第42話 飲み友②●



 店に入って、空いている席に座る。


「おや、お兄さん、また来てくれたんだね。何を注文するんだい」


「夕食がまだなんだ」


「だったらビッグバードの丸焼きなんてのはどうだい。今日は丸々と太ったやつを仕入れてるからね、お勧めだよ」


「じゃあそれと、別のお勧めを一品。あとワインを」


 注文から五分とたたずに、注文した品がテーブルにならぶ。

 串に刺さったビッグバードの丸焼きは名前の割にちいさかった。ピンとお行儀良く伸びた頭から脚の先まで握りこぶし四つ分といったところだろう。お一人様サイズでうれしいが、どの辺がビッグなのかわからない。ランダムの一品はマスタードの乗ったリブ肉で、骨が持ち手代わりになっている。なかなかイカしたデザインだ。


 とりあえず、ビッグバードの顔に付け合わせの葉っぱ被せる。死んでいるのはわかっているが、これから食べる相手と見つめ合うのは精神衛生上よろしくない。

 軽くワインで唇を湿らせた。ちょっと酸味はきついが悪くない。香りも芳醇で軽く、嫌な後味もないからいくらでも飲める。


 ワインもほどほどに、ビッグバードにかぶりついた。美味い!

 パリッとした皮が香ばしい。それに皮の下の脂がいい仕事をしている。溢れるジューシーな脂は甘く、ギトギトしてなくて非常に軽い。実に味わい深い。

 ハーブと塩だけのシンプルな味付けだが、内臓を抜いて内外にむら無くり込まれている。丁寧な仕事のおかげで良く味が染みこんでいる。首まわりの肉も格別だ。可食部分は少ないが、一口食べればうま味の洪水が押し寄せてくる。


 この料理も当たりだ。いい店を見つけた。


 指についた脂を舐め取り、お次はリブ肉。

 女将のチョイスで運ばれてきた一品。ほどよい酸味、塩味、甘味、それに肉汁が口のなかで渾然一体となり、複雑で奥深い味を演出している。どうやら隠し味にハチミツをつかっているらしい。俺的には肉がちょっと硬い気もするが、素晴らしい仕上がりだ。なるほど繁盛するわけだ。

 下品だが骨に残った肉を歯でこそげるように食べた。


 冒険者だろうか。荒くれ者の喧騒けんそうがなければ最高なのだが、それをこのような店に求めてはいけない。連合宇宙軍の士官たる者、どのような場所であってもどっしりと構えねば。


 ワインとビッグバードの丸焼きを追加する。


 ほどよく酔いが回ってきたところで、店に客が来た。

 男だ。それも二人。揃って薄い上掛けを羽織っていて、一人は小洒落こじゃれた布を頭に巻いていた。ガンダラクシャでは珍しい衣装だ。それに肌はこんがりキツネ色。布を頭に巻いた男は丸腰で、もう一人は腰に剣を佩いている。剣を佩いている男は護衛だろう。丸腰の男の左後ろに貼りついて、周囲に視線を飛ばしている。別の土地から来た行商人とその護衛といったところか。


 店内は満席らしく、二人組は空いている席を探している。しばらくして俺のテーブルにやってきた。


「相席、かまわないか?」


「どうぞ」


 二人組は席に腰かけると、珍しい乳酒を注文して、酒の肴を何にしようか考えている。


「ビッグバードの丸焼きがお勧めだ」


「そうか、じゃあそれを頼もう」


 頭に布を巻いた男は気さくに言うと、堅苦しい護衛に耳打ちした。


「クラシッド目立つぞ、少し肩の力を抜け」


「ですが、自分は……護衛なので」


 自分?! いまのやりとりで護衛は軍人だと思った。となると頭に布を巻いた男は国のお偉いさんか? お忍びでの夜遊びかな。気にはなるけど、その辺はあまり突かないようにした。揉め事は避けるに限る。


