第40話 冒険者になる③●
城門に着くと、警備にあたっていた兵士にギルド証の提示を求められた。冒険者ギルドの依頼で外に出るのだから、冒険者ギルドの証明書だろう。
ウェストポーチをごそごそしていると、兵士が覗きこんできた。
「おまえ、冒険者ギルド以外にも登録しているのか。そんなに登録しているのなら統合したほうが楽だぞ」
「統合?」
「なんだ教えてもらってないのか。統合ってのはな……」
兵士が言うには、地域限定のローカルギルド以外ならギルド証を一枚にまとめられるらしい。
なかなか便利なシステムだ。登録する時に教えてくれればよかったのに、ケチだなぁ。
「いろいろ教えてくれてありがとうございます」
「ははっ、礼儀正しい冒険者だな。呪界の魔物は凶暴だ、くれぐれも無茶はするなよ。」
「はい、ためになるアドバイスありがとうございました」
ガンダラクシャの兵士の質は高い。警備兵と呼ばれているが、おそらく正規の訓練を受けた兵士だろう。
城壁の外へ出て、森へと続く細い道を進む。
【フェムト、半径一キロをドローンでスキャンしてくれ。そうだな、簡易の動体センサーで頼む。ちょっとくらい取りこぼしはあるけど、あれなら時間はかからないだろう】
――対象が不適正です。大きさを指定してください――
【角ウサギ程度なら余裕だから、魔狼以上の大きさかな】
――了解しました。………………スキャン完了。七〇〇メートル先に魔狼が七頭います――
城壁の目と鼻の先だというのに大胆なことだ。それだけこの大呪界は魔物が多いのだろう。
【簡易でいい、定期的にスキャンしろ。そうだな三分に一回だ。それと遭遇したことのない魔物を発見したらデータ情報の取得を忘れるな】
――了解しました――
上空で待機している惑星調査用のドローンに指示を飛ばす。これで一方的に襲われる心配はないだろう。
森を進みながら、光学式スキャンで植物データをあつめる。目的の紙の材料になる木は、フェムトに命じてマーカーを表示するようにしてある。これで見落とすことはない。
植物のサンプリング作業は順調に進んだ。
食用植物はもとより、薬草や毒草、有用な化学物質を採取できる草花を多く発見した。サンプルを回収していると、変な物体が近付いてきた。ゼリーのような物体がぴょんぴょん跳ねている。
「なんだこれ?」
落ちている枝で突くと、ゼリーに埋まった部分が一瞬で黒くなった。慌てて引き抜くと、黒くなった部分からシュウシュウと白い煙が上がっている。
「げっ、洒落にならないぞ! すごい酸だ」
腰に吊したレーザーガンを引き抜き、撃つ。
悲鳴とも、音ともとれぬ不思議な声をあげて、液体生物はその場で
再度、枝で突く。ゼリー状の液体生物は完全に死んでいる。
木の枝をトングの要領で液体生物を持ち上げると、汁が大量に流れ落ちた。地面からシュウシュウと煙があがる。
「体液が酸なのか? にしても出鱈目な生物だな。脳や内臓も見当たらないし、どういった原理で動いているんだろう?」
分析が必要だ。液体生物の死骸に穴を開けて、〈
サクッと解析したいところだが、精密スキャンを試みたい。なので死骸を持ち帰ることにした。
あらかた酸を流し終えたら革袋に水を溜めて、そこに死骸をぶちこむ。
さらに奥へと森を進む。
一時間ほど歩くと、泉のある開けた場所に出た。丈の低い草花が群生している。
サンプルを採取していると、マーカーを見つけた。ナナサク草だ。周りの草花をかき分けて探す。白っぽい草だ。揺らすと太陽光の加減で七色に変化する。
「興味深い植物だな。これもサンプリングしておこう」
ナナサク草を
「本格的に紙をつくることになったら馬車が必要だな」
新しい相棒を見やる。
デルビッシュは余裕そうに
この調子でガンガン採取しよう!
