第52話 目標達成②●



 部屋に入るとそこは応接室で、椅子で挟まれたテーブルの上座にツェリがいた。ティーレはそこから少し離れた場所にあるテーブルについている。


「ラスティか、随分とはやいな。ヒューゴから連絡があった。まあ座れ」


 ツェリの対面の椅子に腰かける。続いて座ろうとするローランをツェリは睨みつけた。


「そこのインチキ眼鏡娘、おまえは立っていろ。ロイ・ホランド、貴様は立会人だ。座ってもいいぞ」


「ツェツィーリア様、お許しありがとうございます」


 ローランは俺の後ろにいるので表情まではわからない。おそらくねているのだろう。そんな気がする。


「アシェ、そこのインチキ眼鏡娘には退出してもらえ」


「閣下。御言葉ですが、このローランはラスティ殿の運営する工房職人の代表です。立ち会う義務があるかと」


「そうか、ならばいい。同席を許す。アシェ、椅子を用意してさしあげろ」


「はっ」


 アシェさんの計らいで、ローランも椅子に座る。

 きっとプリプリしているのだろうと思ってチラ見したら。ローランにしては珍しく膝の上に手を置いていた。この娘でも緊張するらしい。


「それでラスティ、約束の大金貨一〇〇枚だが」


「ええ、いまお出しします」


 離れたテーブルにいるティーレは気が気でないようで、そわそわしている。


 商業ギルドの証書と、持ってきた革袋から大金貨を二〇枚をテーブルに出す。大金貨と証書をあわせて、ちょうど大金貨一〇〇枚分だ。

 これ以上、金貨は必要ないので革袋の口を閉じた。


「待て、革袋のなかに入っているのはなんだ」


「大金貨ですが?」


「何枚ある」


「六〇枚ほど。ああ、銀貨は工房に置いてきました。そちらの支払いのほうが良かったですか?」


「…………いや、いい。証書を検めさせてもらう」


「その必要はありません。証書の作成には私も立ち会いましたから検める必要はございません。本物だと断言できます」


「アマンドか……おまえが言うのならそうなのだろう。だが念のため検めさせてもらう」


 腹黒元帥が証書に何度も目を走らせる。


「認めたくないが本物だ。大金貨一〇〇枚分、たしかに受け取った」


「それでティーレとの仲を認めてくれるんですね」


「認めよう。よくぞ大金貨を一〇〇枚あつめた。約束通り、後ろ盾になってやる。最大の障壁となるであろうカーラ殿下にも訴えかけてやろう。以上でよろしいか王女殿下」


「ありがとうございますツェリ元帥。姉のことは頼みました」


「しかし殿下、なぜ仲のよい長姉――カーラ殿下が反対すると?」


「姉は過保護ですから、おそらく婚姻には反対かと。ですから姉と交友のあるツェリ元帥にお頼みするのです」


「考えすぎな気もするが、いいだろう。見事難題を解決してくれたのだ。それくらいは尽力しよう。ところでラスティ、いや、これからは婿殿と呼ぶべきだな。難題を達成した褒美ほうびだ。爵位を授けよう。伯爵以上となると陛下のお許しが必要だが、公爵の権限でそれなりの爵位を授けることができる」


「それなりとは?」


「領地は用意できないが形だけの爵位――子爵であればいますぐにでも授けることができる。領地がほしければ……そうだな、大呪界を開拓するというのはどうだ。それならば辺境伯にしてやれるぞ」


 開拓の必要のある領地持ちと、領地無しか。それ以外のちがいはなんだろう?


「質問ですがツェリ元帥、子爵と辺境伯、どちらのほうがティーレと釣り合いが取れるのですか」


「そりゃあ、辺境伯だろう。武力をもって新たな土地を切り開く。領地開拓は大事業だ。領地を持つ伯爵には劣るだろうが、それに比肩する発言力を持っているぞ。伯爵ごときに顎でつかわれる子爵より爵位は上だ。さて、どちらを選ぶ」


 考えるまでもない辺境伯だ。


 大呪界には魔物が多い。魔物と戦いながら領地を開拓するのは手間だ。しかし、考えようによってはチャンスでもある。いまの俺には仲間がいるし、それなりの資金もある。楽な仕事ではないが無理な話ではない。それにティーレと釣り合うのなら絶対に辺境伯だ。


「辺境伯の爵位を授かりたいと思います」


「男だな。その心意気、気に入った。ガンダラクシャの兵は貸せんが、資材はこちらで手配しよう。好きなだけつかえ」


 腹黒元帥にしては太っ腹だ。何か裏があるな……。


 思案する俺に、考えを見透かしたようにツェリは言う。

「疑うことはない。さっきも言っただろう、褒美だ。まさか大金貨一〇枚が一〇〇枚に化けるとは思っていなかったのでな。それを思えば新たな領地の資材などしれている」


「ズルい。そんな無理難題をふっかけていたなんて、いくら貴族様でもズル過ぎる!」


「ははははっ、そう怒るな。私の無茶振りなんか可愛いものだぞ。カーラはさらに質が悪いからな」


「えっ」


「アレはだ。異常なまでの愛情を示すからな。婚姻の反対はないと思うが、くれぐれも誤解を招かぬよう注意するがいい」


「でも、ティーレのお姉さんにあたる人ですよね」


「そうだ。だから注意せねばならん。王族とはそういうものだ」


「意味がわかりませんよ」


「いずれわかる時が来るだろう」

 意味深な言葉を残してツェリは部屋を出て行った。扉越しにツェリの高らかな笑い声が聞こえてくる。


 なんというか怖い。まだ見ぬティーレのお姉さんが…………。のちに知ることになるのだが、ティーレの姉と妹は異母姉妹なので半分しか血は繋がっていないそうだ。それなのに姉妹仲が良い。てっきり王族は仲が良いのだと思っていたら、アシェさんから父母ともに血の繋がった兄弟のほうが仲が悪いと教わった。


 この惑星の住民……というか、王族は非常に面倒な一族らしい。


 連邦と同盟関係にある帝国も帝位を争って血の繋がった帝族同士で殺し合うらしい。なので王族とはそういうものだと割りきることにした。


 しかしなんだ。俺もその面倒な一族の一人になると考えるだけで、胃が痛くなってくる。


 早急に胃薬を開発せねば。この惑星の住民のため、俺のため……。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る