第34話 特許契約①●



 翌朝、俺は日の出とともに起床した。

 今日はロイさん一家と約束した料理お披露目の日だ。

 熱い風呂をいただき、頭をスッキリさせてからロイ邸を出た。


「やるぞ!」


 気合いを入れて市場へ向かう。


 市場といえば、街道沿いにあった街のそれを思い出す。ガンダラクシャは大きな交易都市とはえ、朝市は似たような露店が多いのだろう。

 そう思っていたのだが……。


 台車タイプの屋台が多い。二輪や四輪の移動式の店舗が市場専用の空き地に整然と並んでいる。しかも、売っている商品ごとにちゃんと区分けされており、買う者にとってはありがたい。


 う~ん、大都市ほどクオリティが高いのは宇宙だけではないようだ。


 ジリの街で仕入れたような魚介の干物はなかったが、肉は豊富に取りそろえられていた。


 疑問に思っていたのだが、衛生面は大丈夫だろうか? 失礼な質問かと思ったが、果実を買いがてら店主に聞いた。


「鮮度が落ちていて、お腹が痛くなるとかないよね」


「お客さん、安心してください。ウチは清浄板クリーンボード置いてますから」


 そう言って、店主が見せてくれたのはミミズがのたくったような文字の描かれた金属板。魔道具というやつだ。

 初めて見るタイプだな。どんな効果があるんだ?


 聞けば、汚れ取りと殺菌効果のある魔道具らしい。


 それ以外にも虫除けなど、必要最低限の衛生管理がなされていた。


 でもまあ、店頭にぶら下がった生肉たちからは、清潔という単語を感じられなかった。……見た感じというか、俺の先入観か?


 この惑星で暮らすには、いろいろと慣れが必要らしい。


 調査報告用のドライブに〝魔道具〟のフォルダを新規作成して、調査データを保存した。


 一通り、食材の露店をまわってから材料を購入。食材を抱えてロイ邸に戻る。


 厨房に行くと、そこにはネネリの夫――娘婿のエルウッドがいた。

「手伝いますよ。僕は商才はからっきしですが、料理の腕には自信があるんです」


「お願いします」


 料理のお披露目会といっても、ロイ一家に食事を提供するだけだ。店を切り盛りするわけじゃないので、つくる量はしれている。

 それでも申し出を断るのも気が引けるので、手伝ってもらうことにした。


 市場で仕入れてきた食材を台にならべる。

 魔物の暴走牛バイオレンスバッファローに、幼体の切り裂き猪《スラッシュボア》、危険鶏《デンジャラスチキン》。とりあえず牛、豚、鶏をチョイスしてみた。


 まずはローストビーフだ。牛のブロック肉の全面を焦げ目が付くまで強火で焼いて、温めておいた容器に入れる。蓋をしてタオルで容器を包んで余熱で仕上げる。つけるソースは二種類。肉から出たうま味にバターを加え、塩コショウで味をととのえた肉汁グレイビーソースだ。一口味見する。

「美味い!」

 食欲そそるバターの香りで、ご機嫌な味に仕上がっている。

 もう一つは、癖のない魚醤ぎょしょうに、すりおろしたホースラディッシュもどきを添えた地球の日本風ソース。

 こちらも味見。

 魚醤の癖はあるものの、あっさりとした仕上がりだ。

 今度は肉にかけて試食。

 ヘルムートのレシピを忠実に再現しただけなのに、味見したらどちらのソースも美味い。嫌な臭みもなく、噛みしめると極上の肉汁が口いっぱいに広がる。その肉汁がソースと渾然一体こんぜんいったいとなって深みのある味を演出する。


 昔、ヘルムートと料理について話をしたとき、大半の連中は才能がないとこぼしていたっけ。それなのに、こんなに美味しい料理をつくれたなんて。俺って料理の才能あるかも。


 お次は豚だ。煮豚という料理にチャレンジする。

 水を張った鍋に、砂糖、魚醤、生薬、ハーブをぶち込んでコトコト煮込む。このとき薄味で始めるのがポイントだ。煮詰めている間に肉に味が浸透する。最初から濃いと仕上がりがからくなるので要注意だそうだ。そこをフェムトに計算させての味付け。空いたスペースにゆで卵を突っ込む。ヘルムートのレシピ画像にそうあった。


 最後にとりだ。これは定番の唐揚げにする。ガーリックそっくりのニンニキと巡り会ったときから決めていた。運命の出会いといってもよい。

 本当はジロウという料理を再現したかったのだが、そのためにはメンという食材を小麦粉からつくらなければならない。それにウマ調という調味料も必須なので再現のハードルは高い。


