第31話 市場調査とインチキ眼鏡①●



 なんて女だ。俺からティーレを引き離すなんてッ!


 ツェリとかいう腹黒元帥にティーレをさらわれてから一時間後、ロイ邸にツェリの遣いがやってきた。

 ティーレに相応しい男かを試す、結婚適性試験の元金――資金の詰まった革袋をもらう。

 重い部類に入るが、ノルテさんからもらった革袋よりも軽い。

 なかを見ると金貨が入っていた。銅貨や銀貨は一切無く金貨だけ。金貨の価値が高いのは知っている。でも革袋に入っている枚数は両手で数えるほどだ。これを十倍、なんとかなりそうだ。


「ラスティさん、資金はいかほどで……えっ!」

 革袋のなかを見るなりロイさんは仰け反った。


「金貨がなにか?」


「大金貨ですよラスティさん。それも一〇枚はあるかと……」


「問題でも?」


「この十倍ですよ、十倍。私の商会でもいまから三ヵ月でそこまでの利益は出せません」


「ってことはだまされたってこと!」


「そうではないでしょう。おそらくツェツィーリア様は、私が手を貸すと思ったのでしょう」


「だからって、こんな無茶振りを! ずるい!」


「ここで文句を言っても意味がありません。まずはどうやって稼ぐか考えましょう。ラスティさんはメアリの命の恩人。これも何かの縁、微力ながら手助けさせてもらいます」


「ありがとうございます」


 大至急でフェムトに計算させた。とんでもないことが発覚する。


――こちらの小銅貨が一メルカ=宇宙通貨の100ダラス相当の価値。およそジュース一本分であることはご存じですね――


【たしか、そんな感じだったな】


 ノルテさんからもらったのは銀貨がぎっしり詰まった革袋だった。だからお金に困らなかったんで、そこまで気が回らなかったけど。


――では小銅貨<大銅貨<小銀貨<大銀貨<小金貨<大金貨というのも?――

 旅の途中で立ち寄った街で、ティーレにそう教わったな。


【なんとなく】


――それが十進数であることも?――


【なんとなく】


――でしたら大金貨一枚が宇宙貨幣に換算して千万ダラスということも、ご存じですよね――


【んっ、んん!】


 いままで銀貨しかつかったことがない。計算もフェムトに任せていた。だから、この惑星の金銭感覚はほどんどなく……。


――……………………――


【じゃ、じゃあ勝負に勝つには大金貨一〇〇枚、つまり一〇億ダラスも稼がないといけないのか!】


――そうなりますね――


【詐欺じゃないか!】


 連邦での生涯平均収入は二億~三億ダラスだと言われている。一流企業に勤めて、トントン拍子に出世しても一〇億は無理だ。

 それを無職の俺に求めるとは……どう足掻あがいても絶望しかない。


――勝たせるつもりはないのでしょう。で、どうしますか?――


【そんなの…………やるしかないだろう!】


 あのツェリとかいう女元帥とんでもない腹黒だ。まさかこんな罠を用意していたとは……。

 くさっていても仕方がない。まずはこの惑星の商業についてしらべよう。

 手はじめに、ガンダラクシャの店を見てまわることにした。

「でしたらロイドに案内させましょう。朗報をお待ちしていますよ」

 ロイさんの提案で、街の地理に詳しいロイド少年に案内してもらう。ありがたい。


 ガンダラクシャは国境にある交易都市だ。近隣国と交易しているので、さまざまな文化が流れこんでくる。当然ながら、人の出入りは激しい。常に商品と客が入れ替わるのだ。

 商業に適した場所といえるだろう。チャンスをものにできれば一発逆転も夢ではない。

 そのためにも市場調査だ!


