第16話 死闘● 改訂2024/06/15
夜の森は不気味だった。
月明かりも差し込まない真っ暗な闇の世界。ときおり、遠くから獣たちの声が聞こえてくる。
「寝ている間に襲われたらひとたまりもないな」
周囲にセンサーを設置したが、近付く者を知らせるだけだ。撃退はしてくれない。頼れるのは自分の力のみ。
完全武装で未知の敵に備える。
「俺は平和主義者なんだ。来てくれるなよ」
いつでも戦えるように、レーザー式狙撃銃を手元に置く。
夜も深まり、睡魔が訪れる頃になって静寂の森に異変が生じた。
遠くらか草葉を踏む音が近付いてくる。
「ガーキか?」
テントから顔を出して、周囲を窺う。
火の手は見えない。音の主は人ではない。だとすると……。
そこで気づく、ティーレの流した血の臭いに。
「しまった!」
コロニー育ちの俺は見落としていた。肉食獣が血の臭いに敏感なことを。
慌てて、血が落ちた場所に土を被せるが、草葉を踏む音は段々大きくなる。
「数が多い。狼か?」
高周波コンバットナイフを腰に差す。これだけでは心もとないので、ノルテさんからもらった剣も用意した。
焚き火から火のついた枝を拾って、周囲に投げる。
とたんに森の奥にいくつもの輝きが見えた。狼の群れだ!
光学式スキャナーを構えた。
「フェムト、センサーをフル稼働させて、敵の数と距離を報告しろ」
暗闇に可視光線が
――額に角のある狼です。スキャンと簡易音響式動体センサーを組み合わせた結果。三十二頭の狼を検知しました。距離は三〇〇メートル――
頭は匹よりも大きな動物の数え方だ。たしか地球の狼は匹でかぞえていたはず。簡易センサーだから誤差が出たのか?
「頭だって! 匹じゃないのか?」
――センサーの誤差を考慮しても、頭に分類するに妥当な大きさです――
昔、映像で見た地球の狼よりも大きいだって!
それにしても中途半端な距離だ。ヘルムートの精密射撃アプリを起動してもしすぐに接敵を許してしまうだろう。となるとここはグッドマンの格闘アプリか……。
どう対処するか考えているうちに、狼たちはさらに距離を縮め、そしてついには走りだした。
こうなってしまっては、もう軍事アプリを切り替えている余裕はない。
「フェムト、射撃アプリ起動」
――射撃アプリ起動しました――
視界に照準が出現し、的である狼たちの上に敵を示すマークがあらわれる。
レーザー式狙撃銃を構えて、引き金をひく。
五頭までは倒した数をかぞえていたが、そこからさきは近接戦になったので、かぞえていない。
武器を持ち替える。狙撃銃を置いて、右手に取り回しのいいレーザーガン、左手に高周波コンバットナイフを握る。
軍ではお飾りとされている高周波コンバットナイフだが、このときばかりは活躍した。
なんせ鉄をもスライスする切れ味だ。襲いかかってくる狼モドキの噛みつきを受けとめるたびに、狼モドキはあの世に旅立ってくれる。
防戦ばかりではない、こちらも積極的に攻める。
すれ違い様に刃を突き立てたり、飛びかかろうと力を溜める瞬間を狙い撃ちしたりして狼モドキの数を減らしてく。
全部が飛びかかってくれたなら楽だったろうが、奴らは狩りに慣れている。人間の狙うべき場所を熟知していた。首筋が駄目ならば、脇や手足の付け根、と痛い場所を狙ってくる。どこも致命傷になりかねない場所ばかりだ。
レーザーガンの攻撃も織り交ぜて、なんとか致命傷を避けているが、狼モドキの死骸が動きを阻害する。
たまにつんのめり、転けそうになる。
そのときを待ってましたと言わんばかりに、狼モドキたちは一斉に襲いかかってくる。すべてを避けきれず、徐々に傷が増える。
致命傷ではないものの、体力が削られていくのがわかる。
半数以上を倒しているが狼モドキに退く気配はない。
残った一二頭は戦意がまったく衰えておらず、俺を見据えたまま涎を垂らしている。
「俺なんか食べても美味くないぞ。骨ばっかりだし、脂身も少ないんだ」
獣ごときに言葉など通じはずもなく、奴らは
狼モドキたちは緩やかに俺を囲むと、ぐるぐると一方向に回りだした。襲いかかる瞬間を計っている。
攻撃方法を変えた! 学習しているのか?
背後の狼モドキの足音が消えたかと思うと、左右同時に飛びかかってきた。一頭を高周波コンバットナイフ、もう一頭の噛みつきを右肩に受けた。
肩に食い付いた狼モドキを振り払おうとしたら、今度は残っていた前後の狼モドキが襲いかかってくる。
倒れるようにそれを避け、レーザーガンで撃ち殺す。次の攻撃が来る前に、肩に噛みついている狼を高周波コンバットナイフでとどめを刺した。
残りは八頭。
先の攻撃で味をしめたのか、またぞろ俺を取り囲みぐるぐる回る。
今度は二重の輪だ。
さすがの俺も心が折れかけた。
出し惜しみしている余裕はない。エネルギーの消費は激しいが、レーザーガンを連射モードに切り替えた。威力は落ちるが、牽制できるだろう。
連射するレーザーで狼モドキの包囲を薙ぎ払う。
それを合図に狼モドキは一斉に飛びかかってきた。
四頭を返り討ちにして、二頭を躱す。一頭はまた右手に噛みつき、もう一頭は左太ももに噛みついた。
使い物にならなくなった右手がレーザーガンを落とす。
身体に牙を突き立てている二頭を始末する際、高周波コンバットナイフが手からすっぽ抜けた。
丸腰になってしまった俺に、残った二頭が襲いかかってくる。
「フェムト、脚力強化!」
AIに命じて、ナノマシンを発動させる。
なんとか一頭の頭を蹴り飛ばすことに成功した。
しかし、最後の一頭が凄まじい体当たりをぶちかましてきた。
吹き飛ばされ、木に叩きつけられる。
叩きつけられた衝撃で、立ちあがることができない。
「フェムト、緊急回復だ。いますぐ身体を動くようにしろッ!」
――無理です。最低でも三〇秒はかかります――
狼モドキは待ってくれない。間合いを計りながら慎重に、かつ素早く近づいて来る。レーザーガンの攻撃を意識しているのか、左右にステップを織り交ぜている。判断を誤った。まさかたった一度の交戦で、ここまで学習するとは……。
「ここまでか……」
諦めかけた瞬間、視界の端にある物を発見した。ノルテにもらった剣だ。
ちょうど左手のそばに転がっている。
二メートルほど離れた先に、身体を沈め全身のバネを蓄えている狼モドキが目に入った。
イチかバチか!
俺は左手で剣を取るや、尻をついたまま構えた。
そこに狼モドキが飛びかかってくる。
僅差で剣先が狼モドキを捉える。次の瞬間、むかつくアンチクショウは串刺しになった。
「ははっ、やった。やったぞ。俺は勝った! 生き残ったんだ!」
闇深い森のなかに馬鹿みたいな笑い声が響きわたった。
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