第46話 パーティー結成①●



 その日は、大呪界へ行くことにした。


 ゴブリン討伐の依頼も残っているので、さっさとすませておきたい。

 前回の教訓をまえて、今回は護衛役にアシェさんとローランを連れていくことにした。命がけの戦いはもうこりごりだ。結婚適性試験のゴールも見えてきたことだし、ここは手堅てがたく行こう。


 ちなみにアドンとソドム、フェルールは仕事があるのでお留守番。

 前回とちがって仲間がいるのは心強い。人手もあるし時間も十分にとっている。なので冒険者ギルドで依頼を受けてから大呪界に入ることにした。


 スパイクやウーガンも誘おうかと思って彼らの泊まっている月影亭へ寄ってみたが、残念なことに留守だった。冒険者としての生活があるのだろう、仕方ない。


 諦めて冒険者ギルドへ向かう。


 歩きながら仲間を見やる。

 厨房服のイメージがあったアシェさんだが、今日は凜々しい騎士姿。まさか本職の騎士だったとは……。ロイさんの娘婿、エルウッドがやたら姿勢がよかったので、料理人とはそういうものだと思い込んでいたのが失敗だ。

 人を見る目には自信があったのに……。


 しかし、アシェさんの服装が気になる。

 騎士といえば戦闘の専門職だ。それなのに、なんで丈の短いスカートを穿いているのだろう? 男の騎士は動きやすいズボンなのに?

 そういえば、出会ったときのティーレもスカートだった。あれは丈の長いドレスみたいな感じだったけど。でもなぁ、ツェリ元帥はズボンだし……。 


 この惑星の女性事情は複雑だ。ティーレの鎧ドレスで慣れたつもりだったが、それ以上の猛者がいるようだ。

 あまり深く考えないようにした。でも、サンプリングはしておく。


 ローランは、いつもと変わらないローブにとんがり帽子。宝石を散りばめたような杖を持っている。


 見たことがあるぞ。たしか俺が最初に造った拠点にいた骨の人だ。そいつの持っていた杖に嵌まっている宝石を採取したな。ティーレやスパイクたちが魔石と呼んでいたやつだ。でも、あれより滑らかな形をしている。研磨けんました物だろうか?


「ローラン、その杖に嵌まっている宝石みたいな物はなんだ? 魔石じゃないみたいだけど」


「あんた魔結晶も知らないの」


 ひどく人を馬鹿にした発言だったが、ローランはその魔結晶とやらを説明してくれた。

 情報は知ってるんだけどね。実物を見るのは初めてだ。


 だらだらと長い説明を聞いているうちに、冒険者ギルドに到着した。


「……魔結晶はアタシたち魔法をつかう職業にとって、とても大切な物なのよ。だから大枚はたいて買うわけ。わかった」


「わかった。わかりやすい説明ありがとう」


 要約すると、魔石や魔結晶は魔力を貯めるバッテリーのような物らしい。それも知っている、ティーレと旅している間に発見した。ローランの説明はどうでもいい蘊蓄うんちくばかりで、新しい情報は出てこなかった。やっぱりインチキ眼鏡だ。


 ギルドの建物に入ると、冒険者が大量にいた。誰も彼もが依頼書の貼り出された掲示板に殺到している。その光景はまさに冒険者の壁。心待ちにしていた軍の配給に群がる、連合宇宙軍の兵士みたいだ。あれは宇宙だけの光景ではなかったらしい。


