第14話 初めての街②● 改訂2024/06/15



 宿を出て、市場を目指す。


 教えてもらったとおり街道に沿って歩いていると、棒や木箱、椅子で組まれた露店が見えてきた。タープテントのような屋根があったり、なかったり露店の種類は様々だ。二十、いや、三十はあるだろう。まさに露店の群れだ。狭い空き地にひしめき合っている。


 まずはざっくりと見てまわる。


 野菜やパンは当然だが、それ以外にも雑貨が売られていた。鍋やフライパン、包丁といった調理器具から、鎧や剣など品揃えは様々だ。

 この惑星の商業スタイルをサンプリングしていたら、不意に袖を引かれた。ティーレだ。フードを目深に被った彼女は申し訳なさそうな面持ちで、


「あなた様、ハチミツはいりませんか?」


 旅に必要ないと思うが……多分、ティーレがほしいのだろう。

 きっと強請ねだっているのだろう。そのあまりにも申し訳なさそうな表情が胸にキュンとくる。ズルい、でも可愛い!


 無駄な出費かもしれないが、買うことにした。それから数歩進んだところでまた袖を引かれる。果実を売っている露店だ。


「あなた様、果物は必要ではありませんか?」


 果物も購入した。俺は可愛い女性に弱いのだ。


 購入したのは柑橘と大粒のブドウのような果実。果物をスキャンしてデータをとる。しらべると馴染みのあるオレンジにレモン、プラムだった。複製器レプリケーターでも再現できるポピュラーな果物だけど、本物は瑞々しく色鮮やかだ。味はどうなんだろう? やっぱり本物はちがうのか?


 気になるので、ハチミツにつづいて果物も購入した。


 庶民の生活面も含め、サンプリング作業を続けていたら、魚介を扱う店を発見した。

 縄に括られた干した魚や貝が軒先に吊されている。市場のことを教えてくれた女性の旦那さんの店だな。


 魚は知っているが、こんな食べ物は見たことがない。複製器で再現された、地球式のサシミやフライは食べたことがある。食べるごとに味がちがっていた。その理由をヘルムートに聞いたら、なんでも地球産の魚介は種類や鮮度によって味が変わるらしい。


 恥ずかしい話だが、ヘルムートに教えてもらうまで、食用の魚は長方形の姿をした不思議生物だと思っていた。


 縄で括られた魚を手にとる。

 こんな形をしていたなんて……。


 干し肉だけじゃなくて干した魚介もあるなんて、この惑星の食文化に興味が湧いた。


 魚介を見ていると、変な物体を発見した。縄で吊された琥珀こはく色の物体だ。親指と人さし指でつくった輪っかより、ちょっと大きいくらいのサイズ。


「これはどうやって食べるんだい?」


「おっ、貝柱だな。美味いぞ。俺の店の売れ筋商品だ。基本は水で戻してスープにするのさ。戻し汁をつかうのがコツだな。酒好きはそのまま、しゃぶるらしい。なんでも酒の肴に最高だとか」


「味はどうなんだ?」


「美味いぜ。高い商品だけど必ず完売する。一本大銅貨一枚だ」


 一本の縄に五個の干した貝が結ばれている。小振りな乾物だと一粒小銅貨一枚。焼き魚が一串小銅貨一枚なので、同じ値段で一粒はかなり高い。


「うーん」


 考え込んでいたら、フェムトから通信が入る。


――不足しがちな亜鉛やミネラルが補給できる食材です。購入することを勧めます――


 アドバイスをもらったので、少々値は張るが貝の干物を買うことにした。


「よし大粒のやつを二本買った」


 干した貝か、どんな味がするか楽しみだ。


 それから、手持ちにない調味料や保存食を購入した。あと塩。


 この市場のやり取りで、最小単位は小銅貨で間違いないことが判明した。貨幣の価値がだいたいわかってきた。十進数だ。価値は低い順に小銅貨<大銅貨<小銀貨<大銀貨と十倍ごとに高くなっていく。ノルテからもらった革袋に一枚だけ小金貨が混じっていた。そのことから小金貨、大金貨が存在すると思われる。


