第18話 正しい魔法のつかい方①● 改訂23/12/05 2024/06/15
美味そうな匂いで目が覚めた。
ティーレが寝ているはずの場所が空いている。
彼女が朝食をつくっているのだろうか? いや、ここ数日一緒に旅をしてきたが、彼女が料理をしている姿は見ていない。包丁さえ握っていないのだ。そもそも彼女は箱入り娘、料理なんてできないはずだ。
きっと匂いだけなのだろう。見た目と匂いだけで、味のぼやけた料理。素人にありがちなことだ。
それでも、朝食を用意してくれているのは嬉しい。
「どれ、味見でもして機嫌を損なわれない範囲で手直ししてやろう」
テントを出ようとしたら、フェムトから通信が入った。
――調査に出ていたドローンが帰投しました――
【ちょうどよかった。いまから東のガンダラクシャまでの地図を作成してくれ。範囲は……そうだな。ガンダラクシャまでの街道を軸に周囲三キロで。できるだけ詳しいのをた頼む】
――了解しました。ただちに作業に移ります――
【終了次第。俺たちの周囲を警戒するようにセットしてくれ。それとドローンの兵装だが】
――調査用のドローンには大した兵装は搭載されていません――
【あるだろう。鳥獣や原住民用の兵装が。鎮圧用だが、レーザーの出力を上げれば対人用に転用できる】
――この惑星の原住民に使用するつもりですか?――
【あくまでも防衛用だ。自己防衛に関しての武器使用は帝国法・連邦法に違反していないぞ】
あの狼モドキ――魔狼とやらの相手はもうこりごりだ。あんな猛獣の群れとやりあうなんて、ごめんだ。ガンダラクシャまでこんな命のやりとりが続くと思うとゾッとする。だから安全に力をいれることにした。ドローンのエネルギー消費量は増えるだろうが、そこは目を瞑ろう。命は大事。
――了解しました。ではレーザーとマイクロミサイルをいくつか……スモーク、
【それでいい。ナパームもあるけど、ZOCとやり合うわけじゃないしな。大火災の元だし、極力つかいたくはない。追加でティーレの腕を治療してくれ】
――傷は塞ぎましたが?――
【腕を切り落とされる前の状態に戻してやってくれ】
――では、材料の補充を願います――
【何が必要だ】
――タンパク質、カルシウム、ビタミン、ミネラル、鉄分、脂質……etcetc――
【随分と多いな。腕を再構築するのに鉄分は必要か?】
――造血にかなりの資源をつかいましたので、その補給も兼ねてです――
【なるほどね】
――調達が難しいのであればカットすることもできます――
【何かを削るってことか?】
――いえ、ティーレの胸の脂肪や、
【まて、流用は駄目だ。特に胸は絶対に】
――なぜですか? 腕の再構築を優先させるのであれば、視野に入れも良いと思いますが――
【駄目だ。全宇宙の女性が否定するだろう。それほど女性にとって胸は重要な部分なんだ】
――…………肯定。たしかに豊胸グッズが存在する以上、女性にとって胸は重要なパーツなのでしょう。思慮が足りませんでした――
【わかってくれればいい。わかってくれれば】
――それでは命令を復唱します。ガンダラクシャまでの地図の製作と、個体名:ティーレの腕の再構築――
【頼むぞフェムト。あと今後は個体名とつけるのはやめろ。あまり気乗りしない】
――了解しました。それでは通信を終了します――
万難も排したことだし、朝食としますか。
テントを出る。
焚き火にかけた鍋を、かき混ぜているティーレの後ろ姿が見えた。
おはようの挨拶をするよりも先に、彼女がこっちに振り向く。
「あなた様。お怪我は大丈夫なのですか」
自身の腕のことよりも俺のことを心配してくれるなんて。
駈け寄ってくる彼女は眉を潜めて、本当に心配そうな顔をしていた。優しい娘だ。
心が暖かくなる反面、あのガーキとかいう盗賊貴族への怒りが湧く。
今度会ったらタダじゃすませない。
報復を胸に刻んでから、ティーレに微笑み返す。
「俺はいい。それよりもティーレは大丈夫なのか? ふらついたりしないか?」
腕を切り落とされた際の失血分はナノマシンで造血したものの、どの程度回復したかまで知らない。それに急ピッチの自己修復で熱も出ているはずだ。
俺も軍人に成り立ての頃は、怪我をしたあとよく体調を崩していた。
気丈に振る舞ってはいるが、いまの彼女は本調子ではない。心配をかけまいと無理しているのだろう。
いろいろと栄養が足りないとフェムトから聞いている。貧血になっていなければいいが。
「大丈夫です。軽く運動してみましたが、身体に問題はありません」
健康を誇示するように腕をあげるが、右腕は肘から先が欠如している。
それに気づいた彼女は隠すような素振りを見せた。気にしてるんだ……。そうだよな、年頃の女の子だし。腕の傷を気にしないほうがおかしい。
せめて不安だけでも取り除いてあげたい。
「精霊様の声を聞いたか?」
「精霊様! なんと仰っていたのですか!?」
「無理せず、よく食べて、よく寝たら腕が元通りになるそうだ」
「それは本当ですか!」
「本当だ」
俺の返事を聞くなり、ティーレは残った左手で祈るような仕草をした。
「精霊様、ありがとうございます」
「まずは腹ごしらえだ。大怪我をしたあとで身体はつらいだろうけど、先を急ごう。この森に留まっているのは危険だ」
狼モドキと戦うのはもうこりごりだ。血の臭いを嗅ぎつけて新手が来ないうちに移動しよう。
「はい」
