第27話 ガンダラクシャ②●



 しばらく待っていると、馬車がやってきた。

 金で縁取られた光沢のある黒塗りの馬車は、素人目にもわかる高級品だ。

 待っている間にいくつか馬車を見てきたけど、この馬車は別格だ。安っぽい木目の馬車が一般的なようだが、黒塗りの馬車は群を抜いて目立っている。まさにVMヴァーチャル・ムービーで見た中世貴族の馬車にそっくりだった。 


 地球旅行のツアーにも豪華な馬車に乗るイベントがある。たった三〇分乗るだけで五万ダラスも取られたはず。コロニー育ちの俺からすれば、一万ダラスで乗る、コロニー間を移動する客船でも贅沢だ。

 一〇〇ダラスで小銅貨一枚の価値だから、五万ダラスは小銀貨五枚だ。


 その馬車からロイドがひょっこり顔を出す。驚いた。ロイさんは、こんな高級な乗り物を所有しているのか!

 いまさらながらに、とんでもない人を助けたと知る。


「旦那様、お待たせしました」


「すまないねロイド。ささ、お二人とも馬車に乗ってください。屋敷までお送りします」


 屋敷……。馬車でこれなのだ、屋敷はさらにすごそうだ。いかん、金銭感覚が麻痺しそうだ。


 馬車の扉がひらくと、地球ツアーのそれにはなかった赤い敷物しきものが……。高級地球ツアー超えかよっ!


 恐ろしくて足のすくむ俺を、ティーレが追い越していった。途中で、ちらりと振り返る。どうやら手本を見せてくれているらしい。乗り方くらいは知ってるんだけどね……。

 金銭感覚だけでなく、プライドも麻痺しそうだ。


 覚悟を決めて馬車に乗る。

 座席もフカフカだった。


「あのう、ロイさんはどのようなあきないをしているんですか?」


「手広くやってます」

 ぼやけた説明だ。商人風というやつなのだろうか?


 人生初の馬車で外の景色を眺める余裕はなく、ただただ振動の激しい馬車内で足下の赤絨毯を見つめていた。


 ロイさんの屋敷につくまで三〇分かかった。

 五万か、五万ダラスコースなのか! 無料なのにビクついてしまう自分が悲しい。


 ワイルドな揺れが治まって、馬車からおりる。


 ここもまた予想を越えていた。

 豪邸の高さこそ三階建てとコロニーの高層都市に比べて低かった。しかし、敷地は驚くほど広い。考えるのが馬鹿らしくなるほどだ。


 ティーレもさぞかし驚いているだろうと思っていたのだが、彼女は澄ました顔をしている。

 嘘だろ、おい! ここ驚くところだよな、なッ!


 こんなときに限ってAIが無駄に気を利かせる。

――ティーレに感情の揺れは見られません。驚いていないようです――


 一人だけ固まっていると、ロイド少年が鈴を鳴らした。それを合図に屋敷から使用人らしき男たちがそろそろ出てきた。脇目も振らずに、ロイさんと俺の荷物を運んでいく。


「まずは旅の汚れを落としてください」


 ロイド少年が大人な対応で案内してくれたのは浴場だ。


「ちょっと荷物から出してきたい物があるんだけどいいかな」


「畏まりました」


 ロイド少年が鈴を鳴らすと、今度は荷物を持っていったのとは別の召し使いがあらわれた。

 もう驚くまい。


 俺は荷物を受け取ると擬態用ペイントを落とす溶剤とボディーソープをとりだして、それらをティーレに手渡した。


「こっちがペイントを落とす薬で、こっちが身体を洗う用だ」


「わかりました」


 夫婦という体だが、風呂は別々に頂いた。混浴も可能だったが、それは紳士として許されぬ行為ッ! ッ!!

 いかがわしい欲望を抑え込んで、俺は一人で風呂に入ったさ。


 さっぱりすると今度は広間に通された。

 戦艦の艦橋くらいの広さだ。地球の面積単位――じょうでいうところの五〇畳はある。

 十人がけの大きなテーブルや、ソファーに書棚、バーカウンターまで備え付けてある。パンフレットで見た最高級惑星ツアーの宴会場でもここまで広くない。

 なんたるブルジョア、なんたるセレブッ! この惑星で成功したらこんな豪勢な暮らしができるのかッ!

 興奮がおさまらない。


 背後から声が湧く。

「旦那様はもうしばらく時間がかかりますので、どうぞ楽にしてお待ちください」


 ひっ! いきなり声をかけないでくれ、心臓が飛び出るかと思ったぞ。


 ちぢこまって椅子に座る。


 さすがのティーレも驚いているようで、フードを目深に被っている。

 その姿を見て、ちょっと安心した。


 フードをごそごそするティーレ。彼女から振り向いてしまうようないい香りがした。ティーレに渡したのは普通のボディーソープなのに、なんでこんなにかぐわしい香りを放っているのだろう。そういえば宇宙軍の受付嬢もいい香りがしていたな。女性という生き物は不思議だ。

 グッドマンも似たようなことを言ってたっけ。同じ香水をふっても、女性のほうがいい香りがするって。それと同じ現象なのか?

 それにしてもアイツ、今頃どうしてるんだろうな。生きてりゃいいけど。


 連合宇宙軍の仲間のことを気にかけていると、ロイさんがやってきた。


 妄想の世界を閉じ、現実に意識を戻す。


「お待たせしました。久々の我が家なので、ついくつろいでしまいました。申しわけありません」


「いえ、こちらこそ立派な風呂をご馳走になりました」


「そうですか、それはよかった。ところでラスティさん、謝礼なのですが…………カレンさん、フードを脱がれては? 春とはいえお暑いでしょうに」


「おかまいなく」


 そっけなく返すティーレ。さすがにロイさんにその態度は悪いと思い、一言。


「ロイさんも、ああ言ってることだし、フードを脱いだら」


「あなた様がそう仰るのなら……」

 ティーレがフードを脱ぐ。


 とたんに、ロイさんが椅子から転げ落ちた。


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