第25話 旅の終わり③● 改訂2024/06/07、15



 スパイクたちとくだらないおしゃべりをしていたら、魔物と遭遇した。


 輝く翼を持った巨大なイノシシだ。

 それなりに距離があるのに、敵意剥き出しで鼻を鳴らしている。ひづめで地面を掻いていて、いまにも襲いかかってきそうだ。


切り裂き猪スラッシュボアだ。気をつけろよラスティ。ガンダラクシャに近づくにつれて凶暴な魔物が増えてくるぞ」


「あの魔物って飛ぶのか?」


「……飛ばない。その代わり斬る! 横に立つな」


 珍しく寡黙なウーガンが言葉を発した。普通に喋れるじゃん。

 スパイクが剣を抜き、ウーガンが巨大なハンマーを構える。

 俺も護衛として雇われているので、応戦しよう。前衛役の冒険者もいることだし、ここで魔法の実戦経験を積もう。


【フェムト、〈火球ファイヤーボール〉だ】


――了解しました。〈火球〉スタンバイ…………OK――


 ティーレみたいに詠唱が必要なのだろうが、面倒臭いので手順をすっ飛ばして発動させる。


 人の頭ほどもある火の球が切り裂き猪の頭に直撃した。


「やったか!」


「やるなラスティ。だが気を抜くのはまだはやいぞ! 切り裂き猪はあの程度じゃくたばらねぇ!」


 炎が消えると、切り裂き猪が突進してきた。

 あの程度の火球では、あまりダメージを与えられないようだ。


 今度は〈氷槍アイシクルランス〉を試す。


「ブヒィッ!」


 中空に浮く氷の塊を見てヤバいと思ったのか、切り裂き猪はわずかに進路を変えた。氷の槍を紙一重で躱す。

 俺の戦った魔狼といい、魔物は野生の獣より賢いらしい。なるほど厄介なはずだ。


「ラスティ、足を狙え」


 スパイクのアドバイスに従い、猪モドキの足下を狙う。


「〈凍土グランドフリーズ〉」

 大地を凍らせる。


 直接的な攻撃力はないが、凍りついた地面に猪モドキは足を滑らせた。巨体が倒れると同時に森が揺れた。

 そのチャンスを冒険者二人が見逃すはずもなく、スパイクはがら空きの土手っ腹に剣を突き立て、ウーガンは猪モドキの頭に渾身の一撃をお見舞いした。


 それが決定打になって戦闘は終了。


 スパイクが切れ味の良さそうな短剣で、猪モドキにとどめを刺す。


「よーし、さばくぞ」


 どうやらこの猪モドキは食えるらしい。この惑星では豚肉にあたる食材だという。


 地球食のヤキニクを思い出す。ただ肉を焼いてタレをつけて食べるだけの料理だが、これが驚くほど美味い。王道は牛肉だが、起源は豚肉らしく、豚のヤキニクもそこそこ人気がある。特にタン。柑橘類の汁と塩コショウといったシンプルな味付けだが、独特の歯ごたえとゴマ油の芳醇な味はなんともいえない。思い出すだけでもよだれが出てくる。


