第9話 惑星調査員の結婚● 改訂2024/06/15
「おい、嘘だろう!」
突然、倒れたティーレに俺は驚きを隠せなかった。
つい、うっかりフェムトへの通信内容が口に出る。
「疲労か? ショックか? それともアレルギー! あー、こんなことならパッチテストしときゃよかった。どうすればいいんだ、フェムト!」
――声に出ていますが大丈夫ですか?――
「そんなことより対処法を教えてくれ」
――スキャナーがあるのでは?――
「スキャナーで何をしらべるんだ。ワクチンか、抗体か?」
――落ち着いてください、ラスティ。まずはバイタルから検査しましょう――
「そ、そうだな」
スキャナーをティーレにかざす。
――血圧、心拍数ともに低下。体内に異物を検知、精密検査を実行します。…………毒物反応あり――
「危険度は?」
――危険度四。遅効性の猛毒による症状と合致します。生物由来の有機物です。水溶性で熱に弱いタイプですね。複雑な分子構造ではないので、標準の医療アプリでも解毒は可能です――
危険度四は致死レベルの猛毒だ。一刻を争う。
「解毒しろ、いますぐにだ。いや、そんなことしなくても医療キットの解毒薬をつかおう!」
AIがなぜこんな簡単なことを見逃していたのだろう?
医療キットへ手を伸ばす。
――残念ながら既存の解毒薬では効果がありません。未知の成分が混入されていますので、対応していません――
「解析できたのなら対処可能だろう?」
――説明しました。宇宙軍支給のそれには対応していません――
頭の硬い奴め、それなら先に言っておいてくれよ。
「だったら医療アプリでなんとかしろ」
――不可能です。個体名:ティーレの体内にナノマシンは存在しません――
「それなら、俺のナノマシンで解毒剤をつくれ。それを飲ませる」
――意味がありません。いまから作製しても、解毒薬が効果を発揮するまで時間がかかります。手遅れです――
「あれも駄目これも駄目。だったら、どうすりゃいいんだ」
――方法はあります――
「それならそうと、早く言え」
――ナノマシンの移植です。ですが条件があります――
「条件ってなんだよ」
――ナノマシンの移植には帝国・連邦のどちらかに所属していなければいけません――
「当然だろう。軍属ならば誰だって知っていることだ」
――個体名:ティーレは、そのどちらの条件も満たしていません――
「帝国法に則って〈貴族の努め〉を行使する」
――不可能です。〈貴族の努め〉にナノマシンの移植は含まれていません――
しかたない。ここはフェムトのデータを
気は
――AIの基幹データへのアクセスを検知。個体情報、ティーレへのアクセスを遮断します。ラスティ、この行為は倫理コードに抵触しますよ――
「じゃあ、どうやって彼女を助ければいいんだよ」
――なんらかの方法で、帝国・連邦の勢力に属せばいいのです。それも合法な方法で――
合法な方法? どうするんだよ。
無い知恵を絞って考える。
AIが明確な答えを出さないということは非現実的なことかもしれないな。対象を俺にして、非現実的なことといえば…………。
思い当たる節があった。
でも、まさかな。
「…………だったら、こういうのはどうだ。結婚するとか」
弱味につけ込むようで気は進まないが、これもティーレのためだ。あとでなんと言われてもいい、砦の人たちは助けられなかったけど、彼女だけでも助けたい。
――…………帝国法的には可能ですが、結婚には双方の同意が必要です――
「無理難題だ。相手は意識が無いに等しい状態だぞ!」
――しかし方法はこれしかありません――
「くぬぅ、こうなったら……」
ティーレを揺さぶる。
「聞こえてるか。死にたくなかったら結婚しろ。ハイと答えるだけでいい! 嘘でもいいからハイと言ってくれ」
「そうですね……そのとおりです………………任せます」
毒のせいか、意識が曖昧なようだ。
「ちがうハイだ。なんでもいいから了承の言葉をくれ」
「……わかりました。…………受理しましょう」
「聞いたかフェムト! 受理だぞ、受理! 結婚を受けてくれるって意味だよな!」
――…………システムの不備を突きましたね――
「一応、OKだろう。俺の願いが受理されたんだから」
――本来の結婚とニュアンスがかけ離れていますが、そう言われると認めざるを得ません――
「それで、どうやってナノマシンを移植するんだ?」
――軍属として教育を受けてきたのでは……――
「そんな昔のこと忘れた。さっさとやり方を教えろ」
――それではキスをしてください――
「キスッ!」
――経口摂取してもらいます――
「傷口にか?」
――キスと言いました。唇にキスしてください――
「嘘じゃないよな」
――嘘ではありません――
ティーレは美人だ。キスするのはやぶさかではない。しかし、彼女の意志はどうなのだろうか? 命を救うためとはいえ、やり過ぎなような……。
――はやくしないと本当に手遅れになりますよ――
「えーい、わかった」
意識が混濁しているであろう彼女を抱きしめる。
「悪く思うなよ、これも君を助けるためだ」
そう自分に言い聞かせ、俺は人生初のキスをした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます