですか?」


「俺と同じようなことを考えていてくれてほっとした。なんていうのかな、心が通じ合っている? みたいな」


「…………」


 ん? 今回は不発か?

 中途半端はいけない。きっちりとめて終わらせよう。昔ヘルムートに教わった技をつかおう! 無闇矢鱈むやみやたらと乱発していけないと注意された禁断の技だ。まさに、いまがその時ッ!


 ティーレの耳元で甘く囁く。


「大好きだ、愛してる」


 とたんにティーレはうつむいた。横顔どころか耳までまっ赤だ。多分、俺も真っ赤なのだろう。滅茶苦茶めちゃくちゃずかしい。


 さすがはヘルムート、妻帯者だけはある。忘れた頃に「愛している」は絶大な効力を発揮すると聞いていたが、まさかここまでとは……。

 亡き同僚のおかげで家庭崩壊の危機はまぬがれた。


 その後、イチャイチャしたのは言うまでもない。


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