時間に余裕もあるので泉も調査することにした。
水面に手をつけて、水質を解析する。
飲める水だ。微生物が存在するも毒性はない。フェムトは安全だと判定したが、不安がある。〈湧水〉で、水はいくらでも出せるので、これを口にするのはよほどの事態が起こったときにしよう。
泉に魚の影を見つけたが、釣り竿や網がないのでサンプリングは諦めた。
それからさらに森の奥へ進んだが、お目当てのゴブリンと遭遇することはなかった。
唐突に、フェムトからの通信が入る。受け身のAIにしては珍しい。
――ラスティ、そろそろ引き返しましょう。城門が閉まってしまいます――
「そうだな。今日はここまでにして帰るとしよう」
来た道を戻っていると、輝く糸を見つけた。かなり細い。髪の毛よりもちょっと太いくらいの糸だ。ここを通る人を通せんぼするように張られている。
「誰かのいたずらか?」
念のため、枝を拾って糸を突く。輝く糸に枝がピタリと貼りついた。枝を引っ剥がそうとするも、糸から離れる様子はない。
枝くらいどうでもいいや。手放すと、枝は凄まじい勢いで糸に引っぱられた。そして反動で戻ってくる。
無意識に枝をとろうと手を伸ばしてしまった。それが仇になった。輝く糸が右腕と肩にべったりと貼りついたのだ。
強引に引っ剥がそうとするも糸はびくともせず、逆に引っぱられた。
「嘘だろう! フェムト、糸を溶かせるか?」
――分析中――
AIが解答を導き出すよりも先に音がした。カサカサという乾いた音だ。
音のした場所へ視線をやる。
木が動いていた。正確には木に
それは大地に下り立つと、凄まじい速さで近づいて来た。
魔狼ほどの胴体に、恐ろしく長い八本足。蜘蛛だ! それもかなりでかい!
――解析完了。その糸は熱に弱いです。〈
解を得たのはありがたいが、魔法をつかう余裕はない。
大蜘蛛は、ある程度まで距離を縮めると、ピタリととまった。脚を揃えて、身を沈める。
跳んで来るつもりだ!
左手で武器を探す。手に触れたのは無骨な剣の柄。迷わず剣を抜いた。
大蜘蛛が飛びかかるのと、剣を構えるのは同時だった。
「うおぉぉぉーーーー、貫けえぇぇぇーーーーーーーー!」
襲い来る大蜘蛛の顎めがけて剣を突き出す。
寸分違わず、大蜘蛛の
次の瞬間、大蜘蛛の頭が
ボタボタと降ってくる体液。
モロに全身にかかってしまった。
頭を失った蜘蛛の魔物は地面に転がったままピクピクと
「助かったぁーーーー。だけど、なんでいきなり頭が爆発したんだ?」
突き出したままの剣を見る。
無我夢中で突き出した剣の刀身は青白く光っていた。
「フェムト、録画していたか?」
――身体硬化にリソースの大部分を割り振っていたため、リソース不足で録画できませんでした――
「そうか、それなら仕方ない」
普段なら愚痴の一つも出るところだが、そんな気にはなれなかった。
生きてこの場を切り抜けられたのだ。それでよしとしておこう。
なんせ蜘蛛という生物は、獲物に溶解液を打ち込み内臓を溶かす恐ろしい習性を持っている。もし、身体硬化した身体に傷をつけられて、そこから溶解液を打ち込まれたら…………。考えるだけでもぞっとする。
念のため、剣で二、三回刺してからデルビッシュの背に死骸を乗せる。
今日の狩りはここまでだ。
いつの間にか全身がびっしょり汗で濡れている。怖かったな。ZOCが突然、目の前にあらわれたくらいの恐怖だ。いままでが順調すぎたのだろう。これからは慎重に行動しよう。
それにしても危なかった。もう少しで蜘蛛の餌になるところだった。誰もが恐ろしい場所だと口を揃えて言うはずだ。次からはパーティーを組んでから森に入ろう。
細心の注意を払って、城門を目指した。
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