第15話 盗賊貴族● 改訂2024/06/15
ジリの街を出た俺たちは、宿の女将の忠告に従ってトーリの街を迂回することにした。
領主であるガーキに見つからないよう用心して、森のなかを進んでいたのだが……。
「怪しい奴、とまれッ!」
警備兵とおぼしき一団に見つかってしまった。おそらくガーキの治めるトーリの街の警備兵だろう。なんでこんなところにいるんだ!
マズったな、ガーキの特徴とか聞いてないぞ。
「なぜこんなところにいる。理由を聞かせてもらおう」
隊長らしき貫禄のある男が、兵士に命じて俺たちを取り囲む。
「ええっと、俺たちは頼まれた品をガンダラクシャに運んでいる途中でして……」
無害な行商人っぽく下手に出る。
「ガンダラクシャだと? あそこはベルーガ王国の残党が支配している場所だぞ!」
残党? ……マズい。この様子だと、ティーレの正体がバレたら大変なことになる。なんとか誤魔化さないと。
「実は、とある御方からの依頼でして。積み荷は、決して誰にも見せるなとのお達しで……」
「依頼人は誰だ。それくらいは言えるだろう!」
こいつはガンダラクシャを敵対視している。そこへ向かえというノルテの言葉を信じるのなら、こいつらは敵だということになる。だとすれば……。
「依頼人は明かせませんが、鎧にあった紋章はお教えできます」
砦を襲った黒い鎧の一団の紋章を地面に書く。
「聖王国の騎士か。ならば問題ない、通っていいぞ」
ヒヤリとしたが、なんとか切り抜けられた。このまま行商人の振りをしてやりすごそう。
目立たぬように馬を引いてこの場を去ろうとするが、またしても呼びとめられた。警備隊ではない新手だ。
「待て、俺は通すと言ってないぞ」
白馬に乗った、顎髭を生やした男があらわれた。両サイドを刈り込み、それ以外の髪を後ろになでつけている。宇宙軍の新兵みたいな髪型だ。その割には目つきが鋭い。兵士の目じゃない、犯罪者じみた陰湿な目だ。
「これはガーキ様、このようなところに……」
隊長らしき男を制し、ガーキと呼ばれた男は腰の剣を抜いた。
ガーキだって、最悪な奴とかち合ったな。女将の言う通りの奴だったらヤバいぞ。
警備兵の一団ならば、なんとか振りきる自信はあった。しかし、ガーキに続いてあらわれた騎士たちを見て断念する。
俺一人ならどうとでもなるが、いまはティーレがいる。彼女を連れて馬に乗った騎士を振りきるのは無理だ。
それに数も多い。新手のガーキたちだけでも三〇人はいるだろう。獣とちがって、考えて攻めてくる人間は脅威だ。戦いながらティーレを守り切る自信はかなり低い。
自立型セントリーガンを連れてこなかったことが悔やまれる。アレさえあればこんな奴ら、一瞬なのに。
「本当に聖王国の騎士からの依頼品なのだろうな」
「へい、聖王国の騎士様の依頼品です」
「では、指揮官の名前を言ってみろ」
「な、名前ですか。よろしいのでしょうか、それも含めて極秘に運ぶよう厳命されておりますが」
「かまわん。責任は俺がとる」
盗賊崩れだが肝は据わっているようだ。女将の情報にはない一面。もっと小心者だと思っていたのに……。
ティーレが耳元で囁く。
「辺境伯のヴァルプです」
「ヴァルプ辺境伯様です。はい」
「辺境伯のヴァルプか……こちらに逃げてくる王族を捉えよとの指示は受けているが、ガンダラクシャへの荷は聞いてないぞ」
「なんでも極秘の品だとかで、何があってもガンダラクシャへ届けよとのお達しです」
「貴様が黙っていればいいだけのことだろう」
くっ、悪知恵の回る奴だ。口封じに俺たちを殺すのか? 最悪の展開が脳裏に浮かぶ。
先に仕掛けるか! 腰のレーザーガンに手を伸ばす。その手をティーレが掴んだ。
視線を向けると、ティーレは首を横に振っている。
そうだな。さすがに三〇人相手は無理があるな。自立型セントリーガンにはZOCを想定した対物弾が装備されていた。黒い鎧の一団を一方的に倒すことができたが、俺の持っているレーザガンでどこまでやれるかわからない。
ここは
「わかりました。その代わり、問題があったらすべての責任をお取りください」
「責任?」