 人混みをかき分けるように、冒険者の壁からギルド職員が出てきた。


「アタシたちも行くわよ。はやくしないとオイシイ依頼がとられちゃう」


「あー、ローラン頑張って」


「何言ってるの、あんたも来るの」


「俺は素材回収がメインだから、依頼は二の次なんだ」


「なら、アタシが選んできてもいいわね」


「任せる」


「やった、騎士団長もいることだし、難しい依頼にしよっ」


 フリスビーを追いかける犬のように、ローランは冒険者の壁に飛び込んでいった。

 しばらくして、くたびれたローランが戻ってきた。激戦区を一気に駆け抜けてきたみたいに疲れきった顔をしている。


収穫しゅうかくはあったか?」


「一件だけね。私のお目当てに近いのをとってきたわ。トロルの討伐よ」


「トロル?」


「大飯食らいのお馬鹿さんよ。豚人オークより強いけど群れないから楽ね。素材もとれるし単価も高い、一石二鳥。あっ、お肉は駄目よ。毒があって食べられないから」


 食べられないのか……残念だな。

 トロルがどのような魔物か知らないが、単独で戦うのなら勝てそうだ。なんせこっちは三人もいるからな。


 ローランが選んだ依頼なので大したことはないと思っていたのだが、アシェさんは渋い顔をしている。眉間に皺三つだ。


「ローラン、もしかして私たちがいるから、トロル討伐の依頼を受けたのですか?」


「そうよ。騎士団長に魔術師二人。なんとかなるでしょう。ねえ、工房長」


「え、ああ、何とかなってくれたらいいな」


 適当に答えると、アシェさんは仰け反るようにして額に手をあてた。

「あのね、ローラン。ラスティさんはこの辺りの人じゃないから、トロルを知らないのよ」


「だったら、なおさらでしょ。大呪界に入ったら一度はトロルを見とかないと」


 トロルは名物なのか?


 陽気なローランとちがって、アシェさんは渋い顔のままだ。どうやら反対らしい。騎士団長を務めている彼女が賛同しないところを見ると、トロルは相当強い魔物なのだろう。このインチキ眼鏡。そんな魔物を、俺たちを利用して退治させようとしているのか……。まったく油断も隙もない。俺としては安全な依頼を受けてほしかったのだが……。


 依頼を受けるか悩んでいると、聞き覚えのある声がした。


「よう、ラスティ。両手に花とは羨ましいな」

 スパイクだ。


 振り返ると、相棒のウーガンもいた。


「奥さんはどうした? 喧嘩でもしたのか?」


「ちょっと事情があってね」


「わかったぞ、おめでただな。それでいつ産まれるんだ?」


「そうじゃないって、いろいろと込み入った事情があって……いまは別居中なんだ」


「おいおい、もう家庭崩壊の危機か。いくらなんでもはやすぎるぞ」


「そういう事情でもないんだ。深くは詮索せんさくしないでくれるとありがたい」


「ふ~ん、だってよ」

 スパイクがウーガンに話を振ると、ウーガンも同じように考えていたらしく、

「……家庭の事情は根深い。スパイク、あまり深入りするな」


 相棒にたしなめられると、スパイクは大袈裟に肩をすくめた。

「ウーガンに怒られちまった。それより大呪界に入るんなら、俺らと一緒に行くか?」


「嬉しいけど、いいのか。スパイクたちも依頼を受けたんだろう」


「俺らが受けたのは魔鶏コッコ討伐だ。コッコ自体は弱いが、すばしっこいから人手がいる。発見したらでいいから手を貸してくれ」


「コッコって?」


「そういや、ラスティは大呪界に入るのは初めてなんだよな。魔鶏ってのはスライムと同じで初心者向きの魔物さ」


「へー」


 魔鶏コッコにスライムか。初心者向けなら安心だな。サンプリングも兼ねて討伐してみよう。


「話は終わったようね。それじゃあトロルを狩りに行きましょう」


 スパイクと話し込んでいる間に、どうやらローランはアシェさんを丸め込んだらしい。眉間に皺はないものの、酷く落胆したアシェさんが俺を見つめていた。部下を説得するのに失敗した上司のような目だ。真面目な性格だから気苦労が多そうだな。


 可哀想な気がしたので、ちょっとサービスすることにした。


「今度、スイーツのレシピを教えますから」


「ラスティさんの料理の腕は信じていますが、スイーツは……どうなのでしょう」


「安心してください。俺の故郷では知らない者がいないほど有名なスイーツです」


「本当ですか!」

 スイーツのレシピ一つで、アシェさんの機嫌はよくなった。騎士団長チョロいな。


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