第30話 subroutine ティーレ_ラザニア●
◇◇◇ ティーレ視点 ◇◇◇
せっかくガンダラクシャに着いたのに、私以外の王族がいないとは……。
王都から落ち延びた際、バラバラに逃げたのがいけなかった。
ツェリ元帥が言うには、姉と弟は北へ、妹は西へ向かったとのこと。それ以外の王族の行方は掴めていないらしい。
姉たちのいる北の古都カヴァロへは敵の占領下を通る必要があり、いま向かうのは難しい。それというのもマキナ聖王国が北、西、東の連携が取れないよう分断に力を入れているからだ。
その証拠に、伝令に出して帰ってくる者が異様に少ない。数少ない貴重な密偵もこれ以上は出せないとのこと。
戦況は思っているよりも悪いらしい。
元帥はまだ逆転の可能性はあると言っていますが……。
夫には試験だと言って無理難題を突きつけていますが、あれは方便でしょう。
分断されている以上、北~東間の伝令の往来は困難。
私が北へ行くと、我が儘を言わないように考えての口実。
姉妹と弟に会いたいのですが、個人の力ではどうしようもありません。かといってガンダラクシャの兵を無闇に動かすのも得策ではありません。
ツェリ元帥に考えがあるのでしょう。ここは素直に従いましょう。
しかし、まさか夫――ラスティと引き離されるとは……。
私から夫を引き離した張本人――ツェリ元帥はラスティをあまり快く思っていないらしい。しかし、それを正す気にはなれない。
そもそも彼女は元帥だ。同時に貴族でもある。それも王家と
夫が信頼されていないのは悔しいですが、いずれツェリ元帥もラスティの素晴らしさを知るでしょう。だって精霊様から認められた人ですもの。
それにしてもラスティを待つ身になってしまうとは……。不謹慎ですが、まるで物語に出てくる魔王に
きっとラスティは白馬に乗った勇者様のように、
そう考えるだけで胸がドキドキします。
ええ、夫はツェリの出した意地悪な結婚適性試験とやらを突破して、私を助けてくれるに決まっています。
そんなラスティにはご褒美をあげないといけません。それも彼が喜ぶような、妻にしかできないご褒美を。
ですから、ラスティの大好物だというラザニアを習得することにしました。私にはその責任があります。良妻に相応しいと誰もが認める、確固たる地位を築かなくてはッ!
「ところでツェリ元帥。ラザニアという言葉に聞き覚えはありませんか?」
「らざ……にあ? それが何か?」
どうやら知らないようですね。がっかりです。交易都市に居城を構えているのですから、珍しい料理も知っていると思っていたのに……。
折りを見て、城の料理人に聞いてみましょう。
「いえ、結構、いまの話は忘れてください」
「おかしなことを言うな。あの男の影響か?」
姉の友人だけあって、ツェリ元帥は男っぽい口調をしている。私はこういう喋り方をする人が苦手だ。融通の利かない姉を思い出す。
「あの男ではありません。ラスティ・スレイドです」
私としたことが、つい強い口調になってしまいました。
「それよりも殿下、以前とちがって、言葉遣いが柔らかくなったように見受けられるが、なぜだろうな?」
意地悪な元帥はニヤニヤと笑う。きっと知っていて質問してきたのでしょう。本当に姉そっくり。私はいたぶるように攻めてくる人が嫌いです。
無視して、ラザニアをつくる練習場所の提供を求めました。すると意地悪元帥は不思議そうな顔で、
「殿下が料理? なぜそのようなことをするのだ? 料理人につくらせればよいではないか」
「決まっているでしょう。夫のためにです」
「…………本当に、あの男に
さすがの私もカチンときました。口の悪さは目を
ですが、ついさっきあの男ではないと釘を刺したばかりです。それをいきなり無視するとは……。ここで注意してもまた同じ過ちを繰り返すでしょう。
私は考えました。格のちがいを見せてやろうと。そのために精霊様のお力を借りることにしました。こんな
【フェムトー様、聞こえていますか】
――聞こえていますよティーレ。何か問題が発生したのですか?――
【実は、訳あってフェムトー様の素晴らしさを目の前の女に知らしめてやりたいのです。ラスティのつかっていた魔法は私にもつかえるでしょうか?】
――ラスティの魔法?――
【直列、並列と名付けた魔法です】
――ああ、あれですか。あれならばティーレも扱えます――
【目の前にいる愚かな女に、フェムトー様の素晴らしさを教えるため、どうか私にもラスティの魔法をご教示ください】
――…………法的な問題もなさそうですね。いいでしょう、伝授します。精霊様の素晴らしさを愚か者の目に焼き付けてあげなさい――
【ありがとうございます、フェムトー様】
精霊様の許可も頂けたので
壁に飾っている盾に近づく。ツェリが大枚をはたいて買った盾です。どんな魔法も
「おお、その盾に興味を持ってくれたか。それはどのような魔法も弾き返す、魔術師殺しの盾だ。なんでもオリハルコンをふんだんにつかっているらしい。弾けるのは魔法だけではないぞ。並の剣士では傷一つつけられぬ代物だ」
「試してみてもいいですか?」
「かまわない。存分にやってくれ」
意地悪なツェリは壁から盾を下ろして、私の前に置いた。またニヤニヤと笑っている。
【フェムトー様、お力添えお願いします】
――了解しました。では〈
【〈水撃〉でよろしいのですか?】
――スキャンしたところ、それほどの魔術的強度はありません。〈水撃〉でも十分でしょう。細く鋭い刃で、盾を切り裂くイメージを強く念じてください――
スキャン? 聞いたことのない言葉です。きっと私の知らない魔術用語でしょう。アイテムの能力を測る魔法でしょうか? もしかすると古代の魔術知識かもしれません。さすがはフェムトー様!