 締めのデザートだ。

 プリンにするかアイスクリームにするか迷ったが、種類の多いアイスクリームにした。種類が多いということはそれだけ愛されているという証拠だ。間違いなく美味いのだろう。

 幸いなことにバニラビーンズとよくにた香料を手に入れてある。市場の端っこで魔物寄せとして売られていたものだ。購入するとき露店の店主が「本当に買うんですかい?」と念押ししてくるほどマイナーな食材らしい。事実、このバニラビーンズという香料は、地球産のレシビでも数えるほどしか出てこない。フェムトのアドバイスがなければ無視していたくらいだ。


 さて、準備に取りかかろう。

 このアイスクリームという菓子。工程は簡単なのだが、非常に重労働だ。専用の機械があれば楽なのだが……。アイスクリームが売れそうなら、そっちの開発も進めよう。

 まずは威力を調整した〈氷槍アイシクルランス〉で氷を用意する。適度な大きさに砕いて大鍋に移して、そこへミルクと砂糖をぶちこんだボールを置く。バニラビーンズもどきをちょっびっと加えるのを忘れてはならない。準備ができたら、あとはひたすら単純作業だ。硬くなるまでへらでガンガン混ぜる。ひたすら混ぜる。エルウッドと交代で混ぜる。

 腕がパンパンになって、もうダメだって頃になって完成した。単純作業の結晶アイスクリームだ。


 エルウッドに労働の対価を支払う。アイスクリームをひと匙。


「アイスクリームという氷菓子です。味見してください」


「では御言葉に甘えて……」


 エルウッドは恐る恐るといった様子で、アイスクリームに舌をつけた。


「予想していたよりも冷たい菓子ですね。氷を舐めているみたいだ」


 今度は大胆に攻めた。ベロリと舐めると、大げさに目を見張る。


「美味しい。濃厚で上品な甘さが舌に全体に広がりますね。香りも面白い。こんな菓子、初めてだ。売れますよコレ!」


 俺も味見してみる。美味いが甘みがちょっと足りない。

 追いソースをつくることにした。カラメルだ。


 砂糖を焦がしていると、エルウッドが慌てて、

「焦げてますよ!」


「焦がしているんだよ。そういう料理なのさ」


 全体的に黒くなったら鍋を火から外して、今度は水を入れる。


 ジュウという音を立てて飴状の部分と水っぽいソース部分にわかれた。丁寧に飴を溶かす。冷めたカラメルソースをエルウッドに味見させる。


 カラメルソースを初めて見るのか、エルウッドは黒いカラメルを凝視している。


「どうぞ、味見してください。すこし苦いですけど、子供でも食べられるくらいです。美味しいですよ」


「そ、そうなんですか」


 エルウッドはカラメルソースをひと匙すくうと、珍重に口へ運んだ。

「んっ! 苦ッ……けど甘い。思っていたよりも美味しい。大人向けの味ですね。子供には、ちょっとはやい味です」


 カラメル単体ならそうだよな……。でも、それがちがうんだよなぁ。

 熱をとってからアイスクリームにかける。

 試食。

 間違いのない美味さが口いっぱいに広がる。幸せの味だ。


「う~ん、美味い! エルウッドさんも、どうぞ試してください」


「ほ、本当に美味しいんですか? あの苦いのが……」


 一口食べると、エルウッドは本日最高の顔をした。


「ああ、これで完成なんですね。まさに天上の甘露。複雑で濃厚な味です。これは真似できない。ラスティさん、あなた絶対に料理人になったほうがいいですよ!」

 かなりの高評価だった。これは期待できるな、試食会が楽しみだ。


 昼が近付いてきたことだし、仕上げにかかるとするか。

 ローストビーフを薄く切って皿に盛り付ける。

 煮豚もようく味が染みていた。卵はグロテスクな色をしているが、一応、盛り付けておこう。


 唐揚げについてはなにも語るまい。ゴツゴツした無骨な茶色い食べ物だが、その味は他の追随ついずいを許さない。鶏料理の最高峰に位置する究極の料理。まさにキング・オブ・キング。それが唐揚げだ。

 地球料理はいろいろあるが、俺はこの唐揚げがダントツで一位だと思っている。地球グルメの雑誌にも不動の王者として記事が載るくらいだ、きっと勝利へ導いてくれるだろう。


 料理が完成した。いよいよ試食会だ。


「楽しみですな。道中で食べた食事も美味しかったですので期待していますよ」


 ロイさんはそう言ってくれるが、旅で振る舞った料理はあり合わせで、正直そこまで美味くなかった。気をつかってくれているのだろう。だが今回は気遣い無用! 一番手から全力だ。大人げない気もするが、勝ち確定の唐揚げ様を出す。


「熱いうちに召し上がってください」


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