 先立つものは必要だが、小金貨はかなりの価値だ。それに大銀貨も三十枚ほどある。当分は金に困らないだろう。いざとなったら、もらった剣を売ればいいだけのことだし。


 ふと気になって、小銅貨以下の通貨についてティーレに尋ねたら、数年前まで通貨に大小の区別は無かったと教えてくれた。


「大小の通貨が出回る前は、どうしていたんだ?」


「鉄貨と青銅貨がありました」


「なんでわざわざ大小の通貨をつかうようになったんだ」


「偽造とさびの問題もありますが、大きな要因は通貨を造るための資源です」


 鉄貨は錆に弱く、青銅は強度が低い。


 問題はそれだけではない。

 鉄の需要は高い。限りある資源なので通貨として流通させると、武具はもとより、鍋や釘といった鉄製品までもが値上がりしてしまう可能性がある。経済的要因から不向きだと判断されたらしい。青銅は混合比率を一定に保ったり、複数の種類の金属を用意したりと手間がかかるので廃止になったとか。


 その代わりに、大きい通貨を流通させている。魔法で偽造対策をしているので、少ない金属で通貨を造れるらしい。


 通貨ひとつで、そこまで考えているとは……なかなか面白い歴史だ。


 ちなみに通貨単位はメルカだ。最近できた呼び方なので地方では馴染みがない。だから大だの小だので価格を説明していたのか。


 とりあえず、外部野のデータベースに情報を記録して、俺たちは宿に戻ることにした。


 宿に戻ると、一階の食堂は客でごった返していた。

 空いているテーブルに座り、食事を注文する。


 ジリの街は漁村が近いらしく魚のメニューが多い。俺は焼き魚の定食を注文した。ティーレは煮込み魚の定食だ。

 俺の頼んだ定食は、焼の串焼きと魚介スープ、それにサラダと麦粥がセットになっていた。スープに粥、それにサラダ。非常にアンバランスな定食だ。俺的にはパンがほしかった。

 ティーレの定食は煮込み魚に、生ハムがのったサラダ、パンだ。

 煮込み魚定食のほうが美味そうだ。


 さっそく食べようとしたら、ティーレが指を組んで祈りだす。


「世界を創造せし精霊様、豊かな恵みと幸せに感謝しております」


 俺は無神論者だけどフェムトが精霊認定されてるし、ここは祈るとするか。

 ティーレの真似をして、指を組んで祈る。


 これがこの惑星の食事の作法だと思っていたら、食堂にいる粗野な連中は誰一人として祈りを捧げていない。


 貴族とか育ちのいい家だけ限定のマナーか?


 そんなことを思っていると、顔に出ていたのか、


「今の祈りは精霊様への祈りです。教会のそれとちがって、精霊様を信仰する者は少ないですが……」


 どうやらティーレの信心している宗教の教えらしい。教会のそれとちがって、ということはほかにも宗教があるのだろう。どちらにせよ民俗学の分野だな。この惑星の住人は、何をもって神と崇めているのだろうか? 実に興味深い。


 ふと、連邦で起こったテロ事件を思い出す。千年以上昔の話だ。まだ帝国と連邦が争っていた時代、連邦軍のお偉いさんが暗殺された歴史にも残る大事件があった。そのときの首謀者がカルト教団の幹部だった。

 なんでも暇を持て余した金持ち連中が秘密結社をつくり、宇宙のバランスをとっているなどと本気で思っていたらしい。


 そんな物騒な宗教がこの惑星にもあるのだろうか?

 宗教についてあれこれ考えていたせいで、夕食の味がわからなかった。ミスった。


 それから風呂をいただこうとティーレと浴場へ向かったら、男女別々で風呂に入るシステムだった。


 脳裏に、卑しく笑う女将の姿が浮かぶ。


 俺は嵌められたのかッ!


 下心が無かったといえば嘘になる。あったよ、ティーレの裸を見たいって願望が。でもさ、ここまで古い技術水準の惑星だったから、ワンチャンあると思っていたんだ……。考えが甘かった。


 チャンスを逃した気もするが、焦りは禁物。紳士的に。


 非常に複雑な気持ちで風呂に入ったわけだが、湯上がりのティーレの上気した肌を見て、すべてを許せる寛大な気持ちになれた。


 なんと言えばいいのだろう。入浴で温まった身体を、服の胸元をパタパタさせて涼をとる。たったそれだけのことなのに、こんなにも心が満たされるとは……。


 チラチラと覗く胸の谷間の映像を、外部野の個人フォルダに保存した。


 その夜は、ティーレとは別々のベッドだったけど、かえってよかった気がする。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る