【わかりました。ではイメージしますね………………終わりました】
――よろしい、では手はじめに三ループ――
【るーぷ?】
――直列式の威力倍率です。単純に三倍の威力だと考えてください――
【はい】
三倍……ラスティが森で見せてくれたのと同じ威力でしょうか? あれは凄まじい威力でした。せいぜい木の表皮を削るだけの〈水撃〉で、木の幹に穴を開けるのですから。
――魔力の消費も三倍、疲労も三倍になりますので覚悟してください。いいですね――
大きな力には大きな代償がつきものです。ラスティもきっと同じ体験をしてるのでしょう。妻である私も頑張らねば。
【はい、覚悟しました】
――詠唱は不要です。イメージを固めるため発動するときにだけ〈水撃〉と唱えてください――
【了解しました】
……私としたことがフェムトー様の口癖が移ってしまった。この際だから気にしないでおきましょう。
――それでは準備をします。魔力充填開始……30%……60%……90%……100%。準備完了、いつでも魔法をつかえます――
「〈水撃〉」
凄まじい圧で放たれた水の刃が盾を直撃する。それと同時に部屋中に水が飛び散った。
ツェリは勝ち誇ったように、盾を掴むと、かけてあった壁に戻した。
「だから言っただろう。いくら殿下が魔法の才に長けているといっても、この盾の前では無力。いかがでしたかな我が自慢の逸品は」
――ティーレ、いまです指を鳴らしなさい――
【えっ、あっ、はい】
精霊様に言われたとおりに指を鳴らす。次の瞬間、壁にかけ直した盾が真っ二つに割れた。
ガラン、ガラーン。
大きな音を立てて床に落ち、同時にツェリの目尻に涙が浮いた。
「私の、私の盾があぁーーー。大金貨三〇枚もした、家宝が真っ二つにぃぃーーーーー」
意地悪元帥は発狂した。
「あんまりだぁーーー。たとえ殿下でもやって良いことと悪いことがあるぅ」
取り乱したツェリが私の肩を掴み、揺さぶってくる。
【フェムトー様、次の一手はどのようにしましょうか?】
――頭を冷やしておやりなさい――
【どのようにしてですか?】
――さっきと同じ要領で、人体を傷つけないように強くイメージすればいいでしょう――
【わかりました】
「〈水撃〉」
ツェリの服が綺麗に四散した。
「な、なんということをぉぉぉーーーーー。殿下、これでも私は嫁入り前の身体ですよ。それをこんなあられもない姿にするとはッ!」
「静かになさい。さもないとあの盾のようになりますよ」
「…………」
「今後、私の前でラスティのことをあの男と呼んではなりません。いいですね」
「……はい」
「よろしい、では厨房をお借りします」
「ただちに城の者に通達します」
ツェリは壁にかけてあったマントで身を包むと、鈴を鳴らした。
すぐさま女性の騎士が駆けつける。
「ツェツィーリア元帥閣下、ご用でしょ………………」
女性騎士が固まる。
「殿下が厨房をつかいたいそうだ。城の者すべてに通達せよ。それと着替えをいますぐ持って来い。以上だ、行けッ!」
「……あ、あのう、どのようなお召し物でしょうか?」
「見ればわかるだろう、元帥服だ」
「畏まりました、直ちにッ!」
用件もすんだことですし、ツェリの部屋から出て行きましょう。
執務室から出て、扉を閉める。
あの魔法は危険だ。なんというか、ツェリをあんな目に遭わせる結果になってしまった。だけど、面白い!
それに意地悪元帥の泣きそうな顔を見たとき、とてつもなく彼女が可愛く見えてしまった。なんと例えればいいのでしょうか、知ってはいけない世界の扉を開けてしまった。そんな気がします。
危険だわ。
大きく深呼吸して心を落ち着かせる。
そうだ。ラザニアを習得しないと。ラザニアを教えてくれたフェムトー様なら作り方を知っているはず。フェムトー様に直接お聞きしましょう。
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