第29話 結婚適性試験②●



 人さし指を立てて、炎をイメージする。普通の赤い炎ではない、バーナーのような燃焼効率の高い青い炎だ。

 勢いよく指先から青い炎が噴きだす。


 火傷しないように慎重に葉巻に火をつける。


 先端がまっ赤になった葉巻を咥え、ニヒルに笑ってみせた。


 それだけのことなのに、ツェリはえらく驚いたようで、

「青炎を出せるのか!」


 もしかして、この惑星じゃあ赤い炎が一般的なのか? またやらかしたか! ほんと、俺って大人げないよな。


「さすがです、あなた様」


 なぜかティーレが褒めてくれた。なんで?


 疑問はすぐに氷解した。

「なるほどな青炎を操れる手練れならば、単身で護衛についたのも頷ける。さぞかし名のある魔術師なのだろう。誰に仕えていたんだ」


「あの、えーと、普通に軍の士官をしていました」


 惑星調査の部署で働いているが、軍属なので嘘ではない。大尉の階級も頂いている。それに、まぐれではあるが手柄を立てたこともある。

 それなりに箔のつく手柄だが、まぐれの部分を強調してもろくなことはない。背伸びして、無理でもできると言い切るとあとが怖い。なので無能を装うことにした。大人社会を生き残る術だ。


「実力もないのに出世したもんですから、ヘマをして軍を飛び出してきたんですよ」


「なるほど、軍に仕官していたのか……」


 無茶振りされないように無能を演じたが、スルーされた。この女元帥、人の話を聞かないタイプだな。


「夫はただの魔術師ではありません。卓越した剣の達人でもあるのです」


 やめてくれティーレ! 俺を持ち上げないでくれ。


「剣の腕も立つか、実に興味深い」


 ツェリは煙をくゆらせながら、尋問官じみた視線を投げかけてくる。


 本来の目論見と逆ベクトルに話が進む。うまく逃げ切らねば。


 俺の考えをよそに、ティーレは自慢げだ。饒舌に俺を褒め称える。


「当然です。ガンダラクシャまでの旅で魔狼デビルファングの群れを、私を庇いながら一人で退治しました。五〇頭はいた大きな群れです。当然ながら、それだけの魔狼を率いる群れの長は尋常ではない大きさでした。ええ、実に普通の魔狼の三倍はあったでしょう。その一際大きな魔狼を、ラスティは一突きで倒したのです!」


 まるで見てきたかのようにティーレは語る。おまけにかなり話を盛っている。群れを退治したのは事実だが、五〇頭も倒していない。魔狼の群れの長についても言い訳したい。あれはまぐれだと……。


【フェムト、おまえの仕業か!】


――いいえ、何もしていません。魔狼を駆除したのはガーキに腕を落とされたあとのことでしょう。おそらくティーレは死骸を見たのでしょう。交戦のあと死骸を片付けなかったラスティの落ち度です――


【くっ……】


 あまりにも正論すぎて言い返せない。だけど、一人で三〇頭もの魔狼の死骸をどうやって片付けろっていうんだ。満身創痍でギリ勝ちの俺からすれば無理な話だ。疲れ果てて魔狼の後始末どころではなかったし、勝っただけでも拍手を送りたい手柄だと思うけどなぁ。


 信用していたAIにまで手のひらを返されるとは、まったくもって不愉快だ。


「ほう、群れの長を……おそらく王魔狼キングファングだな。あれを倒すとは想像を絶する強さだ。一度この目で見たいものだ。本題に戻るが、殿下とこの男――ラスティとはどのような関係なのか、教えてもらえないか」


「夫婦です」


「護え……ふうふです!」


「あなた様、隠さなくてもよいのですよ。私たちは精霊様から祝福された夫婦なのですから」


「そ、そうだ……ね」


 夫婦を演じるべきか、護衛を演じるべきか、苦悩した。しかし、慕ってくれているティーレを裏切るような真似はしたくない。


「そうか、ならば私からは何も言うまい。しかし、長姉のカリンドゥラ殿下が許すかな?」


「うっ……」


 ツェリの一言に、ティーレが呻く。

 どうやらティーレは姉が苦手なようだ。

 この場においては王族の権力より、狡猾さが優先されるらしい。ほくそ笑むツェリを見てそう確信した。


「夫は素晴らしい方です」


「それはわかる。だが甲斐性は? 爵位は? 殿下は王族だぞ。並大抵の財力では養えまい。それに殿下を守る力もなければな。このラスティなる男に、それらを望めるか?」


 ツェリは抉るような言葉のパンチを矢継ぎ早に放ってくる。強敵だ。いまだかつて出会ったことのない強敵だ。士官学校時代の鬼教官でも、ここまでネチネチした口撃はなかったぞ!