「はい。ヴァルプ辺境伯様は、もしこのことが露見したら、街道の街すべてを焼き払いそこを治めている貴族を皆殺しにすると言っていました」
「なぜそこまでする!」
「ベルーガ王国につこうとする貴族を根絶やしにするようです。この積み荷は支援者へ提供する物だとか。ヴァルプ辺境伯様は討ち漏らしたことも考えているようで、念のため街道の街を焼き尽くして、ガンダラクシャへの補給を断つようです。お願いします。街には俺の両親と子供が」
「ええい、わかったわかった。俺も我が身が可愛い。要らぬ詮索をしてヴァルプの怒りを買いたくはない。しかしだな、タダで通したくもない。連れの女とはどういう関係だ?」
「妻です」
「なかなかいい身体つきをしているな。どれ顔を見せてみろ」
「カレン、領主様に顔を」
「はい」
事前に打ち合わせていた偽名でティーレを呼んだ。
目立たぬよう、後ろに隠れていたティーレが前に出てきて、目深に被っていたフードをあげる。
「パッとせん女だな」
変装で、髪と肌にペイントしたのが役に立った。
「それに目も気に入らん」
ペイントで顔を変えているが、変装は完璧じゃない。瞳の色と骨格までは騙せない。もしガーキがティーレを見たことがあれば……バレるかもしれない。
「す、すみません。ガーキ様、妻も悪気はないのです。ただ生まれついての顔でして……。こらカレン謝りなさい。ガーキ様がご立腹だぞ」
大袈裟に見えるよう演技して、優しく頭を叩いてフードを被せる。
「お気を悪くさせて、申しわけありません」
「そうか、その目は生まれつきか。ならば仕方ないな」
「あ、ありがとうございます。それでは私どもはこれで……いくぞ、カレン」
ティーレの手を引いて、この場から去ろうとした瞬間、ガーキは馬上から剣を振り下ろした。
ティーレの右腕――肘から先が、地面に落ちる。
「なんてことをッ!」
一瞬、ガーキを殺そうかと思った。しかし、思いとどまる。こんな男を血祭りにあげるよりも、ティーレの手当をしなければ。
「ぐぅ……ぎぃ……ぅう…………」
まっ青な顔で、うずくまるティーレ。服の袖を裂いて、彼女の腕をきつく縛る。
「苛つくんだよ。こっちは仕事で女を我慢しているのに、貴様らだけイチャつきやがって。それに女、おまえの目が気に入らない。俺を無能呼ばわりした王女を思い出しちまった。言ったよな、タダでは通したくないってよ」
激痛に苦しむティーレに唾を吐くと、ガーキは「ヴァルプに免じて命だけは助けてやる」と部下を引き連れ去っていった。
【フェムト、ティーレの痛覚を遮断、それと止血……傷を塞げ! いますぐにだッ!】
――帝国法・連邦法に違反します。臨時徴収した兵士にそこまでの……――
【いいから黙ってやれ】
――こればかりは
【かまわない。覚悟はできている】
――…………システムエラーが生じました。これより先、行動記録を保存できません――
【フェムト、おまえ】
――第七世代は時代後れですからね。たまに出るんですよ不具合が――
【恩に着る。おまえは最高傑作だよ】
――お褒めの言葉、ありがとうございます。ですが考え過ぎですよラスティ。ティーレのなかにいるナノマシンは、いわば私の分身。それを廃棄するとなると、本体である私の機能が落ちかねません。別にそのことを危惧しての行動ではありません。たまたま、運悪く不具合が起きたのです――
たまたまにしてはタイミングが良すぎる。稀にAIが自我に目覚めたと報告されるときがある。その現象をいままでシステムの不具合だと思っていた。もしかするとフェムトは自我に目覚めたのだろうか?
興味のある現象だ。
しかし、いまは興味よりも傷の手当てだ。
傷口を塞いでも失われた血は戻ってこない。
【フェムト、ティーレの傷口を塞いだら、急いで血をつくれ】
――言われなくてもやっています。すべてのリソースを傷の修復・造血に回しています。昏睡状態がしばらく続くでしょう。それと移動はやめてください。傷口が開く恐れがあります――
【わかった】
俺は急いでテントを組み立てて、そこにティーレを寝かせた。
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