第12話 魔法の定義● 改訂2024/06/15
この惑星の朝ははやかった。
フェムトに起こされたのは、まだ日の出が拝める時間帯だ。
【いま何時なんだよ】
――朝の四時です。ちなみにティーレはもう起きています――
「なんだって!」
ティーレが寝ていた場所を触る。ほのかに温かい。それに荷物の大部分が消えている。一人で行ったのか!
慌ててテントを出ると、ティーレは馬に荷物を載せていた。どこにも行ってなくてほっとする。
もし彼女に何かあったら、ノルテに申し訳ない。報酬の前払いとはいえ、この惑星の通貨と剣をくれた人だ。できることなら依頼を達成させたい。
ティーレは俺の姿を見るなり駆け寄ってきた。
「おはようございます、あなた様」
自然で柔らかな笑顔。心が和む。いままでの人生でこれほど心にくる笑顔は見たことがない。宇宙フランチャイズのファストフード店員でも打算に満ちた笑みが限界だ。一度、同僚と夜の店に飲みに行ったことがあるが、そっちはそっちで綺麗だが獲物を見つけた猛獣のような笑顔だった。
彼女にはそういった穢れがない。
見ていてほっこりする。
「疲れはとれた?」
「はい、昨夜はぐっすり眠れました。それよりも夢に精霊様が出てきたのです!」
ティーレは興奮気味に鼻を鳴らす。
「それはよかった」
「ええ、とても素晴らしい加護を頂きました。おかげで疲れも吹き飛んで、今朝はいままでにないくらい体調がいいです!」
ナノマシンの自己修復機能のおかげだな。
テンションの高い彼女はさらに続ける。
「精霊様のおかげで、このようなこともできるようになりました!」
ティーレはしゃがんで全身バネをためると、身長の二倍近くの高さまで跳んだ。
ちなみに俺は三倍まで跳べる。
自慢したかったが、ぐっと堪える。
それというのも、ティーレが褒めてほしそうに待ち構えているからだ。
ここは大人の男として包容力をアピールしよう。
「凄いじゃないか」
褒める。そして頭を撫でる。
子供みたいな扱いになってしまったが、彼女はご満悦だ。
終始満面の笑みを浮かべている。
そういえば、朝食がつくられた形跡がない。
この惑星の住人は朝食をとらないのか? などと考えていたら、
「ところで今朝の朝食はなんでしょう?」
えっ、俺がつくるの!
惑星調査に同伴した、帝国貴族のエレナ事務官でも朝食は自分でつくると言っていた。だから身分の高い人も、朝食は自分で用意すると思っていたのだが、どうやらそうではないらしい。
宇宙での料理には二通りある。複製器で完成した食事、複製器で材料だけつくりだしてそこから調理する食事。連邦は前者が主流で、帝国では後者が主流らしい。俺は場合によりけりだ。
ティーレに料理の腕前について尋ねようとしたが、あの口うるさい事務官の顔が脳裏をよぎった。絶対にセクハラ発言だと責められるな。
箱入り娘なのだろうか、それとも料理する気分じゃなかったとか?
いいだろう。自炊は嫌いじゃない。俺は紳士に徹することにした。ん? 紳士って料理したっけ? まあいい、気を取り直して朝食の準備にかかろう。
手持ちの食糧も限りがあるので、森で食糧を調達することにした。
効率を重視して、ティーレと手分けして食材を探す。
未発見のハーブとサラダ向きの葉野菜をいつくか採取した。
木の実もいくつか見つけたが、どれもハズレだった。
テントに戻る途中、角の生えたウサギとばったり出くわした。
素早く、腰に吊したレーザーガンを抜く。
【フェムト、ヘルムートのデータから精密射撃の補助アプリを立ち上げろ】
――軍事データ切り替え…………。切り替え完了。射撃補助アプリ作動――
俺にしか見えないホロディスプレイが展開される。
基本セットとちがって、ヘルムートの外部野からコピーした軍事アプリは精密射撃特化型。照準も精度が高く、距離は当然のことながら、着弾予測、気温差、風、大気成分による減衰率など外しようがないほどのサポートだ。
本来ならオート照準でいいはずなのに、ヘルムートの設定は手動だ。
あいつなりのこだわりだろうか? それともZOCとの交戦を視野に入れて、サポートシステムにまわすエネルギーを威力に充てているのだろうか? もしかして標的が多い場合のことを想定していたとか……。
しかし、オート設定でないのは射撃下手の俺的にマズい。
【オート設定にしろ】
――オートターゲット機能ON――
フェムトとナノマシンが連動して、角ウサギに赤いマーカーを打ち込む。これでレーザーは自動追尾するはず。
AIとナノマシンの恩恵はそれだけではない。武器にも補正がかかる。
構えているだけで、レーザー式狙撃銃に搭載したサポートシステムが補助してくれる仕組みだ。フェムトの貼りつけたマーカーは角ウサギを
一度ロックオンすると、跳ね回るウサギをだろうが、物陰に逃げるウサギだろうが、レーザーが
便利な機能だが、問題もある。サポートシステムにパワーが取られるあまり、レーザーの出力が落ちるのだ。また若干のロスタイムもあるため、威力の求められるZOC相手につかうことはない。
宇宙生物やサバイバルに特化した使い方といえる。
サポートを受けたおかげで、なんとか面目は保てそうだ。
仕留めた二羽の角ウサギを担いで、テントに戻る。
遅れてティーレがやってきた。彼女の成果はキノコだ。間違いはないと思うが、一応スキャンする。
――毒物を検知しました――
事情を説明して、キノコを朝食から外す。
「…………面目ありません」
落ち込む彼女に火を熾すように頼む。
「それなら得意です、あなた様!」
元気を取り戻した彼女は、昨夜つくった
意味不明の行動だ。
火を……熾すんだよな?