「夫は甲斐性無しではありません。ちゃんと地に足をついて頑張っています。甲斐性無しではありませんッ!」


 ごめん、俺いま無職! 本当にごめん。それにしても、まさか味方から痛恨の一撃をもらうとは……。


「しかしだな。最低でもここの商会くらいの……伯爵程度の暮らしを営めなければ、カリンドゥラ殿下も二人の仲を認めてくれんだろう」


 最低がホランド商会規模かよ! それに伯爵でこれなら公爵や侯爵ってどんな暮らししてるんだよッ! ま、王族並の暮らしは絶対に無理だと思うけど……。


 完膚なきまで打ちのめされた俺に、ティーレは優しく微笑んでくれた。

「安心してください。私は庶民のような慎ましい生活でも大丈夫です」

 手を握って励ましてくれるが、さすがに男としてそれはどうかと悩んでしまう。


「甘いですな殿下。お二人はよいでしょうが、ほかの者たちはどう受け取るでしょうなッ! ラスティを殿下のそしるでしょう。それだけならばよいのですが、最悪、殿下をたぶらかしていると思われますぞ」


「ツェリ、ヒモとはなんでしょう」


「その発言こそがヒモなのだ。少しは自覚して頂きたい。そもそも殿下は世間のことを知らなすぎる。いいですか、伴侶というものは…………」


 狡猾が火を噴いた。ツェリは、俺の青炎など敵ではないとばかりにまくし立てる。


 OK、負けを認めよう。潔くこの場は手を引いてやる!


 そもそもティーレに、いかがわしいことは一切していない。ガンダラクシャまでの関係だ。別れるには惜しい美女だが、王族という厄介要素は手に余る。そりゃね、俺だって一山あててみたいよ。でもさ、さすがに王族は無理だって、住む世界がちがいすぎるし。


 降伏の白旗を掲げようとしたら、ティーレがとんでもないことを口走った。

「問題ありません、夫はヒモではありませんから。医術も心得ていますし、料理の才能も素晴らしい方です。実に多彩な才能をお持ちで、きっとすぐにでもホランド商会をこえる大商人になれるでしょう。ねぇ、あなた様」


 ハードルどころではない。次元跳躍ワープレベルの無茶振りだ。


「…………」


「自信を持ってください。旅をともにした私が言うのです。大丈夫です」

 可愛い顔してトドメ刺しにきたよ……。泣きそうになった。ブラックホールがあったら飛び込みたい。


 信じてくれるのはすごく嬉しい。だけど俺には無理だ。こんな豪邸建てられるほど稼げないって。


「ティレシミール王女殿下がそこまで言うのなら、その才を証明してもらおう。殿下の婿に相応しいか結婚適性を試す。遣いの者がカリンドゥラ殿下からの返書を持ち帰るまでに成果を出せ」


「あのう、その結婚適性で成果を…………」


 成果を出せなかったらと言い切る前に、ツェリが言葉をかぶせてくる。


「成果を出せたのならば、私がカリンドゥラ王女殿下に口添えしてやる。どうだ、悪い話ではないと思うが」


「そうじゃなくて、成果を……」


「すまなかった。結婚適性の試験内容――達成目標を教えていなかったな。私が資金を提供する。その価値を一〇倍にすればいい」


 人の言葉をさえぎり、ガンガン話を進めていく。なんという豪腕女だろう。絶対この人結婚できないタイプだぞ。でもまあ、話くらいは聞いておこう。


「期間は……」


「そうだな。書簡をしたためるので、遣いの出立はその後だな。カヴァロまで往復が三月を越えるくらいだから、およそ三月半といったところか」


「その勝負受けて立ちましょう」

 俺ではなく、ティーレが宣言した。当事者の意見は完全に無視されている。


「わかった。ではすぐにでも資金を届けさせる。三月半後を楽しみにしているぞ、ラスティ殿」


 言質げんちをとったとばかりに笑みを浮かべると、ツェリはティーレを伴って広間を出て行った。


 二人が消えると、ロイさんがぼそりと言う。

「大変なことになりましたね、ラスティさん」


「ええ、本当に、胃に穴が空きそうですよ」


「よい薬があります、つかいますか?」


「御言葉に甘えて」


 ロイさんから頂いた胃薬はとても苦かった。


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