 タレを再現するのは難しそうだが、塩コショウなら手持ちにある。

 タン塩にチャレンジしてみよう。


 まずは素材回収を手伝わねば。

 ウーガンが猪もどきの翼をもぎ取っていたので、俺は皮を処理しようと手を出したら、


「皮はいらないぞ。粗悪な毛皮にしかならないからな、たいした値段にはならないんだ」


「この翼みたいな奴のほうが高いのか?」


「ああ、鍛冶屋が高く買い取ってくれる」


 サンプル採集の一環で、翼をスキャンする。もちろん、バレないように注意して触れる。

 スキャナーの光学スキャンは目立つので、ナノマシンをつかう電磁式スキャンに切り替えた。


 驚いたとこに翼は金属でできていた。大量の金属を生成する動物なんて聞いたことも見たこともない。新発見だ。


【フェムト、映像を録画しろ。この猪は新発見だぞ!】


――戦闘前から録画しています――


 スキャンデータの詳細を見ると、あの輝く翼は真鍮に近い金属だとわかった。


「おい、ラスティも手伝ってくれ」


「すまない。初めての魔物だったんで、気になってしらべていた」


「ってことはガンダラクシャへ行くのは初めてなのか」


「ああ、ちょっと用事があってね」


「まあいい、あとで色々と教えてやるから、まずはこのデカブツの始末を手伝ってくれ。俺とウーガンだけじゃ手に負えねぇ」


「わかった」


 三人で猪モドキを解体する。

 まずは血を抜いて、皮を剥いで、肉を切り分ける。

 かなりの皮が取れたが、いらないというので捨てた。翼の回収作業を手伝う。

 持ち運ぶ際、怪我をしないよう鋭い刃の部分をハンマーで折る。

 単純な作業だが、ガタイが大きい分、翼も大きい。手間がかかった。

 それが終わると今度は肉の選別だ。

 無駄な脂をそぎ落とし、食べられる部分を確保する。大量に余ったが、食べきれないので放置した。


 スパイクが頭の部分を蹴り飛ばそうとしたので、俺は待ったをかけた。


「なんだ、おまえ頭も食うつもりか? やめとけ、骨ばっかりだぞ」


「いや、俺がほしいのは舌だ」


「ラスティ。おまえ、あんなもんを食うのか!」


 驚いたことに、この惑星では内蔵や頭部を食べる習慣がないという。

 俺はタンの歯ごたえある食感が好きだ。

 せっかくなので、タンの素晴らしさを布教することにした。


 猪モドキの頭から舌を切り取ると、ぬめりを取ってザラザラした外側を剥いた。血抜きをすませて、薄切りにする。


 珍しいのか、ロイさんが覗きこんできた。


「本当に食べられるのですか?」


「歯ごたえがあって美味しいですよ。そうだ、ロイさんは商いをやっているんですよね。砂粒みたいな実から絞った油とか持ってないでしょうか?」


「マーゴ油……ですか」


「ちょっと味見させてくれませんか、肉料理の味付けにつかいたいんで」


「かまいませんよ。ほかに気になる調味料があれば試してください」


 人助けはするものだ。おかげで調査が楽になった。

 ロイさん一行の持っている調味料をスキャンする。

 オリーブ、エゴマ、ゴマと地球料理につかわれる植物油をいくつか発見した。


「あれっ、臭いがするのにアレがない」


「アレとは?」


「こういう形の野菜ですよ」


 ガーリックの形を地面に書く。


「ああ、ニンニキですか。あれは獣除けにつかっています。魔狼はニンニキの臭いを嫌がるので、旅に出るときは必ず持ち歩いているんですよ。ですが食べられるのですか? 辛くて匂いがキツいと聞いていますが……」


「さすがに大量には食べませんよ」


「そうですな、ハハハ……」


 ちょっと引いているようだったが、ロイさんは懐からちいさな布袋をとりだした。縛っている口を開くと、叩き潰したガーリックが見える。

 ガーリック特有のツンと鼻につく匂いがした。なるほど、この匂いを獣が嫌うのか……。思いがけない発見だ。調査記録に加えておこう。


「潰してない塊を半玉分ほどもらえませんか」


「いいですよ。いつも多めに用意しているので、どうぞおつかいください」


「ありがとうございます」


 調味料とガーリックをいただいたのでさっそく調理にとりかかる。

 まずは今回の主役の塩ダレだ。すりつぶしたガーリックにゴマ油、塩で味をととのえる。まずは一口。ゴマ油の風味とコクが口いっぱいに広がる。ガーリックも負けていない。ゴマ油の芳醇な香りと、ガーリックのパンチが効いている。本音をいうと、ネギがほしかったのだが、これはこれでアリだ。


 次は、猪モドキのスライスタンに塩コショウをまぶす。道中で採取した柑橘の実があるので、食べるときに絞ろう。


 準備が終わると、調理に移った。

 スライスした肉を炙り、塩だれをつけて食べる。間違いない美味さだ!

