第10話 バレた!?● 改訂2024/06/15


 

 俺としたことが迂闊だった。

 ティーレの意識が混濁しているみたいだったので、てっきりフェムトとの会話――通信を聞かれていないと思っていた。


 朦朧とした意識のなか、ティーレは俺の声をすべてを聞いていた。


「それでは護衛をお願いしますね。あなた様」


「…………」


 どこまで知っているのか、恐ろしくて聞けない。

 本当に迂闊だった。ああ、フェムトに指摘されたときに思念通信に切り替えておけばよかった。


 流れからして、ティーレは砦の一団の上位にいたのは確実だ。それなりに、いや、かなり身分は高いはず。仮に結婚の件がバレても、なかったことに……できると思っていた。

 彼女にも世間体があるだろう。口止めはもとより、謝罪と賠償を請求……最悪の場合、命を差し出せと詰め寄られる可能性もある。


 隠してもしょうがないので、本当のことを話した。宇宙から来たことだけは秘密にして。


「じ、実は…………」


 微笑む彼女は、これ以上なく穏やかだった。

 これが世にいう、嵐の前の静けさだろう。怒るだろうな……。ほとんど意識がない状態で、キスしたんだからな……。

 俺だったらこんな美人からキスされたら泣いて喜ぶけど。残念なことに、俺はモテない。最悪の場合は土下座でもなんでもしよう。よし、心の準備はできた。さあ、本音をぶつけてくれッ!


 覚悟を決める。

 しかし結果は真逆だった。


 フェムトとやり取りしていた俺の言葉を一字一句違えることなく、彼女はしっかりと覚えていた。彼女の記憶と俺の発言が合致していたことに、ティーレは誠実な人、と勘違いしているようだ。

