第19話 正しい魔法のつかい方②● 改訂2024/06/15



「ティーレはすごいな」


「そんなことはありません。妹は私よりも上手です」


 謙遜けんそんしているようだが、微かに表情が曇っていた。妹さんのほうが魔法の腕は上という話は本当なのだろう。しかし、そのことを隠して偉そうにしないティーレに好感が持てた。


「そうじゃなくて、いつも朝早くから剣の練習をして魔法もつかえるなんてすごいなって。たくさん練習したんだろう」


「あ、ありがとうございます」


 ティーレは指に髪を巻きつけた。照れ隠しするときの癖だ。こういう仕草が可愛い。


「おかげでいい勉強になったよ」


「あなた様のお役に立てて嬉しいです」


 本当にいい娘だ。

 是が非でも彼女の好意に報いたい。


【フェムト、再現できるか?】


――〈発火〉なら可能です、出力に関しては責任を持てませんが、よろしいですか?――


【かまわない。さっそく試してくれ】


 魔法に関する制御をフェムトに任せて、実演してみる。


――まずは超能力のように脳波を制御して、エネルギーの流れをつくります――


 血液の流れだろうか、身体のなかを流れる存在を知覚する。


――体感できましたか。それがエネルギーの流れです――


【血液なのか?】


――血液であり、エネルギーでもあります。循環させることにより、エネルギーが高まります。するとシナプスとアドレナリンの分泌が活発になり、この作用によりエネルギーが一カ所に蓄積されます。必要なエネルギーが溜まると、いよいよ魔法の発動です。疲労、魔力の消費はこれらの過程による副作用です――


【なるほど。で、どうやって魔法を発動させるんだ?】


――わかりません――


【はぁっ?】


 フェムトの返信は自信に溢れていた。一〇〇%の解答を出すように淀みない。だから納得できない。


【おまえ、再現できるって断言したじゃないか!】


―――と前置きしましたが―


【…………それが一番重要じゃないのか?】


――観測したのはあくまでもティーレの体内における変化だけです。魔法の発動に至るトリガーに関しては情報が少なすぎます。脳波が鍵だと思うのですが。こればかりは解析できませんでした。本人から直接聞いてみては?――


【最終的にはな……。それまで頑張ってみる】


 それから何度かチャレンジしたが、結局、魔法はつかえなかった。


 つかえないとわかると、なおさら魔法を習得したくなる。魔法を発現させる直前までの工程は完璧だ。問題はどうやって魔法を発現させるか……。それさえわかれば俺も立派な魔術師になれるのに! ああ、ティーレみたいに炎を出したいッ!


「あなた様、根を詰めてはいけません。本来、魔法は長い勉強と訓練によって習得する技なのですから、一日二日で習得できるものではありません。ゆっくりと覚えていきましょう。大丈夫です、あなた様なら必ず魔法を習得できます」


 荒んだ心に優しさが染みる。ティーレの優しさはそれだけではない。子供をあやすように抱きしめてくれた。これイイ……。


 鼻の下が伸びかけるも、俺は紳士であることを思い出した。


 彼女の抱擁から脱出し、必ず魔法を習得すると約束する。意地になって自ら墓穴を掘った瞬間だ。


「それでこそ、あなた様です」


 ティーレがまばゆい笑みを向けてくる。こうなってしまっては後には引けないのが男という不憫ふびんな生き物。


 それからしばらく魔法の訓練をした。



◇◇◇



 三日ほどたったある日。

 行き詰まった俺は、恥を忍んでティーレに尋ねた。魔法を発現させるコツだ。


 フェムトの仮説がただしいならば、脳波――イメージが鍵になるはず。魔法を発現させる瞬間、一体どのようなことを考えているのだろう?


