第11話  いざガンダラクシャへ● 改訂2024/06/15



 ティーレは身分の高いご令嬢なので、旅の商人に扮するのは嫌がられるかと思ったが、提案はすんなり受け容れられた。


 驚いたことにティーレから夫婦という体で旅をしようと提案があったくらいだ。

 妙案だ。旅の商人で女性連れという設定には違和感があったけど、夫婦ならば怪しまれないだろう。

 彼女はなかなか頭がいい。


 旅の商人夫婦という設定を採用した。


「それじゃあよろしく」


「こちらこそお願いします」


 箱入り娘というやつなのだろう。れたところがない。変なプライドもないし、歩き旅でも文句を零さない。優しくて純真な心の持ち主だ。彼女の心を穢さないように、紳士として接するよう頑張ろう。


 拠点を南に進むと二時間ほどで街道に出た。

 街道をひたすら東に歩く。


 地図では街は近く見えたのに、夕暮れまで歩いても街は見えてこなかった。

 この惑星の地図はアバウトだな。緯度や経度といった位置情報が書かれていないのは良いとしても、縮尺や基準方向の矢印が無いのは許せない。コロニーで売られていた型落ちの安物地図でもそれくらいは書いてあったぞ。

 剣や鎧なんて古代の遺物が現役だから、文明が遅れているとは予想してけど、まさかここまでとは。


 当てつけだとわかっていたが、愚痴りたくなる。そもそもこの惑星とコロニーでは技術水準がちがうのだ。それにしても稚拙な地図だ。


「あなた様、そろそろ日が暮れます」


「そうだな。暗くなる前に寝床を確保しよう」


 格好良く言ってはみたものの、惑星でのサバイバル経験は無い。

 困って立ち尽くす俺とちがって、ティーレは迷うことなく街道から外れた森を目指した。躊躇うことなく森に入っていく。


 木の実でも採取するのか?


 馬の手綱を木にくくりつけ、あとを追いかける。先に森に入った彼女は地面に落ちた枝をあつめている。なるほど、焚き火の燃料か。


 俺も枝拾いを手伝った。


 このままではティーレの護衛どころか、ティレーに護衛される立場になってします。それだけはなんとしても回避せねば。


 サバイバルキットからテントをとりだして組み立てる。

 遭難を想定しているサバイバルキットだけあって、テントは五人用だ。認めたくないが帝国産。しかし、余裕のある広さはありがたい。連邦産にはないこだわりが見られる。くやしいが、テントに関しては帝国産を支持することにした。


 荷物をテントに入れて、火を熾す。

 砦の一団から失敬した取っ手のついた鍋に、ペットボトルの水を注いで火にかける。


「綺麗な入れ物ですね」


 ティーレが空になったペットボトルに興味を示す。

 なんてことない量産品だが、この惑星では珍しいようだ。


「触ってもいいですか」


「いいぞ」


 空になったペットボトルを手渡す。

 ティーレが力を入れすぎたせいか。容器がベコっと鳴った。


「キャッ」


 驚きの可愛い生声、いただきました。


「……薄い。薄いのに壊れない。それに透き通っている」


「ちょっと貸してくれ」


 彼女は名残惜しそうにペットボトルの容器を手放した。

 戻ってきた容器を捏ねるように揉む。そうすると段々ちいさくなっていく。


 このペットボトル、最終的な形状で帝国産と連邦産が簡単に見分けられる。球になると帝国産、四角になると連邦産。

 この違いには理由がある。惑星民がや曲線を好むからだ。地球産の物は大抵デザインに曲線が取り入れられている。家具しかり、壺しかり、時計しかり。ともかく惑星育ちは曲線を好む。このことから惑星生まれの星民の多い帝国は自然と曲線がデザインの主になる。一方の連邦はコロニー育ちの宙民が多く、省スペースの観点から四角く無駄のないデザインを好む。

 最終的にペットボトルは透明な球になった。帝国産だ。


「綺麗。ガラスよりも透きとおっている」


「気に入ったのならあげる」


 やはり星民は曲線が好きだ。


 ちなみに、このペットボトル、お湯に入れて三分すると元の形状に戻る。なぜ三分なのかは理由は知らないが、これも惑星民の好みらしい。

 ティーレと楽しいお喋りをしている間に、お湯が沸いた。


 さて、久しぶりの料理をしましょうか。

 一人暮らしが長いので、自炊はそれなりにできる。まあ、ほとんどが複製器でつくる料理だが、たま~に気分転換を兼ねて料理をしていた。基本、無趣味なので家事は同僚の男たちよりも上手い。嘆かわしいことだ。


 気を取り直して、調理にとりかかる。

 干し肉と野菜、以前採取した植物からハーブを選んで鍋に入れる。軽く炒めて味見をする。

 複製器でつくった肉や野菜とちがう複雑な味がした。食感にいたっては別物だ。

 野菜はシャキシャキッとしていて、肉には弾力がある。肉の特徴なのか、噛みしめる度に味が出てくる。

 コロニーの高級レストランで出される培養肉よりも味が濃厚だ。

 干し肉だからだろうか?


