第28話 結婚適性試験①●



 椅子から転げ落ちたロイさんだが、立ちあがりもせず膝をつき、

「ご無礼をお許しください! ティレシミール####」


 一体どうしたんだ? それにティレシミールって、ティーレのことか? 翻訳が完璧じゃないので理解に苦しむ。


「かまいません。いまの私はラスティ・スレイドの妻なのですから」


「ラスティさ……、いや、ラスティ様はもしかして##の守護騎士様なのですか?」


「守護騎士ってなんですか?」


「で、では、ティレシミール####とラスティさんの関係は?」


「先ほど話したように夫婦です」


 話が全然見えない。


「ちょっと待ってくれ。ロイさん、ティーレは貴族のご令嬢で合っているんだよな」


「貴族! とんでもないティレシミール####は正真正銘の##です!」


 内容から察するに貴族よりも上のようだ。となると……。


「王族」


 ようやく立ちあがったロイさんは拍子抜けしたような顔で、


「ラスティさん、もしかして知らなかったのですか」


 深窓の令嬢然とした立ち居振る舞いから、ティーレが良家のお嬢様だとは思っていたが。


「高貴な人だとは思っていたけど、まさか王族とはね。ははは……。てことはノルテさんは将軍?」


「ノルテ様はその上の##です」


「だとすると大将軍か元帥」


「あなた様、我が国に大将軍は存在しません。ノルテはこの国に一〇人しかいない元帥の一人です」


 なんというか、頭のなかがまっ白だ。


「一つ聞いてもいいかな」


「なんでしょう、あなた様」


「俺、不敬罪で首が飛ぶってことはないよな」


「安心してください。


 やんわりと断言するティーレを見て、士官学校時代の教官の言葉を思い出す。

 結婚は人生の墓場だ。


 貴族令嬢ならば、ワンチャン有りとだと思っていたけど、王族じゃ無理だ。

 夫婦であることを訂正すべきか? いや、やめておこう。ティーレに、袖にされたと受け取られかねない。

 もし、そうなったら……。


 相手は王族だ。面子がある。最悪の未来が予想される。

 怒り狂って俺の命を付け狙うのだろうか? それとも無理心中を強要してくるのだろうか? どちらに転んでも待ち構えているのは墓場だ。

 よしんば許してくれたとしても、周りの家臣が許してくれないだろう。そもそも王族と庶民の結婚なんて、スキャンダルにしかならない。間違いなく消されるだろう。俺だったらそうする。


 身分の差がありすぎる。たとえ当事者同士が納得していても周りが許さないだろう。

 帝国でも似たようなスキャンダルがあったな。あの事件ではたしか侯爵令嬢と関係をもった宙民(コロニー育ち)が殺されたっけ。同じ貴族社会、名誉・家名を守るために似たようなことをするはずだ。

 貴族でこれなのだから、王族となるとさらに凄まじいことになるだろう。名誉や家名どころの騒ぎではない、国の威信がかかっているのだ。俺が消される可能性は高い。限りなくMAXだ。


 いかん、胃がキリキリと痛む。


【フェムト、痛みを抑えてくれ】


――無理です。その現象はストレスからくるものなので、ナノマシンではどうにもできません。諦めてください――


「ロイさん、ここでの話は内密にお願いします」


「当然ですよラスティさん、もし私の口から漏れたのが知れたら…………」

 ロイさんが首を縮めて身震いした。

「…………間違いなく口封じに殺されます。商会は取り潰し、残された家族は路頭に迷うでしょう」


「ですよねー」


 俺とロイさんの会話を聞いて、事の重大さを知ったロイド少年の顔は青ざめていた。

 示し合わせたわけではないが、俺たち三人の視線は優雅に紅茶を飲むティーレに注がれている。


「案ずることはありません。ホランド商会では何も起きなかった。私が身分を隠していたと言えば、それでまかり通るでしょう」


「そ、そういうものなのか?」


「そういうものなのですよ、あなた様。それと話は変わりますが、ロイ・ホランド」


 ティーレの言葉遣いが急に変わった。旅では「さん」付けだったのに、呼び捨てだ。


「はっ、なんでございましょう」


「バロック平原での会戦のあと、我が国はどうなったのでしょうか? ほかの元帥は? 道中、王都が落ちたと耳にしました」


 会戦? そういえばティーレが追われている理由を聞いていない。このバロック平原での会戦ってのが関わっているのか?

 いかに優れたAIでも、見知らぬ過去のことまではわからない。ここは黙って聞いておこう。

 話に耳を傾ける。


「長い話になりますが、よろしいでしょうか」


「かまいません」


「ロイド、盗み聞きされないように外を見張ってなさい」


「畏まりました」


 ロイド少年が部屋を出ていって、ドアが閉まる。ロイさんが話し始めようと口を開いたところで、閉まったばかりのドアがノックされた。


「来客なら帰ってもらいなさ……!」


 言い切る前に、ドアが開かれた。

 有無を言わせず長い灰髪の人物が、ずずいと部屋に入ってくる。軍装らしきピシッと身なりの女性だ。ピンと襟を立たせて、ズボンを穿いている。いわゆる男装の麗人というやつだろう。


 ロイさんは目を見張って、広間に入ってきた男装の麗人を凝視している。


 癖のある灰髪と頬に走る傷が印象的な男装の麗人。眼光は鋭く、近寄りがたい雰囲気を醸し出している。鎧の類は着ていないが、腰に吊した剣と毅然とした足運びからして軍人だろう。となると頬に走る傷は、名誉の負傷か?

