第52.5話 subroutine アシェ_モンブラン●
金品で動かぬと定評のある私です。ラスティには閣下の個人情報を一言たりとも漏らしませんでした。
ええ、年俸に相当する大金貨をちらつかされても、湯気の立ちのぼるできたての唐揚げを前にしても、一言も……。
「ところでなのですが、ラスティ、例の魔鶏の卵ですが、あれからどんなスイーツがつくれるのですか?」
「プリンですね。味が濃厚だと聞いたんで、つくってみたら大当たりでした。卵は貴重ですからね、魔鶏の養鶏場をつくって正解でしたね。これからはいつでも食べられます」
ゴクリ。
鶏の卵でも美味しいプリンが、さらに美味しいですって!
いや、でも、あれはすでに知った味です。想像はできます。しかし……食べてみたい!
「そうではなてく、新しいスイーツを披露すると言っていませんでしたか?」
「そんなこと言いましたっけ?」
「言いました! だから大呪界の森に同行したのです」
本当は護衛の任務も帯びているので、頼まれなくても同行したのですが、ついスイーツに釣られて……。
「そんな気もしますね。じゃあ、新作を発表しましょう」
新作! いかなるスイーツを拝めるのでしょう。ラスティは、これまでもプリン、クレープ、アイスクリームとさまざまなスイーツを披露してくれました。
今度はどのような天上の甘露を!
期待に胸が膨らみます。
「ああ、新作をお披露目する前に、一つお願いが」
「なんですか?」
「個人的なお願いなんですけど。ツェリ元帥のことについて……」
そう来ましたか。この質問は想定していました。なのでツェリ閣下の栄えある第一騎士団団長として
ええ、私は金品で動きませんから。
「その質問には答えられません。仮にもツェリ閣下は私の主。情報漏洩は裏切り行為に当たります」
「いや、そこまで深刻な内容じゃないんですけど。ちょっとした個人の趣向というか、個性というか……ともかく、今後ともお世話になる方なので、贈り物とか……。あとは……そう! 協力できることがあればと考えていまして」
歯切れの悪い口調です。優秀な私はピンと来ました。これは何か企んでいると。
「……そうですか、でしたら仕方ありませんね。新作はローランに食べてもらいます。材料あつめにかなり苦労したので二人分しかないんですよ」
そう来たかッ! 考えてもいなかった返しです。いや、いままでが
どのようにしてスイーツにありつくか、そのことを考えていると、
「アタシのこと呼んだッ!」
いつの間にか、ピンク髪のインチキ眼鏡が来ているではありませんかッ! 私ともあろう者が油断したッ! ローランはこういうことに関してだけは嗅覚が鋭い。ラスティ・スレイド、まさかここまで計算していたとは……。恐るべき相手です。さすがはティレシミール王女殿下が
「ちょうどいいところに来た。ローラン、スイーツの試食するか?」
「するするッ、喜んでする! 神スイーツちょうだい!」
「大げさだなぁ。今回のスイーツは栗をつかったモンブランってケーキだ。魔鶏の卵が安定して手に入るようになったからスポンジを研究して、さらに秋の味覚を先取りしたんだ」
「栗なんてよく手に入ったわね。収穫はもう少し先じゃないの?」
「ロイさんが去年の栗を冷蔵庫に保管してあってね。旬が来る前だから破格で譲ってくれたんだよ」
「へー、さすがはホランド商会。なんでも揃ってるのね」
「そうだね。ロイさんには、お世話になりっぱなしだよ」
「で、その〝もんぶらん〟ってのはどれ?」
「これだよ」
ラスティは、私のことをそっちのけで、〝もんぶらん〟とやらを出しました。
奇妙な形のスイーツです。
糸よりも太い茶色い物をまとめたような物体。お世辞にも美味しそうには見えません。
新作のスイーツを逃したものの、ほっとしました。あの茶色い物体が、至高のプリンやクレープを越えるとは思えません。
ツェリ閣下を裏切らなくてよかった。
未練も断ち切ったことですし、この場を離れましょう。私には新たな任務、ティレミシール王女殿下の護衛がありますから。
「話もすんだことですし、私はこの辺で失礼します」
「すみません。なんだか無理を言ったみたいで……近いうち、アシェさんにもモンブランを届けますから、ティーレにもよろしく言っておいてください」
「ツェリ元帥閣下ではないのですか?」
「あっ、ツェリ元帥にも」
〝もんぶらん〟を送ってくれると言ったので、アドバイスくらいはしておきましょう。
「ラスティ、今後は気をつけるように。ガンダラクシャの主はツェツィーリア公爵なのですから、王族の次に敬うようにしてください。この城の騎士たちは私ほど甘くはありませんよ」
「き、肝に銘じておきます」
「よろs……」
よろしい、では、と応える前に、ローランが声をあげました。
「何これッ! 超美味しい! いままで食べたスイーツのなかで一番じゃない! 神ってるわ!」
「やっぱりそうか! モンブランは俺の故郷でも女性に大人気のスイーツなんだ。売れると思うか?」
「絶対に売れるわッ! アタシ毎日食べたい! 魂売ってもいいッ!」
「魂を売るってのは大げさだな。だけど気に入ってくれて嬉しいよ」
…………失態だ。私ともあろう者が、〝もんぶらん〟を食べ損ねるとは。
プリン、クレープといった天上の甘露を上回る可能性を秘めたスイーツ。欲しい……。
スイーツに別れを告げようとした矢先、ラスティはとんでもないことを口走った。
「アシェさん、ティーレのところに戻るのならモンブランを届けてくれませんか?」
予想だにしなかった追撃。 こ、この男はッ!
