第37話 ギルド登録②●



 試験官から問題用紙らしき羊皮紙、白っぽい何かを敷き詰めた板、鉄の棒の三点を配られる。うーん、実に原始的だ。原始的すぎてつかい方がわからない。


「あのう、これはどうやってつかうんですか?」


「なんだ、蝋板ろうばんも知らないのか」


「蝋板?」


 ってことはあの白いのは蝋か。でもどうやってつかうんだ?


 呆れた様子の試験官が手本を見せてくれた。


「棒をつかってだな。こうやって……」


 鉄の棒で蝋を削るように文字を書いていく。そうやって、つかうんだ!


「わかったか」


「わかりました。ありがとうございます」


「ほかに質問は?」


「ありません、大丈夫です」


「では席について、問題を解いてくれ」


「はい」


 配られた問題は簡単すぎる内容だった。おまけにたった一問だけなので、一分と経たずに終わってしまった。


 しかし驚きだ。子供でもできるような足し算引き算にいい歳をした連中が頭を抱えているなんて……。

 商業ギルドの仕組んだエキストラかと思って、両隣の受験者をチラ見したら、本気で悩んでいた。


「くそっ、五の次が出てこねぇ」


「両手の指だけじゃ足りないわ」


「一一……一二……一三……足の指がりそうだ」


 この惑星の一般学力はかなり低いようだ。

 目にした光景が嘘だと思いたい。認めたくない現実から目を背け、試験官を呼ぶ。


「あの、途中退室はできますか?」


「なんだ降参か、根性のない奴め」


「いえ、終わりました。見直しもすませました」


「本当か?」


 試験官が解答を記した蝋板に視線を落とす。


「…………正解だ。では次の部屋へ行きなさい」


「これで終わりなんですよね」


「馬鹿を言っちゃいかんよ。ランクを決める重要な試験だ。問題はほかにもある」


 こんなやり取りが何回か続いた。


「…………正解。カンニングはしてないだろうね?」


「そんなことしなくても解けますよ」


 試験も終わり、通された待合室で待機していると、高そうな毛皮のコートを肩にかけた男が入ってきた。恰幅のいい貫禄のある男だ。ガタイに似合わないスーツを着て、葉巻を咥えている。


「ギルドマスターのヒューゴだ。おまえ、本当にカンニングしてないんだろうな?」


「していません」


「ならいいが、全問正解は初めてなもんでな。組合員の連中が再試験なんて口にしてやがる」


「だったらこの場で受けましょうか?」


「悪いな、話が早くて助かる。おい、例の物を」

 ヒューゴが指を鳴らすと、側にいた職員が羊皮紙を持ってきた。


「さっそくだが解いてくれ」

 出された問題は一〇桁の足し算引き算。桁数と計算回数が多い簡単な問題。面倒臭い。


 注意深く問題を読む振りをして、フェムトに丸投げした。

 試験自体は自力でクリアしたんだ、これくらいは許されるだろう。


 答えはすぐに出たが、多めに時間をとってから答える。

「答えは五一億三万二四メルカです」


「合ってるか?」


「……正解です」


「手間を取らせちまったな。詫びにBランクで登録しよう」


「ギルマス、それはやりすぎではッ!」


「だったらお前は解けるっていうのか? いいか、この若造は暗算でこの問題を解いたんだぞ。おまえにそれができるのか? 俺はできねぇ。もっと時間がかかるし、蝋板を何度も消す」


 あっ、俺としたことが迂闊だった。計算の途中式を蝋板に書き込むのを忘れていた。


「…………じ、自分も暗算では解けません」


「だったらBランクでも異論はないよな!」


「はい」


「ラスティとかいったな。若造、期待してるぞ」

 ヒューゴはごつい手で俺の肩を揉むと、そのまま部屋をあとにした。


 試験も終わり登録作業に移る。事務員のお姉さんがやってきて薄っぺらいカードをくれた。

 金属のようだが、やけに硬い。


 気になってフェムトに解析させるも、


――銀メッキのかかった鉄です――


【薄さのわりに硬いぞ】


――おそらく魔法だと推測されます。シミュレーターでは出てこない強度の数値ですから――


 魔法、万能過ぎるだろう。


 手続きも終わり、入ってきたホールへ戻ると、遅れてジョドーさんがやってきた。


「随分とおはやいですね。やはり難しかったですか?」


「いえ、Bランクでした」


「B!」

 目を点にして驚くジョドーさん。やりすぎたか?


「それはそれは、ツェツィーリア様の計らいでしょうか? 成績優秀者でもDが最高だと聞いていますから」


「そうかも知れませんね。なんせ大金貨一〇枚を預かっていますから」


「そうではございません。商業ギルドの試験では商いに関する知識を試されます。その試験で優秀な成績を収めたのでしょう。実に素晴らしい才能です。優秀な成績を収めたラスティさんを客人に迎えているのですから、旦那様もさぞかし鼻が高いでしょう」


「ありがとうございます」


 工業ギルドへ向かう馬車のなかで知ったのだが、ギルドランクはGからは始まりA、S、それとSランクを越える〝称号持ち〟に分けられるらしい。


 称号をもらうには国王の認可が必要で、特例扱い。実質GからA、Sの八段階評価となる。俺は八段階の上から三番目になったのだが……。


 それから工業ギルドでもBランクを獲得した。子供でもわかるような物理で、滑車かっしゃに吊した重りや、大小組み合わせた滑車の力の比率、薬液濃度の算出などフェムトに頼らずとも解ける簡単な問題だった。