 その後ろに、執事のジョドーが続く。


「これはこれは、アルハンドラ元帥閣下。わざわざ足を運ばれるとは、急を要する商談でしょうか」


「商談ではない。おまえたちが出会ったという旅の者が気になって来たのだ。まさかティレシミール王女殿下がいるとはな。嬉しい誤算だ」


「ツェリ元帥、臣下の礼を忘れていますよ」


「硬いことを言うな。ロイ・ホランドも楽にしているではないか」


「…………」


 心なしか、ティーレが目を逸らしているような……。ツェリという女性が苦手なのだろう、彼女には珍しくは唇を横一文字に引き結んでいる。


 不遜ふそんな女元帥は、勧められてもいないのに空いている席に座った。慎み深さはなく、粗野な男のようにドカリと椅子に座る。

 しかし、王族相手に砕けた口調で会話するツェリの態度が引っかかる。ノルテさんでもティーレには敬語をつかっていたはずのに。元帥にも序列があるのか?


 引き合いに出されたロイさんは、申し訳なさそうに身を縮めている。俺も見習わないといけないのだろうか?

 しばし逡巡しゅんじゅんしたが、いまさらなので気楽に構えた。


「そこの男、貴様は何者だ? 態度から察するに騎士とは思えん。剣をいているところを見ると、魔術師でもないようだ。ここまで護衛を務めてきたのだから信頼できる男なのだろう。しかし、いまのガンダラクシャは非常にあやうい状態だ。事と次第によっては拘束させてもらう。それが王女殿下の側仕えであってもだ。それを踏まえて答えてもらおう」


「俺は…………」


 言葉に詰まっていると、トレイを手にしたロイド少年が入ってきた。


 ツェリの前に黒い液体の入ったカップと葉巻、灰皿が用意される。

 もしやコーヒーか! 過酷な軍務で荒んだ心を慰めてくれるあの苦い飲み物が好きだ。俺は大のコーヒー党なのだ。

 しかし文明が未発達なこの惑星で再会できるとは。


「ほう、これが気になるか」


 無意識のうちに身を乗り出していたようだ。うっかりミスだ。


「彼にも同じ物を」


「畏まりました」


 軽く上体を傾け頭を下げると、ロイド少年はまた出ていった。ロイさんところの従業員を顎でこきつかう様は元帥というより女帝だ。


「さて、一服する前に、まずはその剣の経緯を聞こう。単刀直入に聞くノルテ元帥は死んだのか」


「ノルテさ……元帥はティー……王女殿下を守って名誉の戦死を遂げました」


「名誉の戦死か……それで、ノルテ元帥からその剣と殿下を託されたと」


「はい」


「どのようにことづかった」


「王女殿下を護衛しガンダラクシャの門番に元帥の名前を出すように言われました。その先もあったかもしれませんが、すべてを言い切る前に元帥は……」


「なるほど、わかった。おそらく、この大呪界の交易都市ガンダラクシャか北の古都カヴァロで殿下を迎えるつもりだったのだろう。ここより北、魔山デビルマウンテンを越えることを考えていたのならば、無理だな。あそこへ行くには大呪界を通らねばならない。最近になってあそこに棲む魔物が活発化している。危険だ」


 古都カヴァロに魔山、新しい単語が出てきた。まあ、ツェリが無理だと言っているのだから、旅の終着点はここなんだよな。肝心なのは、これからティーレがどうなるかだ。


「それでティー……王女殿下はこれからどうなるんですか?」


「貴様の知るところではない」


 強引に質問を打ち切るツェリ。

 その態度を見かねたのか、ティーレがわざとらしい咳をする。


「殿下、何か気に障ることでも?」


「ラスティ・スレイドは私の恩人です。私を送り届けてくれた彼には知る権利があります」


 ティーレの言葉に、ツェリは唇を引き結び、不快そうにそれを波打たせた。


「カヴァロで指揮を執っているカリンドゥラ王女殿下に指示を仰ぐ」


 不服そうな元帥様のご説明は、なんとも要領を得ないものだった。

 先ほどまで饒舌だったがゆえに、態度のちがいが気になる。喋りたくないのか、わからないのか、微妙なところだ。


「俺が聞きたいのはそうではなくて、これから〝てぃれしみーる〟王女殿下はどうなるんですか?」


 呼び慣れない名前を間違わずに言えた。


「新王陛下を補佐してもらう。陛下はまだ一四歳、経験不足は否めない。貴族どもに取り込まれる前に、王族で守りを固めたいのだろう」


 こういうドロドロしたところも帝国的だなぁ。呆れ半分、驚き半分で次の質問を考える。そうしている間に、ロイドが戻ってきた。


 ツェリと同じように黒い液体の入ったカップと葉巻、灰皿を俺の前に並べる。


「話は長い。まずは一服だ」


 ツェリは人さし指に魔法の炎を灯し、それで葉巻に火をつけた。魔法がつかえるとアピールしているのだろう。煙をくゆらせながら、薄笑いを浮かべている。

 椅子に仰け反り、見下すような目だ。どうやら挑発しているらしい。


 シガーについては軍の上官から話は聞いている。フィルターの有無で肺に入れるか入れないかが決まっていたはず。たしかフィルター無しが肺に入れないやつだ。


 葉巻を確認する。フィルターらしき物はついていない。肺喫煙しないタイプのタバコだ。これならせて恥をかくことはない。


 勝負を受けて立つことにした。


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