第13話 初めての街①● 改訂2024/06/15



 あれから、さらに二日。

 やっと街についた。

 街道を挟むようにして形成された、ちいさな街だ。


 石畳の街道以外は土が剥き出しの道で、どこも低い建物ばかり。たまに見かける高めの建物でも二階建て。

 ひしめくような高層建造物ばかりのコロニーとちがって、土地は有り余っているらしい。コロニー育ちの俺からすれば信じられない光景だ。羨ましい。


 きょろきょろしていると街の住民が近づいてきた。


 買い物帰りなのか、野菜の入ったかごを抱いている女性が軽く頭をさげる。釣られて俺たちも頭をさげた。

「ジリの街は初めてですか?」


「あっ、はい。この辺りに来るのは初めてで……」

 想定外の会話だったもので、つい言い淀んでしまった。


 女性は物珍しさそうに俺たちを見ている。この女性からすると、俺たちは浮いているのだろうか?


 今一度、服装を確認する。


 追われているティーレは、フード付きのローブで顔を隠している。怪しいかも知れないが妻という設定だ。問題ないと思う。

 話しかけてきた女性もスカーフを被っているから、そこまで変な恰好ではないだろう。


 俺の服装は……。

 ズボンにシャツ、革製のチョッキと普通だと思うのだが……。


「行商の方ですか?」


「ええ、まあ、そんなところです。東のほうへ商談に行くところです」


「ジリは漁港も近く、塩と海産物が豊富です。市場で安く仕入れられますよ」


「そうなんですか、ちょうど塩を仕入れようと思っていたので帰りに寄ってみます」


「それなら市場の外れに干物を売っている露店があります。夫が商いをしている店ですが、品数が豊富で手頃な値段で買えます。行商の方から大口の買い付けから小口の買い付けまでけっこう手広くやっているので、一度、主人の店を覗いてみては?」


 なるほど、この女性なりの営業活動か。旦那さんの想いのいい奥さんだ。


 ちょうど塩や調味料がほしかったところだ。調査実績にもなりそうだし寄っていこう。


「わかりました。あとで露店に寄っていきます」


「海産物しか取り柄のない街ですけど、自然豊かでいいところです。名所こそありませんが、王都暮らしの方々からは評判がいいんです」


 王都……ということは国があるのか。どれくらいの規模だろう?


「ところで、この街には宿はないのですか? 野宿が続いたもので、身体の節々が痛いんですよ。たまにはマシな寝床で寝たいんで」


「それなら街道沿いにあります。もう少し先に行ったところに看板がかかっています。食堂も兼ねているので食事の心配もありませんよ」


「それはありがたい」


 話が終わったので、紹介された宿屋へ向かう。荷物を載せている馬も休ませてあげないとな。


 それにしても宿かぁ。

 女性の話しぶりからして、食事がついてないのが一般的なようだ。ベッドと風呂くらいはあるんだろうな。部屋の広さはどれくらいあるんだろう。低い建物ばかりだから、狭そうだけど……。不安だ。


 ここのところ野宿だったので、快適な寝床が恋しい。それに風呂にも入りたい。道中、固く絞ったタオルで身体を拭いていたけど限界だ。はやく身体を洗ってさっぱりしたい。


 ついでに、ここから東にある街の情報も仕入れておこう。


 女性に教えてもらった宿に入る。


 店に入るとテーブルと椅子ばかりのホールが広がっていた。なかは閑散としている。昼間から酒を煽っている男と、カウンターで頬杖をついて欠伸をしている年配の女性だけだ。


「おーい、女将、お代わりもってこーい」


「代金が先だよ」


「そんな硬いこというなよ。俺と女将の仲じゃねーか」


「ツケも払ってないのに、何言ってんだい。あたしゃ、あんたの女房じゃないんだからね。エールのお代わりがほしいなら金を出しな」


「ちぇっ、ケチなババアだぜ、おらよっ」

 飲んだくれを相手に動じない女将は、金を受け取ると男に新しいエールを出した。


 食堂があると聞いていたが酒場も兼ねているらしい。賑やかな宿だ。


 人のあつまりそうな場所だ。いろいろと情報を仕入れられるだろう。それにあの年代の女性は噂話が好きだと相場は決まっている。


 それとなく尋ねてみた。


「東の街? ああ、トーリのことだね。あの街は最近領主様が変わってね。治安が悪いのさ」

 女将はふて腐れた態度で言った。


 どうやらトーリの街はかなり荒れているらしい。


 その街を過ぎるとガンダラクシャまで一月ほどかかると教えてくれた。追っ手を避けながらだと森を進むことになる。もっと時間がかかるだろう。


「悪いことは言わないよ。トーリの街だけはやめときな。あそこの新しい領主は悪い噂しか聞かないからね」


「どんな噂ですか?」


 大きめの銅貨を一枚、女将に握らせる。女将の口端が上がった。


「ここだけの話だよ」


 そう前置きして始まったのは、耳を疑うような悪行の数々。

 戦争が起きて王様が死んだのをよいことに、トーリの新しい領主は街の近くにある王族の墓を荒らしたという。

 死人には不要の代物と、副葬品を奪ったのだとか。


 悪行はこれに留まらない。

 善政を敷いてきた王が亡くなるや、税を上げ、金持ち連中から金品を奪い、歯向かう者は片っ端から処刑していったという。


 そんな状態でも住民が住んでいるのは理由がある。


「なんでも連座制で、五家族一組で監視されているらしいよ。もし一家族でも逃亡者を出せば五家族すべて処刑なんだって。まったくおっかないったりゃありゃしないよ。その点、ジリの街の領主様はお優しい方さ」


