第24話 旅の終わり②● 改訂2024/06/15



 医療キットから皮膚・筋繊維用の治療スプレーをとりだす。吹きつけるだけで傷を塞げる、消毒も兼ねたスプレーだ。

 傷口をよく見えるよう洗ってから、清潔な布で汚れを拭き取る。そこへスプレーを吹きかけて、皮膚・筋繊維培養作用のある泡で傷口を塞ぐ。しばらくすると適度に硬化し、ゴムのような感触になった。


 泡が剥がれないように注意しながら包帯を巻いて、少女に赤い錠剤を飲ませる。造血剤だ。


「背中を触らないように注意してください。せっかく塞いだ傷が開きます。完治すると、傷を塞いでいる泡が勝手に剥がれますから。それまで触らないようにしてください。いいですね」


「はい、ありがとうございます」


「よろしければほかの者も診てくれませんか」


「命に別状のない軽傷者はご遠慮願います。この薬は値が張るので……」


「わかりました。ではあともう一人だけ。ジョドー、連れてきなさい」


「よろしいのですか旦那様」


「ああ、かまわない。長年仕えてきた大切な執事の家族だ。それくらいは安い買い物だよ」


「ありうがとうございます」


 初老の執事は深々と礼をすると、子供を連れてきた。

 こちらは男の子だ。

 腕に巻かれた包帯は赤黒く、指の先まで血の伝った跡がある。出血は止まっているようだが、顔色は悪い。


 包帯を解いて傷を診る。

 傷はそれほど大きくない。たぶん刺し傷だろう。


「それで傷を診ます」


 男の子の腕に触る。


【フェムト、電磁スキャンだ】


――電磁スキャン開始…………30%……60%………………100%。スキャン終了。治療箇所は皮膚と筋繊維、それに腱ですね――


【神経は? 骨は大丈夫なのか?】


――どちらも錠剤で対応できます。腱の治療以外は、さきほどと同じよいでしょう。追加で造血剤、および神経修復剤を投与してください――


【それで腱の治療ってどうするんだ】


――器具を使用します。手術方法はそのつど指示しますので、安心して手術に集中してください――


【えっ、俺、手術なんてやったことないぞ!】


――安心してください。第七世代がいかに有能か、実例をもって証明しましょう――


 宇宙軍時代だと、こういった場合は衛生兵や医療兵に頼んでたけど……。重傷者用の細胞培養槽も無いし、手術しかないのか。


 こういう原始的な手術は初めてだ。俺は医療兵ではないし、医療に関する知識データも持ち合わせていない。かといってAI用のデータなんて読み込めないしなぁ。


 ほかに方法もないので、フェムトの指示に従って手術を開始した。


 まずは無針注射器で麻酔を打って、少年を眠らせる。腕を切開して、腱を無理やりくっつけて医療器具で固定して終了。

 かなりの荒治療になった。見守っているジョドーさんとロイさんは拳を強く握り、我がことのように手術を見守っている。


 最後に赤と緑の錠剤を男の子に飲ませる。


「手術は無事に終わりました」


「お医者様、ありがとうございます。本当に、本当にありがとうございます」


「お医者様、これで足りればよろしいのですが」


 ジョドーと呼ばれた執事は感謝に涙して、ロイさんは重そうな革袋を差し出してきた。


「俺たちが向かっているのもガンダラクシャなので、治療費は完治を見届けてからで結構」


「なんと! ですがよろしいのですか。貴重なお薬だと言っておられましたが」


「いくら貴重な薬でも、人を治せないのであれば意味はありません。ですから治療代は完治してからで結構です」


「わかりました。お礼はガンダラクシャについてから、改めてお渡しします」


「そうですね。その頃には完治していると思うので、いい頃合いです」


「この辺りは魔物も多いことですし、差し支えなければご一緒しませんか? 護衛に雇った冒険者もいますし、最低限の安全は確保できるかと思います。それに、お連れの方の手助けもできるかと」


 ガーキに酷い目に遭ったのに、ティーレを気遣ってくれている。そんな余裕はないはずだが、申し出だけでもありがたい。


 断ってもいいが、ガーキのせいで予定が大幅に遅れた。そのせいで手持ちの食料が厳しい。片腕のティーレに負担を強いるのも考えものだ。ガンダラクシャの情報もほしいし……。