 それにしても美味そうに乳酒を飲んでいる。

 気になったので、俺も注文した。

 試してみるとなかなかイケる。甘酸っぱい酒だ。甘すぎず、ほどよい酸味が癖になる。


「イケるな」


 頭に布を巻いた男は俺に興味を示したようで、

「乳酒の味がわかるか」


「ああ、思っていたよりも美味い。甘いからどうかと思ったが、酸味とのバランスがいい。すっきりとしていて脂っこい肉料理に合うな」


「一杯おごろう。女将、乳酒を追加だ」


「ありがとう、ところで…………」


「俺はルチャだ。こっちの朴念仁はクラシッド。護衛だ」


「…………」


「俺はラスティ。つい最近この街に来た新入りさ」


「実は俺たちもなんだよ。遥か遠く、草原の国からやってきたんだ」


「草原の国か……どんなところなんだ。よければ教えてくれ」


「おお、草原の国を知りたいとは、郷里の者としては嬉しいが語れることは多くないぞ」


「でもあるだろう、郷里の者なら自慢が。生まれ育った土地だ。誇れることがあるはず」


「胸に響く言葉だな。ではお教えしよう、俺の育った国は…………」


 ルチャは様々なことを教えてくれた。草原の国は国民がみな馬に乗れることや、狩りの仕方、冬の越し方、美味い魔物の種類、料理、風習、音楽。

 食事の作法にはこだわりがあるようで、やたら左手は不浄だと力説していた。

 驚いたことにライスを手づかみで食べるらしい。


「指につかないのか?」


「指につくライスもあると聞くが、俺の国のライスは指につかない」


「へー、食べてみたいな」


「ところでラスティの故郷は?」

 思いもしない返しに、一瞬ドキッとした。


 どう答えようか? 思案しているとクラシッドの鋭い眼差しに気がついた。


「子供の頃に軍に入ってね。つい最近まではそこで過ごしていたんだ。だから、故郷のことはあまり覚えていないんだ」


「それは悪いことを聞いたな。すまん」


「謝ることはないさ。軍での生活もまんざらじゃなかったし」


 コロニーでの思い出は話せなかったので、軍でのことを話した。騙すようで悪いが、嘘をつくわけじゃない。これくらいは許容範囲だろう。


「その鬼教官がおっかなくて、最後の試験なんかは最悪だったな。丸四日、寝ずに訓練させられたんだ。おまけに指示がバンバン出てあっちこっち駆け回ってたな。挙げ句にゃ、立ったまま寝ていたやつもいたっけ」


「そんなに厳しいのですか」


 いつの間にか、クラシッドも会話に参加していた。やっぱり軍人だ。他国の軍のことなので気になったようだ。


 しかし、この朴念仁、諜報は務まらないな。俺が軍人だと教えたら、向こうも軍人だとあっさり暴露した。まあ、こういう真面目なタイプのほうが護衛には向いてる。俺なんかは駄目だ。じっとしているのに我慢できない性格なので、まったく向いていない。


 ともあれ裏表のない人と付き合うのは楽だ。腹の探り合いをしなくてすむ。


 緊張も解きほぐれ、楽しく酒を酌み交わしていたら、

「てめぇ、いま俺のことを笑いやがったな!」

 男が怒鳴り込んできた。


 男は腰に剣を佩いている。冒険者だと思うが、どうなんだろう? 髭面で下手すりゃ盗賊と見間違われかねない風体ふうていだ。


 俺の後ろからあらわれたのでルチャたちが嘲笑ちょうしょうしていると勘違いしたようだ。飲んだくれのいる酒場ではよくあることだ。

 店内ということもあって、俺が仲裁に入ろうとしたら、今度はこっちに突っかかってきた。


「てめぇも仲間だろう! 俺たちがギルドの依頼をしくじったのがそんなに楽しいか!」


 穏便にすませようとしたが、男は食い下がって離れない。それどころか胸ぐらを掴んできた。それだけならまだいいが、席に座っていた男の仲間たちも腰を上げ始める。


 一、二、三、四、五、六。六人編制のパーティーらしい。これだけ数を揃えていてギルトの依頼を失敗するとは、よほど運がないか、弱いかのどちらかだろう。いや、もしかすると手の施しようのない馬鹿という可能性もある。ここは身体にきっちり教えてやるやるのが、正しい大人の務めだろう。