「……わかりました。届けましょう」
「お願いします。あと手紙も……」
「ツェリ元帥よりやり取りは禁じられているはずですが……」
断ろうと思いましたが、ラスティがあまりにも悲しそうな顔をするので、今回だけ見逃すことにしました。一応の雇い主でしすからね。これくらいは、閣下も大目に見てくれるしょう。それに結婚適性試験も終わりましたし。
「いいでしょう。閣下も認めておられますし、今回は特例ということにしておきます」
「ありがとうございます。近いうちに、必ずモンブランをお届けします」
「期待して待っています」
◇◇◇
殿下への手土産を手に城へ戻る。
礼を失せぬように拝謁を賜り、殿下の部屋へ。
王女殿下は、いつものように窓辺でため息をついていた。これは重傷ね。ベタ惚れなんてものじゃないわ。
「ラスティからの土産と手紙です」
ラスティという単語を聞くなり、殿下は椅子から立ちあがり駈け寄ってくる。
「手紙をッ!」
預かった手紙を渡すと、殿下は食い入るように読み始めた。
一度読み、二度読み、三度読んでからその手紙を胸にあてがい。
「いつになったらラスティに会えるのですか?」
「私の口からはなんとも……」
聡明な王女殿下は視線を宙に泳がせた。
「騎士アシェ、ツェリのことを知りたいのですが、よろしいですか?」
「かまいません。それで閣下の何を知りたいのですか?」
「喜びそうなモノについて」
なるほど、夫婦揃って似たようなことを考えているのですね。今後のことを考えれば、ここは白状したほうが良いみたいです。これからは殿下の護衛を任されるのですから、ポイントを稼いでおいても損は無いでしょう。王族相手ではツェリ閣下を裏切ったことにはならいでしょうし。
「そうですね。殿方――未来の婿殿について悩んでおられるとか」
「何を悩むことがあるのですか? ツェリは公爵、引く手あまたでしょう」
ああ、なんと寛容な方だろうか。
ベルーガに限らず、どの国も二十歳までに結婚するのが通例。二十歳を越えると女の価値は下がるのですよ。
二一歳はまだいい。二十二歳もかろうじて……、二十三からは茨の道です。
現に、第一王女カリンドゥラ殿下は、二十二歳という年齢を理由に他国へ嫁げませんでしたから。ご学友のツェリ閣下も殿下とは同じ年齢で……。
私の年齢は…………ああ、胃が痛い。
今度、ラスティが常飲している胃薬を分けてもらいましょう。
「ともかく、結婚適齢期を過ぎて焦っているようです」
「そういう騎士アシェはいくつなのですか?」
「……わ、私はに、にじゅう……二十三です」
嘘をついた。本当は二十四だ。
「では人生の先輩である貴女がツェリの力になればよいのでは?」
王女殿下から痛恨の一撃をいただいたッ! まさか、殿下からこのような精神攻撃を食らうとは……。
打ちひしがれる私をよそに、殿下は続ける。
「騎士アシェは家庭に収まっているのでしょう。でしたら、未婚の私よりも適切なアドバイスができるはずです」
「……ううっ」
痛い。心が痛い。
外交官もまっ青の言葉の刃。それも間髪容れず連撃で……。
「…………すみません、私は独身です」
「まぁ! それは失礼なこと言ってしまったわね。悪気はなかったのです。許してもらえますかアシェ」
「少し、立ち直る時間をください」
時間を置いて、私は自身の傷口をこれ以上広げないように、ツェリ閣下の話をした。
「というわけで、閣下の要望をまとめるとこうなります。『ちょっとだけ包容力があって、経済的に自立した殿方であって、賢くて、口うるさくなくて、寛容で……』などと世間知らずの貴族令嬢のように高いハードルを設けています」
「それでアシェの好みのタイプは?」
これはもしや、紹介してくる流れなのではッ!
「大まかにはツェリ閣下と同じですが、私の場合は現実的です。自活能力が無くてもけっこうです。伯爵以上で嫡男ならば……」
なぜか殿下は哀れむような目を向けてきた。もしかして、高望みだったのでしょうか? いや、でもツェリ閣下よりはハードルを下げているつもりです。
「ここで出会ったのも何かの縁。善処します」
やった! やりました! 王族からの紹介を取り付けました!
天にものぼるような気持ちでいると、
「その代わり、夫――ラスティにいろいろと協力してあげてくださいね」
ああ、王族は抜け目ない。悪魔のような契約を持ちかけてくる。ですが、私、めげません!
行き遅れと陰口を叩かれるよりは、悪魔に魂を売ります!
「ティレシミール王女殿下、答えるまでもありません。すでにいくつかラスティの手助けをしております」
しれっと嘘をついた。
その後、ラスティのもとへ行き、質問されたことについてすべて答えた。
無論、〝もんぶらん〟もいただきました。ラスティが食べる用に残していた物を。
〈§2 終わり〉
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