第35話 特許契約②●



 ロイ一家は揚げたてアツアツの唐揚げに苦戦しながらも、勇猛果敢ゆうもうかかんにかぶりつく。一口食べると目を点にして、無言でガンガン食べていく。


 ふふふっ、どうやら唐揚げ様の魔性ましょうの味にせられたようだ。


「熱いですが、美味い。溢れる肉汁、あと引く美味さ。とまりませんな、絶品です」


 ネネリは眉間に皺を寄せて、唐揚げを食べている。そういう癖なのか?


「お父様、これは革命です。ただちに特許の手配を。ああ、それとラスティさん、当商会と特許契約を結びませんか?」


「特許契約?」


「はい、特許契約を結んで頂けるのなら、特許料と配当金――売り上げの一割をお支払いします」


 売り上げの一割はウマい話だが、それは売れてからのこと。期限内にお金をあつめたい俺としては、それほど魅力を感じない。


「は、はあ、その特許料はどのくらいなんでしょう?」


「特許料は特許契約の手付けみたいなものですよ。そうですね特許に大金貨二枚」


 頑張っても大金貨二枚か……。こりゃ紙の生産と魔道具開発に力を入れないとな。でも天下の唐揚げ様ならもっと稼いでくれそうだ。あとで交渉してみよう。


 唐揚げを山盛りにした大皿は、すっかり綺麗になっている。期待が膨らむ。


「特許の話は試食が終わってからにしましょう」


 お次は煮豚だ。

 煮卵はメインなのか、付け合わせなのかわからないが、とりあえず盛り付けた。だって、そうヘルムートのレシピ画像にあるし。

 色合いがあまり良くないので、ロイ一家はとりあえずといったていで煮豚を口にする。

 一口でも食べればこっちのもの、勝利は確定だ。


「ンンッ! 柔らかい。溶ける!」


「柔らかいだけじゃない、口のなかで肉がほどけていく。食べたあとも味の余韻よいんが残っています。脂の部分はネットリとしていて、肉はなんともいえない食感。美味しい。素材の味を残しつつ、甘辛い味があとを引いて、食べるのがとまらない。魚醤を入れて、長時間煮ていたのでもっと塩気がキツいと思っていたのですが、ちょうどいい塩加減ですね。実に美味しい」

 さすが料理人、説明がうまい。手伝ってくれたエルウッドも満足してくれたようだ。


「本当に切り裂き猪の肉なのですか? 以前、食べたときは、もっと硬かったような気がしますが……鮮度がちがうのでしょうか?」


「はい、切り裂き猪の肉です。肉の柔らかさは調理工程に秘密があります」


 こうまで料理を絶賛されると嬉しい。調子にのって、つらつらと説明していたら、

「卵も美味しいですね。黒いのに驚いたけど全体に味が行き渡っているわ。ゆで卵だと味付けが単調で飽きるのよね。いいアイディアだわ。一緒に根菜を入れても良さそうね」

 ネネリさんは商魂たくましい。さらに上を求めているようだ。手強いぞ。


「では次の料理をどうぞ」


 三品目はローストビーフ。

 ロイ一家の前で切り分ける。薄いピンクの断面は成功のあかし。グレイビーソースとホースラディッシュを添えた魚醤の二種類のソースを用意する。


「どうぞ。グレイビーソースと魚醤、二種類用意してあります。お好みのソースをかけてお召し上がりください」


 さすがに三品目になると、お腹がいっぱいなのか、ローストビーフに伸びる手は緩やかだ。

 見た目にインパクトもないし、見慣れた肉料理なので食欲をそそらないのだろう。


「これは、こういう料理なのかしら?」


「と、申しますと?」


「肉に火が通っていないようですが……」


「そういう料理なんです。肉が硬くならないように低温で調理していますから」


 渋る大人たちとちがって、子供は素直だ。メアリはローストビーフに果敢に挑む。

 ホースラディッシュは辛いので注意しようかと思ったら、グレイビーソースを選んでくれた。


「美味しい。柔らかくてお肉の味が《しゅ》る」


 子供は正直だ、そして鋭い。この料理のコンセプトそのものを言い当てた。

 肉の周囲を焼いているので、肉汁が外に逃げない。時間をかけてゆっくりと火を通すことにより肉汁を逃すことなく封じ込めている。それがローストビーフの特徴だ。おまけに焼いたときに出た肉汁でつくったソースは、肉と喧嘩せずより一層うま味を引き立てる。


「ほほっ、魚醤のソースも美味しいですな。少しばかり辛いですが、鼻に抜ける爽快感。実に爽やかです。脂っこくなくて、いくらでも食べられます」


「そうね。グレイビーソースにはワインが合いそうだわ」


 夫人からも高評価をいただく。


 しかし、これはただのリップサービス。本音は!?


「ラスティさん、すべての料理を特許契約にしてもよろしいですか? まとめて特許は大金貨三枚。それとは別に売り上げの一割二分の配当を」


 値引かれた感はあるが、恒久的に売り上げの一割二分はおいしい話だ。


「そのまえに、最後のデザートを是非とも試してもらいたいのですが」


 渾身のアイスクリームには、急遽きゅうきょつくったクレープ生地に載せて、同じく急遽つくったベリーソースを用意している。カラメルソースとベリーソース、選べる二段構え。これでもうすこし値段があがるはず。


 結果は……、

「特許料は大金貨五枚、配当は二割でよろしいでしょうか」


「それでお願いします。それと質問なんですが……」


 特許の金額が上がるのはわかる。だけど売り上げにかかる配当ロイヤリティも一緒に上がるのが腑に落ちない。


 そのことを尋ねたら、意外なカラクリがあった。

 二番手以降の商人と特許契約を結ぶ場合、最初の契約以上の金額と売上配当を提示しないといけないのだという。つまり特許料とロイヤリティが商人と契約を結ぶたびに上がるのだ。この法則が適用されるのは、契約した商品だけである。


 追加の話になるが、次に商人が契約を結ぶ場合入札するらしい。なんでも最初の契約料は公開されずに入札するので、契約の難易度は格段に上がるとか。だから最初に大きな金額を提示しておくと、二番手以降の商人たちは契約を結びにくくなっている。

 つまり独占を考えるならば、最初に高値で契約したほうが有利になるのだ。

 そして、ロイさんは俺のレシピを独占したいらしい。


 殺伐とした社会の裏話を聞いてしまった……。


 ロイさんへの評価が変わってしまいそうで怖い。

 ともあれホランド商会のお墨付きをもらえたのは心強い。地球料理に需要があると判明したのだから。


「特許契約を結んだら、俺はもう二度とこの料理を振る舞えないってことですか」


「開発者は別ですよ。ラスティさんが店を開いてもかまいません。そうじゃないと、新しい商品を開発してくれないでしょう」


「たしかに……」


「そんなことで開発者の権利を奪っていたら、何も発展しませんよ。他国に追い抜かれてしまいます」


 手元にはツェリから渡された大金貨が一〇枚。ロイさんからお礼(開発資金の出資という名目)の大金貨が一〇枚。それに特許の契約金が大金貨で五枚。合計は二五枚。


 目標までの残りは七五枚。


 スタートダッシュはいい出だしだけど、問題はこれからだ。

 最悪の場合は宇宙軍の備品を売って……いかん、それだけは絶対にダメだ。


 ……落ち着け俺。


 ノルテさんからもらった護衛報酬は魔道具造りの手引き書で減ったが、まだ大銀貨二〇枚くらいある。当面の資金にあてよう。


 その日も、ロイ邸で泊まることになった。

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