第33話 ホランド商会の面々●



 ロイ邸に戻る頃には、太陽は大きく傾いていた。

 食堂に通され、ロイさんの家族を紹介される。


「家内のエリーゼと娘のネネリ、それと娘婿のエルウッドです」


「妻のエリーゼです。このたびは孫を助けていただき、まことにありがとうございました」


「ネネリと申します。父、娘とも助けていただきありがとうございます」


「エルウッドです。娘とお義父さんを助けていただきありがとうございます」


 椅子から立ちあがり、各々おじぎする。メアリちゃんは状況がよくわからないようで、家族の真似をして頭をさげた。聞けばまだ一〇歳にもなっていないという。

 この惑星の作法について、あまり詳しくしらべていないので紹介されるたびに俺も頭を下げた。


「俺はラスティ。ラスティ・スレイドと申します」


「ラスィさん、助けてくちぇてありがとう」

 子供らしい発音でお礼の言葉をいただいた。屈託なく笑うメアリちゃんを見ていると、怪我を治してあげてよかったと思う。


 自己紹介も終わり、全員椅子に座ったところでロイさんが切り出す。

「ラスティさん、家族を代表してあらためてお礼を申します。孫娘のメアリのこと本当にありがとうございました」


「こちらこそいろいろと、知らない土地なので助かります。ところでメアリちゃんの傷の具合はどうですか?」


「お陰様で完治しました。これといった後遺症もなく、傷跡も綺麗に消えています。大怪我を負ったのが嘘のようですよ」


「それはよかった。女の子ですからね、傷が残らないか心配でした」


「いまだから言えますが、私は傷跡のことよりも怪我が治るのか不安でした。それほどの大怪我でしたからね。本当に感謝しております」


「いえ、当然のことをしたままです」


「それでお礼なのですが、ジョドー」


 執事ジョドーが重そうな革袋を持ってきた。


「大金貨で一〇枚。大切な孫娘の命を助けてくれたお礼です」


 大金貨ということは……。

 計算に手間取っていると、フェムトが通信してきた。


――百万メルカです。ダラスに換算するとおよそ1億――


【いっ、1億ぅ!】


 現実離れした金額に、俺の脳は麻痺した。腹黒元帥から出された結婚適性試験で、いくら金が必要だといっても大金貨十枚は多すぎる。


「そんな大金いただけません。お金ほしさに助けたわけじゃありませんから、一般的な治療費だけで結構です」


「ですがラスティさん。孫につかってくれた薬は貴重な代物だと仰っていたではありませんか。私もあのような薬は初めて見ました。値段のつけようがありません」


「とても貴重です。だけど、これを受け取ってしまったらお金ほしさに助けた気がして自分が許せなくなるのです」


「…………よろしいのですか。ツェツィーリア様に出された難題を前にして」


 ロイさんは申し訳なさそうにしていたが、俺の決意は固い。

 これで謝礼の話は終わりかと思ったら、今度は娘のネネリさんが割り込んできた。


「誠実で欲がない。お父様が入れ込むのもわかる気がします。ではこうしましょう。ラスティさん、ツェツィーリア様との勝負に私たちも力を貸しましょう」


「いえ、これは俺の問題で」


「ちがいますわ。ツェツィーリア様はラスティ様個人だけでの結婚適性試験とは明言していません。であれば人脈や知識、経験も加味されるでしょう。ホランド商会の手助けは許容範囲だと思われます」


 ネネリさんは、ロイさんとちがってストレートな人だ。母方の影響か? 奥さんのエリーゼさんをチラ見するが、ネネリさんのような強引な雰囲気はない。だとしたら先祖返り?


 ところで、あの時の内容なんで知ってるんだ? ロイさんは軽々しく話すような人じゃないし……。

 部屋にあつまっている人たちに目をむけると、従業員のシンとロンがそっぽを向いた。犯人はこいつらか。


 しかし、ものは考えようだ。ホランド商会の後ろ盾はありがたい。ここまで言ってくれてるんだ、好意に甘えよう。


「これネネリ、変なことを言うんじゃない。ラスティさんが困っているだろう」


「そうでしょうかお父様、これは商談のつもりだったのだけど」


「商談ならなおさらだ、メアリの恩人に失礼だぞ」


「あの……すみません。ネネリさんの提案をお受けします」


 俺の言葉に呆けた顔をするロイさん。ネネリさんは「ほらね」と言わんばかりに勝ち誇っている。


「実は、こういった商品を思いつきまして……」


 俺の計画を打ち明ける。


「料理はわかりますが、紙と魔道具が問題ですな。ラスティさんは遠くから来られた方。上質な紙の製法を知っていても、まずは材料となる木を探さなくてはなりませんな。それだと時間がかかるのでは? ツェリ様の設けた期限は三ヶ月半、量産体制をととのえても、うまく流通できるかどうか不安がありますな」


