第41話 飲み友①●



 冒険者ギルドへの依頼達成報告と買い取りで随分と時間を食った。

 持ち込んだ依頼品のナナサク草が多すぎたらしく、別室でいろいろ事情を聞かれた。

 受付でニコニコしていた受付嬢が、ここでは渋い顔をしている。


 あれは営業用スマイルだったのだろうか? それとも俺がやらかしたとか?


「ナナサク草を見つけるのは難しいんですよ。しおれたナナサク草しか見ていないのに、こんなに採取してくるなんて……。それに登録したその日に地獄蜘蛛の素材まで買い取ってくれなんて、ギルド始まって以来です」


「俺、なにかヤバイことしましたか?」


「ヤバイなんてもんじゃありませんよ! 地獄蜘蛛ヘルスパイダーといえばBランク冒険者がパーティーで挑む魔物です。それをソロで討伐するなんて、尋常じゃありません。いいですか、そもそも新米冒険者は……」


 受付嬢の説教が終わったところで、今度は男がやってきた。

 整った口髭が印象的なナイスミドルだ。細身に見えるが、引き締まった筋肉だ。背筋をピンと伸ばしていて、一見すると貴族に見えるものの動きに隙が無い。腰に細剣を佩いていることから剣士かそれに類する職業なのだろう。それもかなりの遣い手だ。


「ギルドマスター、彼がさっき話した今日登録したばかりの冒険者です」


 ギルドマスターは冒険者を束ねるボスみたいな存在だと聞いているので、荒事が専門の怖い人かと思っていた。それが普通に清潔なナイスミドルだったことに驚きだ。


「なるほど、君があの地獄極楽蜘蛛ヘブンスパイダーを仕留めたのかね?」


 ん? さっきと呼び方がちがうぞ。ギルドマスターまで出てくるってことは、あの蜘蛛は絶滅危種だったのか? いや、でも、あの場合は正当防衛だろう。そういえば連邦法でも帝国法でも、指定された絶滅危惧種を殺したら問答無用で刑務所送りだったっけ。

 まさかこの惑星にも似たような制度があるとか?!


「な、何か問題でも……」


「問題なのは間違いないが。君一人であれを討伐したのかね」


「はい」


 ギルドマスターは腕を組み、ととのった口髭を指で摘まむ。考えるときの癖のようだ。


 しばらくして、組んでいた腕を解くと、

「あれはね。地獄蜘蛛の上位種で、非常に危険な魔物なんだ。それをソロで倒したとなるとAランクに匹敵する実力だと認めざるを得ない。本来ならば昇格だろうが、ギルドとしては登録初日からおいそれとランクは上げられないのだよ」


「は、はぁ」


「別に昇格させないというわけじゃない。しかるべき経験を積んでから昇格してもらう」


「それでおとがめは?」


「咎め? 冒険者ギルドとしては咎めるどころか大歓迎だ。しかし、ほかの冒険者の手前もあるので、ランク昇格は日をあらためてからにしてくれ。その代わりと言ってはなんだが、素材の買い取りに色をつける。これでいいだろうか?」


 法に触れていないと知って、ほっとした。


 あとで知ったのだが、あの大蜘蛛――地獄極楽蜘蛛は幻覚作用のある溶解液を獲物の体内に打ち込むらしく、その体液を打ち込まれた者は苦しむことなく恍惚こうこつの表情で死を迎えるのだとか。そして、その溶解液を打ち込む牙はミスリルの鎧をも貫くらしい。


 ミスリルがどういった金属かは知らないが、説明を聞く限りだとかなり強度らしい。説明するときの力の入れようから、相当危険な魔物だと、なんとなくわかる。

 ってことは、ナノマシンの全身硬化なんかじゃあ太刀打ちできない牙だったのかも。もし、食らってたいら一溜ひとたまりもなかったな。一歩間違えていたら死んでたぞ。まったく思い出すだけでもゾッとする。


「あの、ついでなんですが、ギルド証の統合とかお願いできませんか」


「構わないよ」


 持っているすべてのギルド証をギルドマスターに手渡す。


「驚いた。どれもBランクばかりじゃないか。商業ギルドはわかるが、工業ギルトと魔術ギルドはどうやってBランクを……いや、これは聞いてはいけないことだな。忘れてくれ」


 それから統合されたギルド証を返してもらい、ついでに依頼報酬ももらった。素材買い取りに色をつけてもらっているので多めだ。

 ナナサク草の報酬が大銀貨一枚で、蜘蛛の買い取りが大銀貨七枚。魔物もそれなりに儲かるらしい。まあ、特許契約のうま味を知ってしまった俺からすればイマイチなんだけど。


 今回の一件でわかった。命がけのバトルはもうこりごりだ。安全は大事。次からはパーティーを組んでから森へ入ろう。


 たしかスパイクたちは、しばらくはこの街で稼ぐと言っていたな。月影亭だっけ、そこに泊まっているって言ってたな。彼らとパーティーを組もう。一緒に旅をした仲間だし信頼できる。


 冒険者ギルトを出ると外は真っ暗だった。


 夜空を見上げると、雲のかかった月が浮いていた。

 味気ない宇宙とちがって惑星の夜は楽しい。見るたびに月が満ち欠けして、星々の見せる表情は一日として同じ夜はない。

 宇宙のような浮遊感は楽しめないが、これはこれでアリだ。


 幸い、ロイさんに用意してもらった工房があるので、今夜はそこで一泊することにした。事前に森に入ると言っているので問題ないだろう。


 工房に着いて、デルビッシュに飼い葉と水を用意する。よほど空腹だったのか、デルビッシュは飼い葉の入った桶に首を突っ込んで、一心不乱に食べている。

 その姿を見ていると、俺も腹が空いてきた。


「夕食がまだだったな」


 一応、携行食糧は用意している。せっかく城壁内に戻れたのだ、温かい食事にありつきたい。

 そういえば昼間入った食堂は、夜は酒場になると言ってたな。ビーフシチューを思い出す。あれは美味かった。まだ店はやってるかな。


 昼食を食べた食堂へ向かう。


 食堂に近付くと灯りが見えてきた。酒を飲んで盛り上がった男たちの声が聞こえてくる。

 多分、あの店だ。なかなか繁盛してるな。


 店内に入ると、できあがった男たちがワイワイやっている。軍の遊戯室を思い出す。同期の仲間とビリヤードをしながら酒を酌み交わしていたっけ。その仲間の一人、ヘルムートは帰らぬ人になってしまった。グッドマンは生きているだろうか?


 ブラッドノアはどうなっているのだろう。せめてアクセスできれば乗組員の安否がわかるのに……。

【フェムト、ブラッドノアにアクセスできたか?】


――いいえ、いまだアクセス拒否が続いています――


【疑っているわけじゃないけど。本当にブラッドノアは無事なのか? そもそもこの惑星のどこかに墜落しているってことはないよな】


――この惑星に墜落していません。この惑星の外、宇宙に存在するのはたしかです――


【だったら、なんでアクセスできないんだよ】


――なんらかの危機的状態に陥っていて回線を遮断しているのでしょう――


【はぁ、面倒だなぁ。せめて伝言だけでも残せたらいいのに】 


 愚痴っても仕方ない。ストレス発散に今夜は飲むことにした。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る