第45.5話 subroutine ツェリ_男に飢えた狼●


◇◇◇ ツェリ視点◇◇◇

~~~ 少し時間を遡る~~~


 ロイ・ホランドには冷や冷やしたが、潜り込ませた部下のことはバレていないようだ。おかげでラスティ・スレイドの監視がはかどる。


 いまは亡き国王陛下に代わって、私があの男を見定めよう。もしヒモであるならば証拠を突きつけて、殿下の目を覚ましてやらねばならん。

 これは先を越された婚期の危うい女のひがみではない。国をうれう元帥の一人として心を鬼にしてやっているのだッ!


 そう自分をなぐさめてから、私に届いた花婿候補の資料――釣書つりしょ吟味ぎんみする。


 残念なことに、どれも阿呆あほうばかりだ。


 ルックスはまあまあだが、どいつもこいつも女癖が悪く覇気がない。家柄も中途半端で、伯爵や子爵、辺境伯とパッとしない連中ばかりだ。

 侯爵家の男もいたが四男、五男とヒモ志願は明白。

 たまにギリ合格レベルの男もいたが、そういうのに限ってしらべると大きなきずが浮き彫りになる。密偵にさぐらせると、確実にと返ってくるのだから悲しくなってくる。

 幼女趣向の変人や、ドS趣向の愚か者、女遊びが日常のクズまで紛れ込んでいる始末。そういった連中だから売れ残っているのだろう……嘆かわしいことだ。


 私も二〇歳をちょっとばかり越えているので、贅沢ぜいたくを言える立場ではない。重々承知している。しかし、花婿はなむこ候補に名乗りをあげる男どもは難がありすぎた。


 …………泣きたくなってくる。


 冬よりも厳しい婚活事情から目を背け、仕事に手をつける。嫌な現実を見たせいか、いつもより仕事が捗った。

 うん、順調だ。


 気のせいか視界がかすむ。


 泣いているのではない、目が汗をかいているのだ。そういうことにしておこう。


 わずらわしい書類仕事の締めくくりに、部下からの資料に目を通す。

 ラスティ・スレイドに関する書類だ。


 真面目で金品では動かない信頼の置ける部下からの報告だ。情報の確度は高い。


 報告には順調に資金を増やしていると書かれていた。


 これはこれで良い報告だ。


 ラスティなる男が資金を十倍に増やしてくれれば、その功績を盾にして王族に推挙すいきょできる。

 失敗しても問題ない。推挙を取りやめて、手渡した資金を返してもらうだけ。

 最悪の事態――資金を食い潰されていないだけよしとしよう。ま、そうなったとしても王女殿下に貸しをつくれるのだが……。


 現状、どちらに転んでも損は無い。

 我ながら素晴らしい策だ。


 優越ゆうえつ感に浸っていると、メイドの一人がまた釣書を持ってきた。


 調子がいい。アタリを引けそうな気がする。


 軽やかな気持ちで釣書に目を通す。


 


 悲しさのあまり下唇を噛み千切りそうになる。 


 いいだろう。元帥として、すべてに恵まれては貴族令嬢や女性騎士のうらみを買ってしまう。甘んじて不幸を受けよう!


 酒場で吟遊詩人が語る物語には苦難がつきもの。

 いずれ私のことも華麗なる美人元帥として語り継がれることになるだろう。そのときに美談ばかりでは白けてしまうというもの。不遇な時期があってこそ物語は輝くのだ。


 もうじき夏が訪れる。まだ汗ばむ時期ではない。

 私は暖炉に歩み寄り、釣書の束を暖炉だんろに放り込んだ。


「黒歴史は闇に葬るのみ!」


 悪しき釣書を魔法でいた。


 せいせいしたところで、ティレシミール殿下が用事があるとやってきた。


 そして、説教が始まった。


 ティレシミール王女殿下に、結婚適性試験の内容――大金貨を十倍にするという無理難題がバレたのだ。


 ラスティなる男に結婚適性試験の話を持ちかけたとき、あえて資金を見えぬよう革袋ごと渡した。バレないはずの企みが、バレてしまった。何者かが告げ口したのだろう。第二王女は人望が厚い、犯人は城の誰かがだろう。こうなることは容易に想像できた。自身の詰めの甘さを呪う。


 私ともあろう者がしくじるとは……。


 決して、悪意があってしたことではない。もし婚姻に反対ならばとっくの昔に刺客を放って闇にほうむっている。

 その辺を懇切こんせつ丁寧ていねいに説明して、身の潔白けっぱくを晴らそうとしたら、殿下から賭けを提案された。


 ラスティ・スレイドの結婚適性のアレだ。


「もしラスティが勝ったら、あることをお願いしたいのですが」


「大金貨一〇〇枚を超えない範囲であれば……」


「お金は求めません」


「厄介事は断るぞ」


「簡単なことです。姉に二言、三言、口添えしていただくだけです」


 ああ、カーラか。かの王女殿下は貴族院で知り合った仲だ。親友とまではいかないが、気の合う友人であることにちがいない。

 二、三言ならいいだろう。

 フフッ、チョロい。


 ティレシミール王女殿下の怒りが静まるのなら、口添えなど安いもの。


「難しいですがやってみましょう。ただし婿殿が勝てればの話ですが」


「ラスティは絶対に勝ちます」


「負けた場合は私の願いをお聞きください。よろしいですかな?」


「かまいません」


「では…………」


 やはり今日の私はツイている!

 殿下のツテでまともな男を紹介してくる約束をとりつけた!


 しかしなんだ、殿下は非常にしぶい顔をしていた。


「要望通りの殿方がいれば良いのですが」


 私も多くは望まない。カスでなければいい。それとちょっとだけ包容力があって、経済的に自立した殿方であって、賢くて、口うるさくなくて、寛容で……。

 うむ、こうして数えあげると結構多いな。


 でもまあ、だろう。


 私は寛容だ。門戸を広く開けている。それなのに、なぜがあらわれないのだろうか?


 公爵で元帥、位人を極めたと言っても過言ではない。これで男運さえ良ければ文句無しなのだが……。


 どこかにいい男、転がってないかなぁ。


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