 まずは街に出て、飲食店巡りをしよう。それも流行ってそうな店をかたっぱしからだ。


 繁盛している店を何軒か食べ歩いてみたが、どれもパッとしない味だった。

 野菜に関しては鮮度がよく、水々しくて甘みもある。それ以外は駄目だ。パンは硬いし、肉や魚は血生臭い。だからなのか、においを消すためにハーブで味つけした料理が多い。露店では焼いた肉や魚が主流で、店を構えた食堂や酒場なんかは煮込み料理が多い。どの店も似たような味で、料理のレパートリーが少ない。店をローテーションしてもすぐに食べ飽きるだろう。


 どうやら調理方法に問題があるようだ。素材を生かすといえば言葉はいいが、下味をつけたり寝かしたり手間を惜しんでいる印象が強い。もしかすると基本的な調理技術が確立されていないのかも。もっと詳しくしらべてみよう。


 店の勝手口から厨房を覗くと、調味料の種類が驚くほど少ない。しかし、入った店はどこも味がちがった。


 調査を続ける。


 なんとなく見えてきた。味のちがいはハーブの比率だ。店ごとに異なる比率でハーブをブレンドしている。競合店と味が重ならないようにしているのだろう。

 しかし、甘い。比率がちがうとはいえ、似たようなハーブの味付け。どうしても飽きがくる。


 地球料理のレシピを持っているのは強みになる。やれそうだ!


 しかし飲食店だけでは、とても大金貨一〇枚を十倍に増やせそうにない。ほかにも魅力的な商品を探さねば。


 今度は工業用品――鍛冶屋通りを調査する。


 工業に不可欠なアレを造っている鍛冶屋や工房がなかった。そう、この惑星には工業製品を製作するのに必要不可欠なネジや歯車がないのだ。滑車かっしゃくぎはあるので、ネジや歯車も存在するだろうと思っていたのだが、俺が見てまわった店にはそんな商品はひとつも置いていなかった。複雑な部品の需要は少ないのか?


 抱き合わせで工業機械を開発して、時代を先取りすれば莫大な利益が生まれるだろう。まあ、特許という概念があればの話だが……。


 存在しないのはネジや歯車だけではない。どれもこれも最低限の物ばかりで、工業製品があまり発達していないのだ。錬金術で造られた冷蔵庫はあるが空調設備がない。大量生産に適した調理器具や工業機械もまったくといっていいほど存在しない。あるのはせいぜい手動の機織はたおり機くらいだろう。

 おまけに簡単な印刷技術もなければ、まともな紙すらない。


 一応、紙は存在する。地球の和紙に近い紙だ。羊皮紙よりも安いようだが、厚手でゴワゴワしていて茶色っぽい。軽く丸めると繊維の粉が落ちるし、インクも滲む。ここでインクの滲まない白くて薄い紙を製造したら……。


 一攫千金も夢ではない。


 幸いなことに、ガンダラクシャは森に囲まれている。木材なら、すでに調査ずみだ。紙づくりに適した木材を森から採ってくればいいだけ。

 木材を入手できなかったときの保険に、錬金術師のつくる魔道具というのもしらべてみよう。


 急遽、予定を変更して錬金術師の店に案内してもらった。


 いくつかお勧めの魔道具専門店を選んでもらい、店に入る。

 ピンク髪のインチキ臭い眼鏡が、揉み手で俺たちを迎えてくれた。ロイドが言うには、見た目は十代の少女だが、この店の店主だという。子供が店を出すって、ぶっ飛んでるな。


 宇宙では、帝国だろうが連邦だろうが、未成年の労働は硬く禁じられている。この惑星の倫理観がわからない。ブラック経営有り、と調査データに追加しておく。


「ホランド商会の見習い執事じゃない。今日は何しにきたの?」


「実は旦那様から、こちらのラスティ様を……」


 ロイドが事情を説明してくれたおかげで、錬金術師の眼鏡娘は好意的に魔道具の説明をしてくれた。


「魔道具ってのはね、魔力を動力に変換して動かす道具よッ! 動かすのに魔石や魔結晶が必要だけど、すっごく便利なの」

 うん、知ってた。

 俺が知りたいのはその原理と造り方だ。


「誰でも造れる物なのか?」


「はぁー、これだからは嫌なのよねぇ。いい、魔道具ってのはね。魔法がつかえるだけじゃ造れないの。錬金術の知識――魔術式や魔法陣の知識があって初めて造れるのよ。わかった」


 インチキ臭い魔道具の講習を受けて、そのあと魔道具作成の手引き書を見せてもらった。


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