 たしかに問題はある。でも紙づくりの原材料となる木はすでに発見している。問題はその木がガンダラクシャ近郊でとれるかどうかだ。

 厳しい条件だが着手する価値はある。


「紙の材料については心当たりがあります。それに魔道具もいくつか考えを用意しています」


「なるほど、特許と職人ね」


「はい」


 ネネリさんのレスポンスは速い。ロイさんの娘さんだけあって商才があるようだ。

 まさかこの惑星に特許という概念があるとは、どの程度の利益が保障されるかわからないが、無いよりはマシだ。


「だったら、工房も押さえておきましょう。それに販売する店舗も」


「工房と店舗で、どれくらいの資金を用意しておけばいいのでしょうか」


 どんどん話が進む。どれくらい費用がかかるか予想がつかない。そもそもこの惑星の物価に関するデータが不十分だ。街へ行って庶民の金銭感覚は理解できたが、貴族や金持ちとなると予想が立てられない。俺が相手にするのはそういった上級階級の人たちなので、それに見合った初期費用が必要なはず。


「ではこうしましょうラスティさん。メアリを助けてくれたお礼……と言うと断るでしょうから。開発資金の出資としておきましょう。よろしいですね」


「ロイさん、ご配慮、ありがとうございます」


「いえ、ラスティさんがお勝ちになればホランド商会も箔がつきますから」

 …………さすがは大店の商人だ。親娘そろって抜かりない。


「それでは明日の昼、まずは料理を披露しましょう。出資者になってくれるのですから、見極める判断材料が必要だと思います」


「それは楽しみだ」


 料理を披露すると見得を切ったのには理由がある。

 この惑星の料理はそこまで美味くないからだ。現に、ロイ邸に漂っている匂いも、食欲をそそられる匂いではない。せいぜいハーブで味付けしたものだろう。


 その点、俺には強い味方がいる。ヘルムートの遺してくれたレシピデータだ。

 ZOCとの交戦で死を悟った仲間から託された外部野、そこにはヘルムートこだわりの地球料理のレシピがあった。

 几帳面な性格のヘルムートは細かくジャンル分けしていて、画像を添付したレシピを保存してくれている。街に行ったときに、ハーブも色々試してきた。今回は旅の途中とちがって、それなりに調味料はそろっている。再現は難しくないだろう。


 話がまとまったあとは、たのしい食事だ。


 ロイさん一家から、この惑星の話を聞きながら食事を楽しんだ。


 食事のあとに通された部屋も広かった。パンフレットで見た豪華宇宙客船の特等室よりも広い。

 フェムトに計測させると、なんと地球換算の畳二〇畳を越えるという。


 コロニーの独身者向けワンルームでも、浴室、キッチン、トイレをひっくるめて六畳だというのに、寝るだけのスペースにここまで割いているのは驚愕の一言に尽きる。


 ただ一点、気になることがあった。壁に掲げられた絵や卓に飾られた壺だ。こういったディスプレイは博物館でしか見たことがない。

 ロイさんは商人だから、なんらかの商品の見本を飾っているのだろうか? 疑問だ。これがこの惑星の商人の普通なのだろうか。

 これからは商人を相手にする機会も増えてくるはずだ。はやくこの感覚になれないとな。


「しかし、ベッドなんて高級品で寝る日が来るとはな……」


 宇宙の寝具といえば、形状記憶ウレタンだ。型に寝そべり、上からプレスされる形で寝るのが一般的だ。それもウレタンベッド自体がコンパクトで、必要な時以外は壁と一体化している。なのでロイ邸にある存在を主張するタイプのベッドに、とてつもない違和感がある。


 とりあえず、触ってみる。

 沈み込むウレタンとちがってフカフカしている。


「これはなんだ? 頭のほうに置いてあるフカフカはどうやってつかうんだろう」


 気にはなったが、夜も遅い。頭のほうに置いてあるフカフカについては明日にでも聞こう。


 フカフカのベッドに潜り込む。


 この惑星に来て初めての高級寝具だ。ピッタリとフィットする形状記憶ウレタンとちがって、開放感のあるフワフワが心地いい。旅暮らしが長かったせいもあって、実に気持ちが安らぐ。


 ベッドに潜り、天上を見上げる。


 なんとなくティーレのことが脳裏をよぎった。

 彼女も今夜はぐっすり眠れるだろう。


 明日からはどうやって金を稼ごうかと思考を切り替えたところで、意識は溶けるように消失した。


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