 スープにするため水を入れて、塩気が薄まった分だけ、塩を足す。

 

 手持ちの食材が貧相なので味はイマイチだが、不味くはない。不満もないが、食事を楽しむという仕上がりではない。改良が必要だな。

 硬いパンと野菜スープの夕食をティーレと食べる。


「身体に染み渡る優しい味。あなた様は料理もできるのですね」


「まあな、軍にいたから食事はよくつくった」


 これは本当だ。士官学校を卒業して軍に入ったばかりの頃は、あれこれ雑務を与えられた。雑務はトイレ掃除に始まり、荷物を運んだり、在庫確認をさせられたり、船外活動やコロニーの補修作業をさせられたりといろいろあった。おかげさまで広く浅い専門性が身につき、中途半端な器用貧乏になってしまったが……。


「軍? さぞかし名のある魔術師なのでしょう」


 ティーレはスープ皿に視線を落とし、悲しそうな顔をした。

 彼女は俺のことを魔術師だと思っている。俺からすれば、砦で戦っていた連中のほうが魔術師だ。炎の球やら雷の球やらをばかすか投げ合っていた。きっと何かの兵器だろう。だからレーザー式狙撃銃を持っている俺のことを魔術師って呼ぶんだ。


 ティーレからすると連合宇宙軍の兵器のほうが威力が高いらしい。


 そりゃ、レーザー式狙撃銃はこの惑星にはないだろうけど、俺から言わせりゃあ、砦で戦っていた魔術師たちのほうが凄い。この惑星であれだけの攻撃兵器を運用しているんだからな。


「…………」


 ぼそぼそとなにやら呟き、元気なくスプーンでスープをかき回すティーレ。


「どうした? 疲れたのか」


「いえ、私が、いかに世情に疎いのか痛感していました」


 ああ、レーザー式狙撃銃のことね。あれは知らなくて当然だろう。


「そうか……でも、自分の足りないところに気づくのはいいことだ。足りないところを改善して成長できる」


 何気ない言葉だったが、ティーレは目を瞬かせた。


 変なこと言ったか?


「考えを押しつける気はない。気を悪くしたのなら聞き流してくれ」


「いや、そうじゃなくて……その、なんて言えばいいのでしょうか。そんな風に言ってくれたのはあなた様が初めてだったので、つい」

 つい、なんだろう?


 夕食を終えると、ティーレはそのままテントに入った。

 よほど疲れていたのだろう。テントのなかで横になるなり、そのまま眠ってしまった。


「フェムト、彼女に移植したナノマシンは、どの程度まで身体に作用するんだ?」


――戦術アプリですか? それともデータ?――


「それもあるが、身体機能についてだ」


――軍のアプリはロックをかけていますので原則使用できません。しかし、身体機能については自己修復、筋力強化など若干ではありますが解放されています――


「疲労は?」


――自己修復で疲労は回復できます――


「その自己修復は作動しているのか?」


――していません。コントロールの仕方を教えていませんから――


「じゃあ、自己修復をONにして、ナノマシンのつかい方を夢で教えろ。すぐにだ」


――了解しました――


「まったく、せっかくナノマシンを移植したのに使い方を教えないとか、ありえないだろう」


 俺も疲れたし、寝よう。警備はドローンにでも…………。

 そこで思い出した。

 調査用のドローンを地図づくりに出したままのことを。


「地図づくりは中断。ドローンを警戒にまわす」


――地図が完成していませんが、よろしいですか――


「仕方ないだろう。夜中に襲われるほうが大変だ。それに簡易地図ならある程度仕上がっているんだろう」


――拠点と定めた丘中心にある程度は……――


 予想よりも遅い。


――かなり取りこぼしがあります。それでもかまいませんか?――


「ざっくりでいい。地形とか、道とか、大体わかるだろう」


――了解しました。外部野にデータを保管しておきます――


「何かあったら起こしてくれ」


 念のため、テントの周りにセンサーを設置してから寝た。


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