第32話 市場調査とインチキ眼鏡②●



 魔道具造りに必要な材料は、特殊なインクと魔石と魔法陣を描く土台。この三つだ。


 魔石は空のものと、魔力の詰まった物が必要らしい。なんでも魔力の詰まった魔石から、空になった魔石へと魔力が流れる仕組みだという。なんだか電気っぽい考え方だな。魔法を発現させるには魔力というエネルギーが必要だし、理屈は電気と一緒か。

 考え方も科学っぽくて、とっつきやすかった。それに面白い。手先はそれほど器用じゃないけど、あれこれ考えて物を造るのは好きなほうだ。俺に向いているかもしれない。


 宇宙の工業技術の恩恵を受けたいので、科学技術テクノロジーの開発をすっとばして、再現可能な魔道具造りを優先させることにした。次に紙づくりと、地球料理の再現。よし、この三本柱で勝負しよう。


 期待もふくらみ、やる気の出てきたところでインチキ眼鏡がちゃちゃを入れてきた。

「それ返して」

 魔道具造りの手引き書を指さす。


「この本を?」


「高いのよ、魔道具関係の書籍は」


「いくらなんだ?」


「それ一冊で大銀貨五枚」


 たしか小銅貨一枚が一メルカだったな。リンゴみたいな果物が一個買える値段だから、一メルカは宇宙通貨の一〇〇ダラスくらいだ。となると大銀貨一枚は一〇〇〇メルカ……。大銀貨五枚で五〇〇〇メルカか。ダラス換算だと五〇〇〇メルカの約一〇〇倍だから……五〇万! 魔道具造りの手引き書の金額は俺の給料二ヵ月分だッ! 高い!!


 この惑星の平民の月収は大銀貨三枚前後らしい。

 ちなみに一年の暦は大きく十三の月に別れており、一月が三〇日。一年は三九〇日になる。だから年間休日数一二〇でもホワイトと呼べないのだ。


 話は逸れたが、この惑星の一般的な年収は小金貨換算で約四枚という計算になる。

 余談になるが、この惑星にボーナスという概念はない。雇い主の気まぐれで臨時収入があるくらいだ。


 うーん、金銭感覚を慣らしていかないと。


 それらの惑星事情を考えても魔道具造りの手引き書は高い。もっと安いものだと予想していたのだが……。考えが甘かったようだ。


 逆に考えると、それほど貴重な本だということがわかる。


【フェムト、記録してたか?】


――バッチリ記録しています――


 よし。高額な書籍をまるごと記録するのは気が引けたが、勝負で負けるわけにいかない。今回だけズルさせてもらおう。


「お金を貯めてから出直します。魔道具造りに必要な道具だけ買っておいてもいいですか?」


「先に本を買うんじゃないの?」


「本を買うのを諦めないように、先に道具だけ買っておこうと思いまして」


「ふーん」


 どうやら疑っているようだ。ピンク髪のインチキ眼鏡は子供の割に勘が鋭いようだ。


「意志が弱い性格なんで、まずは形から」


 交渉が難航しそうな雰囲気だ。

 見かねたのか、ロイド少年が割り込んできた。


「ラスティさんは魔石を持っていますから、購入はインクと土台だけですね」


「えっ」


 俺としたことがすっかり忘れていた。ティーレとの旅でかなりの魔物を倒したので、スパイクたちから別れ際、いくつか魔石をもらっていたな。ギルドで買い取ってくれるって聞いていたけど、換金しなくて良かった。


「道中で倒した魔物から採取したものを預かっています。後ほどお渡ししますので、ここはボクに任せてください」


「あ、ありがとう」


 このやりとりが気にくわなかったのか、眼鏡娘は露骨ろこつに舌打ちした。

 どう考えても客商売の態度じゃないよな。


「ローランさん、少し勉強してくれませんか」

 インチキ眼鏡娘はローランって名前なのか……。


 ローランはこれまた露骨に顔を歪めて、しぶるように声に出す。

「じゃあ勉強して、インクひと瓶小銀貨六枚、魔法陣を描く土台は一枚小銀貨二枚」


「ではインク瓶をひとつ、土台を四つ。大銀貨一枚でお願いします」


「小銀貨一二枚」


「大銀貨一枚で」


「小銀貨一一枚」


「わかりました、別の店を探します。次に行きましょう、ラスティさん」


 店を出ようとしたら、ローランが甲高い声で「キィィィ」といた。飛び出すようにカウンターから走ってくる。


「今回だけ、大銀貨一枚で売るわ。その代わり、次の発注もお願いね」


「承知しました」


 ロイド少年は、してやったりといった顔で微笑んだ。

 …………この惑星の子供ってたくましい。


「ところで魔石って高く売れるのかい? 魔物から採取できるから安そうな気もするけど」


「ラスティさんは魔石の価値を知らないのですか!」


「すまない。この大陸に来たのはつい最近なんで、一般常識についてうといんだよ」


 ロイド少年は魔石の価値を知らないことにかなり驚いていたが、別大陸から来たと教えると、すんなり納得してくれた。


「そうですね。父もラスティさんのつかった医療薬を見たことがないと言っていましたし、料理もこの辺りでは見かけない調理方法でしたし……なるほどです」


 子供に嘘をつくのに躊躇ためらいはあったが、宇宙から来たと言っても信じてもらえないだろう。これでよかったと思う。


 納得してくれたところで、ロイド少年は魔石について教えを始める。

 魔石には等級があり、それによって値段がちがってくる。低い等級から順に魔石<魔結晶<魔宝石と等級が高くなっていく。違いは形状だ。魔石は言葉通りゴツゴツした石のような形で、魔結晶は若干滑らかだという。そして魔宝石はつるりとしていて磨き上げた宝石のように丸みを帯びているのだとか。

 ほかにも輝きの強さや色によっても等級が変わってくる。値段は、それら等級の合算値で決まるのだ。


 俺が倒した魔物――魔狼の体内から低級の魔石が採取される。これは誰もが知る常識らしい。


 魔石の取り出し作業に立ち会っていなかったので知らなかったが、苦労して倒した切り裂き猪からそこそこ大きい輝きの強い魔結晶が採取されたらしい。まあ、実質スパイクたちが倒したようなものなので彼らにゆずったのだが、どうりで遠慮えんりょしたわけだ。

 ロイド少年の鑑定では、小銀貨一五枚は下らない価値があったという。買い取りでその価格なのだから売値はさらに高い。


 あのとき、もらっとけば良かった……かな?


 ケチケチしてもしょうがない。金にこだわり過ぎても、ろくなことはない。ほどほどがいい。


 商売の方向性は見えた。


 やるべきことも決定したので、いったんロイさんの邸宅に戻る。本当は宿をとるつもりだったが、ロイド少年がかたくなにロイ邸に泊まるよう勧めてきた。


「治療費の支払いもすませていませんし、旦那様も恩返しをしたいと仰っていますので絶対にお泊まりください。でないとボクがしかられます」


 子供を困らせる大人になりたくないので、素直に従うことにした。


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