第43話 工房の愉快な仲間たち①●
朝の目覚めは最低だった。
調子に乗って飲み過ぎてしまったようだ。気持ちが悪い。
酷い頭痛に、鼻を突く酸えた臭い。とどめとばかりにデルビッシュが顔を舐めてくる。
おかげで顔がベトベトだ。おまけに臭い。ああ、身体中に藁がくっついてる。馬小屋で寝てたのか、最悪だ。
それにしても頭が痛い。
【フェムト、アルコールを分解してくれ】
――頭痛の原因はアセトアルデヒトです。アルコールではありません――
【じゃあその、アセなんとかを分解してくれ】
――お酒はほどほどに――
【わかったよ、次から気をつける。だから、はやくやってくれ。気持ち悪くてたまらない】
――了解しました。それよりも、そのゲロ、はやく洗ったほうがいいのでは?――
指摘されて、周囲をしらべる。
酸っぱい匂いが鼻を突いた。黄色っぽい粘液が胸元にへばりついている。臭いの元はこれか。
「洗い流そう、最優先事項だな」
頭痛が治まり、スッキリする。
空はまだ暗いが、城壁の天辺あたりは白んできている。夜明けは近い。
こんなところをご近所さんに見られると恥ずかしいので工房に入った。
風呂を探したが無かったので、キッチンに入る。
途中で手に入れた桶へ脱いだ服を放り込む。着替えをどうしようか迷ったが、臭いままよりはいい。まずは身体を洗おう。
全裸でシンクへ入る。〈湧水〉で水を出して、身体を洗った。
「ヘックシッ!」
とりあえずの問題を解決した途端、何してるんだろう……と急に冷めた。いい大人がシンクで身体を洗うとか、ちょっとおかしい。
俺、何やってるんだろう……。
酷く惨めな気持ちになる。
とりあえず、服を洗う。その後、遠火の〈発火〉で乾かした。
「今日はどうしようか。ゴブリン退治も残ってるし、森の奥も行ってみたい」
――今日はホランド商会から職人が来る日です。それに魔道具造りの勉強をするのではなかったのですか?――
「いっけね、忘れてた」
――まったく、そそっかしい。夜遅くまで酒を飲んでいるからです。今後は控えるように――
「へいへい、わかりましたよ」
AIに怒られて
時間を無駄にしたくないので、職人が来る前に市場を見ておこう。
乾いた服に袖を通す。
当分は工房を拠点にする予定だから、市場の見学を兼ねて必要な物を買い揃えよう。
食料と生活必需品を買い揃えると、大銀貨五枚が飛んでいった。
工房兼住居に戻り、職人たちが来るのを待ちながら料理をする。
朝一で市場に行ったおかげで、ほしかった物がいろいろ手に入った。それを試したい。
情報元はもちろんヘルムートの個人データだ。
同じフランチャイズ店のハンバーガーレシピもある。こっちは再現に時間がかかりそうなので、簡単なフライドポテトから着手することにした。
チーズを混ぜた芋を板状に伸ばして、魔法で冷やす。そして細くカット。それを大量の油で揚げて塩を振る。
たったこれだけだ。
俺はオプションのハーブをまぶして食べる派なので、ブレンドしたハーブをまぶした。
まずは一口。
間違いのない美味さだ。キンキンに冷えたエールが欲しくなる。
「これも売れそうだな。簡単につくれるし、作り置きできる。そうだ、冷蔵庫の魔道具を買わないと。あとコンロの魔道具も買い足して、オーブンや冷凍庫があればいんだけど……」
そんなことを考えているうちに、工房に人が来た。
ロイさんが手配してくれた職人だろう。急いで出迎える。
執事のジョドーさんを筆頭に五人の職人らしき人がいた。そのなかに見覚えのあるインチキ臭いピンク髪の眼鏡娘がいた。
ローランって名前だったな。店を持っているのに、なんでここにいるんだ?
「これはラスティさん、昨夜は宿をとられたのですか?」
「ええ、まあ、色々ありまして」
「お戻りにならなかったので旦那様が心配しておりました。北の森――大呪界で何かあったのかと……」
「昨日は商品開発の素材を探し回っていたので、遅くなりまして。こちらに泊まりました」
「それならそうと仰ってくれれば、寝具くらいはご用意できたのに」
「すみません。今度は気をつけます」
ジョドーさんとのやり取りが終わると、今度は職人の紹介だ。
一列に並ぶと右から順に自己紹介をしてくれた。髭もじゃの大男二人組は兄弟の鍛冶士で、アドンとソドム。非常によく似た二人組だが口髭が異なる。アドンが綺麗にととのえられたピンと上を向いた髭で、ソドムは爆発したかのような髭。ムキムキマッチョの暑苦しい兄弟だ。
その次は木工職人のフェルール、子供みたいに小柄な職人だ。一五歳で見習いを終えたばかりだという。ニコニコしていて、汚れきった大人の社会を知らない純粋な目をしている。なんというか尊い。
続いて、清潔感の漂うこざっぱりとした女性は料理担当。アシェという名前で、肩ほどに伸びた金髪をポニーテールにしている。眼鏡をかけたまあまあの美人だが、その表情は険しい。常に眉間に皺をよせている。
最後に魔道具職人をしているピンク髪のインチキ眼鏡、ついこの間、知り合ったばかりのローランだ。とんがり帽のツバで顔を隠そうとしているが、バレバレだ。まだ十代と若いが、フェルール少年とちがって汚い大人社会の洗礼を受けたようで、その目は濁りきっている。
握手しながら事情を尋ねると、ネネリから借金をしていて断れなかったという。
ちなみに自分の店は畳んだとのこと。魔道具職人として腕はいいらしいが、経営はさっぱりのようだ。
もしかして、問題のある人ばかり押しつけられたんじゃ……。
そんなことを
「性格に難はありますが、どれも一流の職人ですよ」
絶妙なタイミングで釘を刺してきた。
ちなみに、職人の賃金はロイさん持ちで、代わりに開発した商品の特許契約を優先的に結んでほしいとのこと。なかなか
誤解がないように先にソロバンのことを話す。
「なんということを。こんなことなら失礼を承知で迎えにくればよかった」
「今度からは優先的に特許契約を結ぶようにします」
「お願いします。それで、商業ギルドへはいかほどで特許契約を結ばれたのですか?」
それは言っちゃ駄目なことじゃなかったっけ?
「ざっくりと、アイスクリームの十倍ほどですかね」
「なるほど、さすはが商業ギルドのギルドマスター。ヒューゴはよい線を攻めてきますね」
結構な金額だが、ジョドーさんに驚いた様子は見られない。妥当な金額だったのだろう。強面のヒューゴを少し見直した。
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