 午後からは工房と職人を紹介してもらえる予定だったが、俺が入る予定の工房にアクシデントが発生したため、予定は明後日あさってに持ち越しとなった。


 予定を繰り上げるにしても、ギルドの登録試験は予約制らしく、急な日程変更にはお金がかかるのだとか。


 金をケチるわけではないが、予定変更はしなかった。空いた時間を商品開発につぎ込む。

 つくりたい商品が閃いたのだ。

 ソロバンだ。


 閃いたのは商業ギルドの試験を受けたときだ。計算式をわざわざ書き起こすのが一般的だと知り、これならばと思いついたのが始まりだ。

 開発というより図面を引いて製作を職人に丸投げする予定だ。


 ジョドーさんに木工工房をの場所を聞いて、午後から工房を訪ねた。


 腕利きの職人が経営している工房は路地裏のちいせな店だった。

 狭い店内に木材が所狭しと並べられているて、芳しい木の香りに満ちている。コロニーによくある樹脂製の偽物では出せない、天然木特有の匂いだ。


 店の奥には、ノミを片手に木を彫っている老人がいる。この人が、ジョドーさん推薦の腕利き職人だろう。


「あのう、すいません。つくってもらいたい物があるんですけど」


 老人はこちらに顔を向けることなく、無愛想に言う。


「家具なら上に置いてある。特注なら材料費と工賃、それに設計料大銀貨一枚。図面有りなら小銀貨五枚」


「図面ならあります」


 俺自ら書き起こした図面を、老人の前で広げる。


「ふむふむ、ほう、面白い組み方だな。それにちいさい。こりゃ、普通の職人じゃ手こずるな」


「いくつかつくってほしいんですけど、値段を教えてくれませんか?」


「材料費はそれほどかからんが、工賃は高くつくぞ。そうだな、一つにつき小銀貨二枚。設計料は……おまけだ」


「とりあえず三つ、お願いします」


「それなら明日の朝、店に来な。おもしろ仕事だから先に片付けておいてやる」


「ありがとうございます。では明日、また伺います」


 翌日には、ソロバンは仕上がっていた。


 ソロバンは宇宙史以前の古代文明の計算機だ。珠を指で弾いて計算する原始的な道具。シンプルで、情報処理分野のビット演算に似ている。

 古代文明終期には、地球でOSオペレーティングシステムの基礎となる情報処理技術が確立されているので、それ以前につかわれていた道具だろう。


 しかし、よくできている。パチパチと音が鳴る仕様は気に入らないが、非常に使い勝手がいい。どこにでも持ち運べるし、電源も要らない。

 ギルド登録へ行く前に商業ギルドに立ち寄って、ソロバンの評価試験をしてもらった。


「画期的な大発明です。ギルドマスターを呼んできますので別室でお待ちください」


 評価は上々だ。さっそく大口の顧客を見つけたと思ったらちがった。


「特許を大金貨二〇枚、配当は売り上げの二割でどうだ」

 まさかの特許契約である。


 本当にこれでいいのか、と思っていたら、また側付きの職員が割り込んできた。

「大金貨二〇枚は多すぎなのでは?」


「バッキャロー! ガンダラクシャに店を構えている連中がどれだけいると思ってるんだ。千は下らないだろう。年間に来る行商人はそれ以上だ。その商人連中にソロバンを小銀貨五枚で売ってみろ。二年とかからずに特許料をペイできるんだぞ。それに市場マーケットはここだけじゃねぇ。商業ギルドはどこにでもある。そんなこともわからねぇのかッ!」


 売値が小銀貨五枚か。ソロバン一つあたり小銀貨二枚なので、原価は四割ってとこか。

 量産化したら、原価はもっと安くなるだろう。さすがは商業ギルドのギルドマスターだ。いい線をいってる。


 話の流れから、独占したい意欲がヒシヒシと伝わってくる。


「ホランド商会には、このことはまだ話していないんだろうな?」


「こちらが先です。昨日は便宜を図ってくれたので、よい値をつけてくれると思いまして…………」


 そんなに利益が出るんだったら、ロイさんと契約したほうがよかったかも。いろいろ世話になってるからなぁ。うーん、今後はロイさんに話してから、ギルドに持ち込もう。うん、それがいい。


 あれこれ考え込んでいるのが、ヒューゴには渋っているように映ったらしい。盛大に膝を打ち鳴らして、


「わかった特許に大金貨四〇枚、配当は売り上げの三割。俺の権限で動かせる金はそれが限界だ。これならホランド商会も手は出せんだろう」


「ギルマス! 失敗したらどうするんですか!」


「うるせぇ! 商人ってのはな、ここ一番ってときに山張ってナンボよ! その商機もわからねぇとは、おまえ商人失格だぞ!」


「この件は評議会に報告します」


「好きにしろ、評議会の頭の錆びついたジジイたちでも、ソロバンの価値はわかるだろうよ」


「…………失礼します」


 一悶着ひともんちゃくあったがなんとか大口の契約が取れた。

 ヒューゴは顔こそ恐ろしいものの、中身はちゃんとした商人だった。その場で契約を結び、俺は大金貨四〇枚を手に入れた。


 これで残りは三五枚。


 まだ一ヶ月も経っていないのに大金貨を六五枚に増やした計算になる。

 ……恐ろしいほど順調だ。これでいいのだろうか?


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る