「そうですね。ではお言葉に甘えて」


「ありがとうございます」


 礼を言うのはこっちなのにロイさんは丁寧にお辞儀してくれた。

 商人はあくどいイメージがあったが、ロイさんはいい人らしい。


 しかし現実的に考えてみれば、二人で六人の護衛は難しいだろう。冒険者というのは、護衛の専門家だろうか? 言葉からして探検家のように思えるが……。


「俺は戦えますので、彼女のことをお願いします」


「そんな命の恩人に護衛だなんて!」


「いいんですよ」


「そ、そうですか」


 護衛という形で商隊に加わることになった。ロイさんは酷く困った様子だったが、食料を分けてもらえるのだ。これくらいの恩返しはしないと。


 あらためて商隊の自己紹介をしてもらった。

 ホランド商会の会長ロイと、その孫娘メアリ。執事のジョドーと、その息子ロイド。ホランド商会の従業員シンとロン。冒険者をしている剣士スパイクと、相棒の重戦士ウーガン。非戦闘員六名と戦闘員二名。それに俺たちが加わる。


 川での食事をすませると、休憩もそこそこに旅を再開した。


 護衛をしている二人が声をかけてくる。

「あんたすげぇな。医者なんだって」


 顎髭を生やした陽気な男がスパイクで、寡黙なモヒカン刈りの色黒マッチョがウーガン。

 本来は三人組のパーティだったらしいが、仲間の一人がガーキに殺されたらしい。


 あのガーキとかいう盗賊貴族、本当に最低な男だな。よくあんなのが貴族になれたな……。


 不思議に思っていると、スパイクが見透かしたかのように情報をくれた。

「あのガーキって子爵な。裏で相当悪事を働いているらしいぜ。そんで悪事を働いて貯めた金で爵位を買ったんだってよ」


 貴族社会における爵位の序列は知っているつもりだ。帝国でも買爵行為は行われている。噂によると、貴族になるには最低でも旧式のBB1級戦艦が買えるほどの金が必要だとか。民間の宇宙船一隻でも個人購入はハードルが高いのに、BB1級戦艦となると……。

 金銭感覚が宇宙のそれとはちがうだろうが、この惑星でも貴族の希少性は高いはず。


「よく一人でそんな金貯められたな」


「俺もそう思ったさ。でもよ、ガーキの奴、こともあろうに前任の領主様を手にかけたらしいぜ。だから爵位なんて法外な値段の買い物ができたのさ」


「それだけか?」


「それ以外にもあるぜ。商人一家を皆殺しにして財産を奪ったとか、貴族になる前に仲間を全員殺して分け前を奪ったとか。噂にゃ事欠かねぇワルさ」


「そんな男がよく領主になれたな」


「なんでも宰相様にコレを送ったって話だぜ」

 スパイクは指で輪っかをつくった。


「ガーキもガーキだけど、宰相も宰相だな。そろってクズとか絶対に駄目なやつだろう」


「それをやってのけるのがガーキさ。なんでも暗殺###にコネがあるらしいからな」

 また翻訳できない単語がでてきた。サンプリングのため、話を広げる。


「なんだい、その暗殺ナントカって」


「兄ちゃん知らねーのか。まあ普通は###っていえば、冒険者###や商業###だけどな。裏社会にはあるんだよ、暗殺###ってのがな。ま、存在していないって体の組織だからな、国も手が出せないんだと」


「噂が本当なら宰相も繋がってたんじゃないのか?」


「ありえる話だから、笑えねぇぜ。宰相様の肩を持つ気はねぇけどよ、そこまでの悪事は働けないともうぜ。噂じゃ、宰相様は小心者らしいからな。せいぜい金持ちに難癖つけて金をせびるくらいだな。ま、その宰相もいまはあの世だ」


 金持ちに難癖つける時点で小心者とは思えないが……。とりあえず、この国は宰相からして腐っているので間違いなさそうだ。


 ガンダラクシャの話を聞きたかったのだが、言語データベースのサンプリングのせいで王都の話になってしまった。

 いずれ王都に行くつもりなので、仕入れた情報を保存しておいた。

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