第36話 ギルド登録①●



 目が覚めると夜明け前だった。

 旅暮らしが長かったので、早起きする習慣が身体に染みついている。

 二度寝しようかと考えたが、すっかり目が冴えてしまったので起きることにした。


 魔道具を用いた風呂は、二十四時間いつでもアツアツだ。このことを聞いて、俺は俄然がぜん、魔道具に興味をもった。うまくいけば宇宙での便利な生活を再現できるかも知れない。


 おかげで、ここのところ酷く前向きだ。もしかして、俺は結婚適性試験から目を背けているのだろうか? いや、それはない。だって昨夜もティーレの夢を見た。うん、間違いなく彼女に会いたい。

 自分に正直になったところで、朝風呂をいただくことにした。


 決して、朝風呂が好きだからという理由ではない。これはれっきとした惑星調査の一環だ。

 シャワーがないのは残念だが、我慢した。本音を言うと、泡立ちの悪い石鹸も気になる。せめて香りくらい添加してほしいところだが、この惑星の産業レベルではそこまで再現できていないのだろう。

 細々こまごまとした欠点はあるものの、広い浴槽がすべてを許してしまう。へりのてっぺん近くまでお湯を貯めた浴槽につかり、惜しげもなくあふれさせる。実に贅沢な入浴だ。


 コロニーでは全身をミストシャワーで洗うだけの味気ない作業だったが、風呂はちがう。宇宙では貴重な水を贅沢ぜいたくあふれさせる。格別だ。一流企業の役員でも、こうも無駄にお湯を溢れさせないだろう。

 縁に両腕をかけ、浮遊感を味わう。


 風呂を堪能……調査してから、朝食をいただく。ロイさんの好意でギルドまで案内してもらうことになった。


「このジョドーが案内を勤めさせてさせていだだきます。ラスティ様が登録に向かわれるのは商業ギルド、工業ギルト、魔術ギルドでございますね」


「それと冒険者ギルトも登録しようと思います」


「かしこまりました。そちらも手配しておきましょう。明日以降になりますがよろしいでしょうか?」


「本日中にまわるのは無理なんですか?」


「難しいと思われます。どのギルドも私見と登録手続きがありますので。本日は商業ギルド、工業ギルト、それと新に立ち上げられる工房の職人の紹介と、スケジュールをすでに組んでいます……なんでしたらスケジュールを変えましょうか?」


「いえ、おまかせします」


 ガンダラクシャに住んでいるジョドーさんが言うのなら、これが最適のスケジュールなのだろう。それにいまからスケジュールを変えて、余計に時間がかかるほうが勿体ない。


 ジョドーさんの勧めに従い、まずは商業ギルトへ向かうことにした。


 驚いたことに移動は馬車だ。歩きでもいいのだが、ジョドーさんが言うにはガンダラクシャはかなり広いらしい。

 なんでも壁の外は魔物だらけなので、農地も壁の内側にあるという。増改築を繰り返した街なので用地・区画もまばらで、住宅街にぽつんと畑があったり、居酒屋と背あわせに民家が建っていたりと、すごくゴチャゴチャした街らしい。


 実際、車窓から見える風景はゴチャゴチャしていて規則性に乏しい。

 なかでも気になったのは治安を守る警備隊の詰め所の横が賭博場になっていることだ。


「賭博場の横に詰め所なんて……警備隊は何をしているんでしょうね」


「違法性のある賭博場ではないので問題ありません。むしろ賭博場での揉め事を解決してくれるので、用心棒が要らないと喜ばれています」


「へー、そうなんですか」


「ラスティ様は賭け事をなさらないのですか」


「ほとんどしませんね。あれは生産的ではありませんから」


 俺はあまり賭け事をしない。軍の同僚と付き合いで昼食のおかずや吸わないタバコ、ジュース代をかけるくらいだ。

 そりゃ、勝てば嬉しいけど、負けるのがほとんどだ。失っても惜しくない小銭程度の損失ですめばいいが、借金をしている人を見るとどうかと思う。


 地球産のギャンブルをいくつか試したことはあるが、どれも胴元が損をしないシステムになっている。結果の決まった勝負に夢や希望はない。搾取する者とされる者があらかじめ決まっている娯楽だ。面白味に欠ける。ありつけない餌に釣られて見え透いた罠にひっかかるなんて、まっぴらだ。


「商売も似たようなものですよ」


「そういうものですかねぇ」


 たしかに商売を売れる売れないのシステムとして見るならばギャンブルかもしれない。でも誰も考えつかなかったまったく新しい商品を開発したら?

 俺はそれに賭けている。なるほど、ジョドーさんからすれば俺も立派なギャンブラーだ。


「でも商売は賭け事とちがって頭をつかうでしょう。俺はそっちのほうが好きだなぁ」


「左様でございますな。それこそが商売の醍醐味だいごみでしょう。……そろそろ到着します」


 初めて入る商業ギルドは、コロニーにあった連合宇宙軍の受付窓口にそっくりだった。

 カウンターにいる受付嬢が並んだ客をさばいていて、それ以外の客は紙タイプの掲示物をしげしげと見ている。宇宙のディスプレイと似たような掲示方法だ。


 士官学校の入学手続きした日を思い出す。

 あの頃は若かったなぁ。もちろん、いまも若いけど……。だけど、あと数ヶ月で二七歳だ。三〇になるまであっという間だろう。その頃になるとティーレは……。いかん。俺としたことが、この惑星に住むことを前提に考えている。


 そうだ、俺と彼女は住む世界がちがう。なんせ王族と平民だ。

 おまけに俺は宇宙軍に戻らないといけない。この惑星の居住権を得られても、戻ってくる頃には何十年も経っているだろう……。


 いずれ別れの日がくるのだろうが、そのことを考えたくはなかった。


 子供っぽい発想だけど、こんな日常が続いてほしいと思ってしまう俺はおかしいのだろうか?


 下らないことを考えていても仕方がない。調査実績を残して、この惑星の居住権を申請しよう。多大な功績を残せば、軍に戻らずともこの惑星に住めるかもしれない! そのためにも、いろいろ調査しないとッ!


 調査も大事だけど、いまは金貨を稼がないとな。期限までに大金貨一〇〇枚。残りは七五枚。この調子でいけば……。


 受付の列に並ぶ。


 ほどなくして俺の番が回ってきた。


 受付嬢は清楚といってもよい美人で、さも異性に興味があるかのようにスマイルを投げかけてくる。そういうサービスだとわかっているが、ついつい釣られて見てしまう。女性の笑顔は見ていて気分がいい。ツンと澄ましてお高くとまった連合宇宙軍の受付嬢と大違いだ。


「ラスティ様ですね。ホランド商会の方から話は聞いております。まずは登録料に小銀貨二枚をお支払いください」


「あっ、はい。銀貨二枚…………登録に試験があると伺ったのですが」


「はい、筆記試験がございます。試験室に案内しますので、空いている席に座ってお待ちください」


 支払いをすませ、案内された試験室に入る。すでに先客がいた。

 若い男女が数人、それも頭を抱えてウンウン唸っている。


「試験官が問題と解答板一式を配ります。時間は無制限となっていますので、どうぞごゆっくり。簡単な試験ですので硬くならず、リラックスしてお受けください」

 にこやかに微笑むと受付嬢は帰っていった。


 席まで歩きながら、試験室の様子を見る。

 文化水準が気になったものの、それ以上に頭を抱えている受験者のほうが目につく。


 簡単な試験……なんだよな。


 席に座るとすぐに試験官がやってきた。


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