「ちなみにですが、その……トーリの街を治めている領主様の名前は」


「はんっ、あんなクズには不要だよ。おっと、アタシとしたことが口が滑っちまったね。ガーキって名前の盗賊くずれさ」


「元盗賊なんですか?」


「ちがうよ。盗賊みたいなことしかやらないから、盗賊くずれって言われてるのさ。悪知恵だけは働く奴だよ。魔物討伐のときに上司を殺したとか、町娘を無理やり手込めにしたとか、そんなことばっかりするクズさ。そんなクズがどうして子爵になれたんだろうね。ほんと、世の中狂ってるよ」


「いやぁ、ためになる情報ありがとうございます」


「いいってことさ。しかし、あんた太っ腹だね。こんなババアの与太話に大銅貨一枚もくれるなんて」


 大銅貨? ってことは小銅貨もあるってことか。革袋のなかを注視すると、硬貨に大小の差があった。変形した薄くちいさな硬貨と、頑丈そうな分厚く大きな硬貨だ。大小のちがいでどのくらい価値が変わるのだろう?


 とりあえずチェックインをすませよう。


 女将に尋ねると、一人部屋は大銅貨二枚、二人部屋は大銅貨三枚と教えてくれた。


 ティーレはお嬢様だ、部屋は別々がいいだろう。


「あのう、部屋は……」


 部屋は別々でと言おうとしたら、いままで黙っていたティーレが、


「二人部屋でお願いします」


「わかってるよ。部屋は二階の突き当たり、鍵付きの部屋だ。そのほうがいいだろう」

 女将はニヤリと笑う。


「料金は前払いだだよ。二人部屋を一日、大銅貨三枚」


 大銅貨三枚で宿に泊まれるのか……大銅貨はそれなりに価値があるんだな。たしかに噂話で大銅貨一枚は出し過ぎたな。早急に貨幣の価値を調査しよう。


 前払いで代金を支払うと、女将は見たことのないガラクタを突き出してきた。


「さっき話した鍵だ。無くしたら弁償だよ」


「……はい」


 金属のガラクタが鍵? どうやってつかうんだ?

 博物館で見た旧式のカードキーですらない、ガラクタのつかい方に悩む。

 まあいい、何事も経験だ。ティーレもいるしなんとかなるだろう。


 チェックインもすんだことだし、まずは荷物だな。

 馬小屋に馬を繋ぎ、荷物を部屋に運ぶ。


 二人部屋は思っていたよりも広かった。地球のタタミ換算で十畳はある。

 開け放たれた窓は、大きく、開放感がある。両手を伸ばしも引っかからない窓枠は地球ツアー並のゴージャスさだ。


 本音を言うと、女将が気を利かせて二人で寝るビッグサイズのベッドを用意してくれていると期待していたが、そこまで気の利く人じゃなかったようだ。大銅貨一枚じゃそこまでのサービスはしてくれないらしい。

 奮発してもう一枚渡していたらよかったのかな。まあいい、別に下心を抱いているわけじゃないし。


 残念なことに風呂は別だ。

 壁に貼り付けられた羊皮紙に、風呂は一階の奥にあると書かれている。それも別料金で……。


 騙された気もするが、この惑星では風呂は贅沢らしい。

 背に腹は代えられない。綺麗好きな俺としては身体の不快感を洗い流したい。サッパリとしてから寝たいのだ。


 女将に入浴料を払って、旅の汚れを洗い落とそうと思ったが、先に市場へ行くことにした。どうせ買った品物を運ぶとき汗をかくだろう。だったら、そのあとで風呂を楽しもう。

 その考えをティーレに話す。


「良い考えですね。やるべきことを終わらせてから一緒にお風呂をいただきましょう」


 一緒にだってッ!


 俺の想像よりもかなりワープした考えに、思考が停止しかける。代わりに、女性には口が裂けても言えない、あんなことや、こんなことを妄想してしまった。


 自然と彼女の身体に目がいってしまい……。


「どうなされたのですか、あなた様」


「ンッ、何が?」


「鼻血が出ていますよ。熱でもあるのでしょうか?」


 ティーレの顔がアップになり、額にコツンと何かが当たる。湿りを帯びた吐息が肌にかかった。


 胸の鼓動が速まる。


「風邪ではなさそうですね。今日はゆっくりなされてはどうでしょう」


「いや、いい。大丈夫だ、問題ない」


「そうですか……無理はしないでくださいね」


「わかっているよ。それより、先に買い物をすませておこう。トーリの街は物騒らしいから、そっちに寄らない分、食糧を多く準備しないといけないからね」


「そうですね。そのほうが安全でしょうね」


 ティーレの了承もいただいたことだし、買い物に出かける。


 部屋の鍵をかけるのに手間取ったが、なんとか鍵のつかい方をマスターした。


 それにしても、あんなガラクタが鍵だなんて……。どう見ても金属加工の工場から出てくる端材にしか見えない。

 この惑星の鍵なる金属のつかい方を録画して、調査データに加えた。


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