「魔法を発動させるとき……ですか」


「そう、そのときに何を考えているのか教えてほしい」


「そうですね、魔法を発動させる瞬間のことは、あまり意識していませんでした」


 彼女は形のいい顎に人さし指を添えて、可愛らしく小首を傾げる。


「確認のために、一度魔法をつかってみます」


「原初の青、凍てつく冬の精霊よ、その力を示せ。〈氷槍アイシクルランス〉」


 新魔法だ。詠唱の最中に、ティーレの頭上に氷が生まれる。それは段々と細長く大きくなり、詠唱が終わる頃には丸太のような氷の槍になった。


 手のひらを下に向かって叩くように振り下ろす。その動きに合わせて氷の槍が地面に突き刺さった。


「わかりました。魔法を発現する瞬間、頭のなかで氷の槍が完成したところです」


「詠唱を始めてからのイメージは?」


「氷が固まって、徐々に槍の形になっていく感じでしょうか?」


 注意深く観察した結果、詠唱中はイメージをしているようだった。となると、詠唱中にエネルギーを実体化させていることになる。


【フェムト、体内のエネルギーを循環させるのは詠唱を始める前か、始めてからか?】


――詠唱を始める前です――


 どうやら俺は勘違いしていたらしい。魔法を行使するには、詠唱前に準備が必要だったのだ。


 まずは魔力とやらを蓄積して、詠唱しながらイメージ。イメージが固まってから魔法が発現する。おおまかな仕組みはこんな感じだ。

 詠唱という行為をスキップできると思って省いていたが、それが失敗の原因だったようだ。なんでもかんでも合理化は駄目だな。


 本来の手順を突きとめ、再度、イメージ重視で魔法をつかう。


――別の方法を模索しましょう。強いイメージ。過去の経験をもとに炎をイメージしてください――


【なんで? エネルギーを形にするんだろう。どうしてそこまでイメージが必要なんだ】


――シナプスに依存するということは意志の力が作用すると同意と思われます。なので魔法の発動にはイメージが重要になってくるのです。ですからこの惑星での新しいイメージではなく、過去に起因する記憶の奥底にあるイメージを思い浮かべては?――


 そういえば、ティーレの魔法をイメージしていたな。あれじゃなくて実際の現象をイメージするのか。


【わかった】


 士官学校のサバイバル実習でつかったライターを思い浮かべる。宇宙史以前から存在する古代から愛されているタバコの友――ライター。俺に力を貸してくれ!

 金属の歯車に指を引っかけて、回しながらスイッチを押すんだったっけ。そうしたら、シュボッって火がついたはず。


 脳内で過去の事象を再現すると、面白いほど簡単に炎が生まれた。


「おおっ!」


 おもわず声に出して驚いてしまった。無意識に上体を退いてしまう。


 視界の端に、口元を手で隠すティーレが映った。彼女も驚いているみたいだ。


「あなた様、見ただけで覚えたのですか?」


「えっ、うーん、まあ」


「素晴らしい才能です。やはり魔術師に向いています」


 なんで、と質問したかったが、切り出せなかった。


「普通は魔術の先生による指導か魔導書で魔法を覚えるのですが。あなた様は見ただけで覚えてしまったのですね」


 えっ、そうなのッ! もしかして、やらかしてしまった……のか?


 それから、道中ティーレに魔法の指導をしてもらったが、彼女がつかえる魔法以外は習得できなかった。


 ちなみに覚えた魔法は〈発火〉〈火球〉〈湧水〉〈水撃〉〈凍土〉〈氷槍〉の六つだ。風に関する魔法もあったが、イメージできなくて覚えられなかった。


 しかし魔法は便利だ。

 ペットボトルの水が尽きかけていたのでヒヤヒヤしていたが、これからは〈湧水〉の魔法でなんとか命を繋げる。

 まさに魔法さまさまだ。


 それもこれもティーレのおかげだ。もし彼女に出会えていなかったと考えると……。

 水の調達とか無理だろう。生水に当たって衰弱死する未来しか見えない……。いや、ナノマシンで生水に入っているウィルスを撃退できるか……。でも水源を見つけられなかったら、その時点でアウトだし……。

 やはり、ティーレに出会えたのは幸運だ。


 それにしても、ガーキというエセ貴族は許せない。ただ目つきが気にくわないという理由で、彼女の腕を斬り落とした。そのことについてティーレは何も言わない。それだけに腹立たしさが募る。


 もしガーキに出会ったら、絶対に痛い目に遭わせてやる。いや、出会わなくても探し出して成敗しなければ。アレを野放しにしてはいけない。人に不幸をばらまく生きた厄災やくさいだ。



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