 勘違いで美化されている。そのことが彼女の好意につけ込んでいる気がして、俺には耐えられなかった。


「どうされたのですか、あなた様。誤解を心配しているのなら、要らぬ気苦労です。精霊様がすべて教えてくれました」


「精霊様?」


「はい。とても理知的で神々しい精霊様でした。私とあなた様のことを祝福していると仰っていました」


「んん?」

 訳がわからない。

 首をかしげていると、


――精霊は私のことでしょう――


【おまえが、まさかぁ】


 サポートAIを疑う俺に、ティーレは神妙な面持ちで詰め寄ってくる。

「信じてないのですね、あなた様」


「あっ、いや、信じてる。俺もその精霊様に毒の除き方を教えてもらったんだ」


「そうなのですか、あなた様も!」

 ティレーは、俺の手を握りしめ感激している。


「俺はあのときティーレを助けるのに必死で、精霊様の特徴とか名前とか、全然覚えていないんだ。ティーレは覚えているか?」


「精霊様のご尊名ですか……たしか、フェム……フェムトー様と仰っていたような」

 マジかよ……。


 額に手を当てて嘆く俺に、フェムトはドヤるように通信してくる。

――結婚なのですから仲立ちが必要と判断したのですが、間違っていましたか?――


【いや、ナイスフォローだ。だけど、彼女、おまえを使用できないだろう】


――はい、軍属ではないので高度なデータは使用できません。ですが、基本セットは使用できます――


【連邦法の臨時徴用か】


――正確には帝国法・連邦法の臨時徴用です――


 こういう堅苦しいところはAIだな。無視して話を続ける。


【基本セットって、どのくらいだ?】


――どのくらい、というのは?――


【士官学校の課程でたとえるなら、どの程度のカリキュラムだ】


――士官学校の一年課ほどのデータ量です――


【それって実質、徴募兵のカリキュラムじゃん】


――この世界では必要でしょう――


【それを部外者だった俺たちが言うか……】


――それにティーレという個体のデータサンプルをとるのに便利です――


【おまえ、もしかしてそのためにナノマシンを移植したとか】


――ラスティに強要されて無理矢理、救助したまでです――


【そういうことにしといてやるよ】


 ついでに教えてもらったのだが、ナノマシンを移植する場合、血液のほうが効率がよいことを知る。


【キスする必要性ってあったのか?】


――結婚には必要不可欠でしょう。体液を通じて移植するのは事実ですし――


【……まあな】


 フェムトとの交信が終わったところで、俺のことをじっと見つめているティーレに気づいた。

 しまった。フェムトとのやり取りに意識を向けすぎた。


「その、あまり気になさらないでください」


「あ、ううん」


「精霊様との出会いよりも、私のことを気に懸けてくれているのですね」


 完璧に勘違いされている。

 なんでだろう、罪悪感が……。

 これ以上考えるとネガティブな方向へ流されそうなので、話を変える。


「これからのことを考えよう。ティーレ、地図を持っているか?」


「持っています」

 彼女は腰に下げた袋から丸めた紙をとりだす。

 随分とゴワゴワしていて分厚い紙だ。


――羊皮紙です。これも地球にある古代文明のそれと合致します――

 フェムトの説明もあったことなので、動揺することなく羊皮紙の地図を挑めることができた。


 しかし、雑な地図だ。子供の落書きみたいだな。それにすごく限定的だ。

 運の良いことに、ティーレが現在地と目的地を示してくれた。

 羊皮紙の上下を分けるように、街道が左右に伸びている。地図の端にある城の絵が、ガンダラクシャだ。

 現在地は街道沿いにある街の北東。ガンダラクシャまで街道を東に進んで街を二つ越えなければならない。


「極力、街には寄りたくないな」


「食料はどうするのですか?」


「持ってきた食料じゃ足りないのか?」


 砦を去るとき、砦の一団の荷物から食料をかなり運んできた。

 パン、小麦、干し肉、芋、ニンジン、タマネギ。それと塩。それら以外にも生きたニワトリや魚の塩漬けもあったが、嵩張るので諦めた。


 余談ではあるが、ティーレの荷物がとてつもなく多い。その多くが衣類で、このことから彼女がいかに身分の高いご令嬢か窺い知れる。

 俺も幾分か減った自前の荷物があるので、二人の荷物をあわせるとかなりの量だ。


 馬にあまり負担をかけられないので、どうしても移動は歩きになる。当然、旅の日程は伸びる。


「計画を変更しよう。ここは徒歩で移動して、街に寄って情報をあつめよう」


「大丈夫なのでしょうか?」


「変装する」


「変装と言っても、服装は変えられても、顔は変えられません。もし人相書きが出回っていたら……」


「任せろ、考えがある」


 間近で見るティーレは息を飲むほどの美人だった。

 毛先のあたりを紫に染めた、青みを帯びた長い銀髪は、この惑星ではポピュラーなファッションなのだろうか? ドレスのような衣装に鎧となんともちぐはぐな格好だが、美しさのほうが勝って気にならない。


 しかし目立つ。

 服装は誤魔化せるとして、顔は隠しようがない。ノルテの話し方だと追っ手を気にしているようだった。そうじゃないと初対面の俺に剣なんか託さないだろう。当然ながら、追っ手はティーレの人相も知っているはず。

 何も対策をせずに旅をするのは不用心にもほどがある。しかし手持ちの道具はすくない。どうするか?


 サバイバルキットをつかうことにした。

 擬態用のペイントで、ティーレの髪と貌を変えるのだ。

 軍で使用する擬態用のペイントは汗でも流れ落ちない特殊塗料を採用している。連邦産の安心の代物だ。

 ペイントを落とすには一月の時間経過を待つか、同梱されている溶剤で洗い落とすしかない。

 このペイントでティーレの顔にソバカスを描いて、髪を黒く染める。別の色で、薄く肌に日焼けしたような色を乗せた。

 うん、我ながら上出来だ。これでどこから見てもティーレだとわからないだろう。


 つかい差しのペイントを捨てようか迷ったが、とっておくことにした。ガンダラクシャまで長い旅になるだろう。途中で描き直さないとな。


 変装が終わると、ティーレは荷物から鏡をとりだした。

 この惑星の文明にもう驚かないと思っていたが、金属を磨いただけの鏡に、驚きの声をあげかけた。


「あなた様、もしかして私の顔に……」


「いや、変装は完璧だ」


 ティーレは自身の顔を眺める。一瞬にして彼女の目は点になった。


「なんという……。まさに平民のそれですね。肌の色もですが、顔にいたってはまさに別人」


「だから言っただろう。完璧だって」


 それから俺たちは着替えた。平民姿だが、荷駄を連れているので、怪しまれないように旅の行商人とすることにした。

 ティーレの名前も、旅をしている間はカレンと呼ぶことにした。


 必要な物を吟味して、馬に荷を載せる。


 自立型セントリーガンは置いていこう。連れていくことも可能だが、目立つし移動が遅い。それに残弾数も少なくなっているので、川沿いに着陸した降下艇の防衛にあてることにした。まあ、降下艇自体入り口をロックしてあるので問題はないと思うが念のためだ。


 ほんの短い間だったが、世話になった拠点に別れを告げて、ガンダラクシャへの旅に出た。


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