「#####なる######よ、ここに#####の力を示せ」
囁くようなか細い声で、翻訳できない単語を乱発する。
「〈
火の気のなかった枝が、突然、燃えだした。
【フェムト!】
――砦で見た現象ですね――
【なんだアレ! あんなことをできる技術、この惑星に無いだろう!】
――しかし、これで二度見たことになります――
【砦のときのあれか。ハンドグレネードに似たなんらかの投擲武器けだと思ってたけど、ありゃなんだよ!】
――エネルギーを感知しました。なんらかの科学現象なのは間違いありません――
【いや、科学じゃないって!】
混乱する俺に、ティーレが振り向く。
「あなた様の役目を奪うようで心苦しいのですが、このくらいでよろしいでしょう?」
「えっ、あ、ううん。十分だ」
「魔法には自信があったのですけど、あなた様の無詠唱魔法を見たあとでは霞んでしまいます」
魔法? 無詠唱?
ますます混乱した。
魔法って、空想の世界限定じゃなかったのか。
現にティーレが俺の目の前で……。いや、フェムトはエネルギーを感知して、科学現象だと判断していた……。結局、魔法ってなんなんだ?
――超能力者……でしょうか――
【超能力者?】
――かつて人類にいたようです。それとラスティは知らないでしょうが、軍のデータベースにも同様の能力について研究データが残っています――
【それじゃあ、魔法は実在するのか?】
――魔法と断定はできませんが、似たような現象を引き起こせる種は存在します。先に挙げた人類の超能力者。木星の原住民である、人ならざる者たち。同じく人ならざる金星、土星の霊長生物――
【土星の霊長生物なら知っている。先住生物のマヌーだろう。たしか木に宝石みたいな石を嵌めて、それを触媒にして…………!】
砦で入手した淡く光る石を思い出した。
ポケットからとりだす。
「どうしたのですか、あなた様?」
不思議がるティーレが、手に持った石に視線を向ける。
「魔石ですね。おとぼけになって、知っているではありませんか」
「魔石?」
「魔法をつかう時に用いる媒体です。子供でも知っていることです」
【フェムト、記録保存用の外部野に切り替えてスキャンしろ。対象はこの石とティーレだ。調査用の精密スキャンなら何かわかるだろう。おっと、言い忘れるところだった。直接スキャンじゃないぞ、炎に指で触れたくないからな。光学スキャンだ。可視光線は絶対に出すなよ】
――了解。外部野切り替え……。切り替え完了。スキャン開始します――
AIに仕事を与えたので、今度はサンプルになる現象をティーレに起こしてもらおう。念のため、さりげなく彼女の背後に手を回して光学スキャナーを構える。
「ティーレ、もう一度火を熾してくれ」
「かまいませんが。あなた様、朝食の準備はいいのですか?」
「すまない。気になることがあるんだ。頼む」
「そこまで言われるのなら…………」
ティーレは再度、枝を積むと、さっきと同様に言語データにない言葉を
そして、発火。
【フェムト、データはとれたか?】
――サンプリング終了。やはり、なんらかのエネルギー現象です。解析作業に時間がかかります。よろしいですか――
【かまわない。最優先事項だ】
――了解しました――
魔法なる現象の解析を任せると、俺は朝食の準備にとりかかった。
まずは食材の味見だ。
森で採取した赤いハーブを試す。ピリリと辛い。ハバネロほど凶悪ではないが、痛みを伴う癖になる辛さだ。分量は要注意だな。
サラダ用に適した葉っぱは、レタスのようにシャキシャキしていた。リーフレタスとちがって、苦みが少なく扱いやすい食材だ。
食材のデータベースに加える。
木の実に関しては残念な結果だったが、それ以外は当たりだ。料理の幅が広がる。
刻んだ干し肉とタマネギ、赤いハーブを塩で炒める。切れ目を入れたパンを遠火で温める。温まったパンと葉っぱで、炒めた具材を挟む。
地球のケバブを真似てみたものの、そもそも俺はケバブなる料理を口にしたことがない。だから惑星旅行パンフレットに載っていたケバブの形状と妄想の味付けになっている。味は保証できない、出たとこ勝負だ。
「今日はちょっと自信がないぞ。不味かったら無理して食べる必要はないから」
「あなた様がつくってくれた朝食です。不味い道理がありません」
嬉しいことを言ってくれるが、それはフラグだぞ。
失敗を予想しつつ、ケバブもどきを一口食べる。
ん! 不味くはない。だけど、もう一味ほしいところだな。
個人的には微妙と普通の間だったが、ティーレ的には美味しかったようだ。ケバブもどきをモリモリ食べている。
朝食を終えると、俺たちはまた街を目指した。
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