 タン塩も素晴らしく、噛みしめるたびに肉のうま味が広がる。新鮮なおかげで豚肉独特の臭みはなく、柑橘のさわやかな香りが心地良い。俺が求めていたのはこれだよ!


 ライスがほしくなる黒いタレがないのは残念だが、なかなかの再現度だった。


 タン塩の余韻に浸っていると、複数の視線を感じた。

 いつの間にか、みんなが俺を凝視している。


「あの、俺の顔に何かついてますか?」


「あまりにも美味しそうでしたので」


 ジョドーさんは、そういうと味見を所望してきた。

 みんなの分も用意してあるので、快く振る舞う。さあ、ヤキニクの魅力に取り憑かれるがいい!

 すりつぶしたニンニキを和えた肉を塩味で焼く。


「おほっ、まさかあのニンニキがこんな味に化けるとは!」


 相好をほころばすロイさんの横で、メアリちゃんが無言でヤキニクを頬張っている。ロイド少年もメアリちゃんに負けじと食べている。

 重傷だった二人が、モリモリ食べている。これだけ食欲があれば傷もすぐに治るだろう。俺がやったのはあくまでも応急処置だ。治る確証がなかったので、二人の食欲にはほっとしている。


「まさか、あの猪野郎の舌がこれほどうめぇとはなぁ。いままで捨ててたのが馬鹿だったぜ」


「……ニンニキ、美味い」


 スパイクはタン塩が気に入ったようで、自前の柑橘の実を搾って、ひたすらタンを焼いている。ウーガンはガテン系らしく、ガーリックの味に目覚めたようだ。エンドレスで肉を処理している。

 聞くまでもない高評価に俺は満足だ。


「あの、あなた様……」

 ティーレが服の裾を引っぱる。


 肝心なことを忘れていた。ティーレの右腕はまだ完治していない。指がつかえないので食事もままならない。

 みんなの前で恥ずかしかったが、ティーレの食事を手伝った。親鳥がヒナにやるように、塩ダレをつけた肉をティーレの口元に持っていく。


「はい、あーん」


「あー……もぐもぐ」


 みんなの視線がこそばゆい。だけど、俺は耐えた! しかし、恥ずかしい。この上なく恥ずかしいッ!


「仲がよろしいのですね」


 ロイさんの言葉に、みんなが笑顔で同意する。


 くっそ、恥ずかしぃ。


 追い打ちをかけるように、ティーレが口を開いた。


「あー……」


 もういい、やけくそだ!


 恥ずかしい目にあったが、ティーレの栄養は規定値以上に補充された。その結果、ガンダラクシャに着く前に、残った指も再生した。


「あなた様、ついに私の指が……!」


 おめでとう、と言う前にティーレに抱きつかれた。それもみんなの見ている前でだ。

 彼女にハグされた現場を目撃されただけでも恥ずかしいのに、みんなから祝いの言葉をもらった。


「怪我が治ってよかったですな」


「おめでとうございます」


「お姉ちゃん、おめでとう!」


「よかったじゃねーか」


「……いいことだ」


 メアリちゃんまでお祝いしてくれて、ティーレは涙ぐんで喜んでいた。

 意外なことにスパイクは涙もろく、我がことのように男泣きしてくれた。

 みんなから祝福されて、ティーレも嬉しそうだ。


 問題があるとすれば俺くらいだろう。

 祝いの言葉をもらってからも、彼女は俺を放してくれなかった。嬉しいが、とてつもなく恥ずかしかった。

 あまりにも恥ずかしいのでその場から逃げ出したかったが、咲き誇る花のように笑みを絶やさないティーレを見て諦めた。


 それから三日後。ガンダラクシャに到着した。


                      〈§1 終わり〉

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