味見をするのを忘れて、ティーレのつくってくれたスープを飲む。
美味い。俺がつくったスープと
【フェムト、おまえ手伝ったな】
――私は何も。彼女の努力の賜物です。良い女性を捕まえましたね――
【…………言い返したいところだが、こればかりはおまえに感謝する。よくやった】
――当然です。こんな芸当、最新のM2でも無理でしょう。第九世代はジョークを理解できません。積み重ねた信頼と実績、それとデータの蓄積量。単位時間あたりの処理能力と容量を除いて、すべて第七世代のほうが上です。そもそも第九世代は…………――
フェムトの小言が始まったので、俺は一方的に通信を切断した。
「どうですか、お味のほうは」
「最高だよ」
「よかった」
ティーレの顔に笑顔が咲いた。
スープとパンだけの質素な朝食だったが、笑顔のおかげで元気は満タンだ。
旅支度を終える頃にはドローンも帰投し、念願の地図が手に入った。
おっと、狼モドキ――魔狼から剣を回収しないと。
群れのボスとおぼしき魔狼の頭から剣を抜く。完全に貫いていたので、抜き取るのは困難かと思われたが、すんなりと剣は抜けた。その拍子に、魔狼の口から上が綺麗に割れた。凄まじい切れ味だ。一財産になると言うだけのことはある。
いい剣をもらった。あの老人からもらった剣に助けられた。ノルテ……いや、今度からは敬意を払ってノルテさんと呼ぼう。
旅を再開する。
狼モドキの群れを避けるべく、東西に延びる街道を跨いで南側の森に入る。
ドローンの作成した地図によると、こちら側には川があるらしい。
返り血やら汗やらで身体がペトペトで不快だ。川に出れば、身体が洗える。それでペトペトともおさらばだ! うまくいけば魚にありつけるかもしれないしな。
ガーキのおかげでかなりの日数をロスした。その分、食料も減っているし、ティーレの腕を治すためにより多くの食料が必要になってくる。なので、現地調達しながら進むことにした。
森の恵みをありがたく頂戴しながら進む。
たまに遭遇する角ウサギや魔狼を蹴散らしながらの旅は順調だった。
魔狼を倒しても腹は膨れないが、角ウサギは料理に化ける。骨ばかりで可食できる部位は限られているものの、新鮮な肝も食べられて鉄分が補充できる。肉は貴重なタンパク源だ。どれも必要な栄養素なので、一日に必要なノルマをすぐに補充できるのはありがたい。
おかげでティーレの腕の再生は順調で、伸びてきた腕を見る彼女の表情は明るい。
問題があるとすれば、彼女に栄養を優先させているせいで、俺の栄養が不足がちになりつつあるくらいだ。最近はウエストが細くなってきたが、ダイエットだと割り切れば苦にならない。
ごく稀に空腹を覚えたが、気合と根性とティーレの笑顔で乗り切った。ガンダラクシャまでの辛抱だ。
空腹を紛らわすべく、ティーレに魔法のことを尋ねた。
「あなた様は魔術師なのですよね。でしたら私が教えるようなことはないと思うのですが」
宇宙軍の士官であることを隠し、ぼかして説明した。
「なるほど。あなた様は####で戦っていたのですね」
また翻訳できない単語が出てきた。気になるが、この惑星の言語データベースが未熟なせいで翻訳できない。
「そ、そうなんだ。だから魔法についての知識がなくてね。それでティーレに聞いたんだ」
フェムトに魔法の解析を任せているが、サンプリング不足で難航している。ちょうどいい機会だ。サンプル数を増やそう。
「実際に魔法をつかってくれないかな」
「わかりました。私のつたない魔法でよろしければ」
ティーレは快く了承してくれると、さっそく魔法をつかってくれた。
瞑想するように瞼を閉じて、なにやら呟く。
「#####の####よ、######を示せ! 〈
ティーレから一メートルほど先に握りこぶし大の炎が出現した。
持続時間には約五秒。
【フェムト、解析できたか?】
――ええ、今回のサンプリングでかなり捗りました――
比較対象が増えて、解析作業はスムーズに進んだ。頼りになる相棒は、もう答えを導き出したらしい。
――エネルギーの流れは捉えました。やはり地球の超能力に近い現象です。木星の神力にも似ています。ただ、出力は桁違いです――
【俺にも真似できそうか?】
――わかりません。この惑星人固有の能力という可能性もあります。その場合は不可能かと――
【検証してみよう。危険性はないよな?】
――大丈夫です。検証は可能ですが、サンプル数が少ないので成功する確率は低いでしょう――
【じゃあ、ほかの魔法もサンプリングすればいいのか?】
――成功の確率はあがります。ですが、ティーレと同じ出力になるとは限りません――
【わかった。引きつづきサンプリングを頼む】
――了解しました――
ティーレに続行を頼む。
次の魔法は〈
「〈火球〉は制御が難しいので、当てるのに慣れが必要です」
「なるほど。ほかにはどんな魔法がつかえるんだ」
「今度は水の魔法を……」
そう言って、ティーレは片手で碗の形をつくる。
「#####〈
手でつくった碗の底から、水が生まれた。
続けて、〈
水で木を倒せるとは凄まじい威力だ。エネルギーに換算するとすごい量だぞ! それにしてはティーレに疲れた様子はないし、エネルギー保存の法則はどうなっているんだ?
ほかにも地面を凍らせる〈
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