 どうやって身体に教えてやろうかと考えていたら、視界にクラシッドの姿が映った。

 立てかけていた剣を引き寄せ、抜こうとしている。


 店内で流血沙汰は困る。これからもこの店を利用する俺としては大変迷惑だ。

 なので、手早くに片付けることにした。


「ちょうどいい、ルチャ、さっき話した軍のことだが格闘技の訓練もしていたんだ。どんな訓練だったか気になるだろう」


「非常に気になるな。ここで見せてくれるのか?」


 ルチャは頭の回転が速い男だ。俺がやろうとしていることに気づいたようだ。こういう男は嫌いじゃない。


「てめぇ、俺を無視するなッ」


 男が空いている手で殴ろうとする。


「まずは打撃だ」


 胸ぐらを掴んでいる男が殴りかかってくるのに合わせて、顎にフックをお見舞いする。

 次の瞬間、男はすとんと尻餅をついて、そのままオネンネした。

 久々なので成功するかヒヤヒヤしていたが、うまく脳震盪のうしんとうを起こせた。


 男が倒れると、今度はその仲間たちだ。人数を頼みに取り囲んできた。

 一斉にかかってこないのを不思議に思ったが、こいつらにも流儀があるらしい。律儀な飲んだくれどもだ。


「俺が行く」

 と禿頭の男がナイフを抜いて近付いてきた。


「お次は関節技だ」


 ナイフを突き出してきたところを、うまく捌き、ナイフを握った手を後ろ手にして締めあげる。


「痛ててて、この、放しやがれ」


「関節技の肝は力加減だ。弱すぎると逃げられて、強すぎると」


「ぐあぁぁぁーーーー。腕が、俺の腕があぁぁぁーーーー。おがあぢゃぁぁーーん」


 わめき散らす喚く禿頭を蹴り転がす。完全に肩が外れたな。冒険者なら自力で直せるだろう、放っておいても問題ない。


「こうなっちまう。どうだ、なかなかつかえる技だろう」


 ルチャは楽しそうに手を叩いている。


「こりゃいい、ふっかけてきておいてこの様とはな。相手の力量を測れない奴の末路か、傑作だ。次は何を見せてくれるんだ」


 フェムトに命令して、ちいさな火球をいくつか俺の周囲に展開させた。時限式の順次発動だ。ノロノロとだが、火球は俺の周りを円を描くように飛ぶ。


 魔法に驚いたのか、残った四人は先を競うように仲間の後ろへ回る。


「おまえが先に行け」


「いや、次は俺だって言ってただろう」


「譲ってやる、行ってこい」


「古傷が痛むから最後にしておいてやる」


 先頭に押しだされては後ろに回りを繰り返している。なんとも女々しい冒険者たちだ。


「仲間を連れてさっさと失せろ!」


 軍隊式の大声をあげると、男たちは倒れた仲間を連れて飛ぶように店を出ていった。


 店の備品は壊していないが、一応、詫びとして女将に小銀貨を握らせた。


「女将さん、騒がせて悪かったな」


「いいんだよ。あいつらが居着くから新規の客がつかなくてね、商売あがったりだったんだよ。兄さん、恩に着るよ」

 そう言うと、女将は銀貨にふっと息を吹いて澄んだ音を鳴らした。


 銀貨、渡さなくてもよかったかな?


 気を取り直して、ルチャたちと夜更けまで飲み明かした。


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