第8話 subroutine ティーレ_出会い● 改訂2024/06/15


◇◇◇ ティーレ視点 ◇◇◇


 成り行きで、私は奇妙な男と一緒に旅をすることになった。


 男はラスティ・スレイドと名乗った。

 変な形の杖を持っており、姿を隠せる不思議なマントを羽織り、見たことのないぴっちりとした服を着ている。栗色の髪は短いながらも清潔感があり、ととのった面立ちをしている。それに小綺麗だ。さぞかしモテるのだろう。しかし、魔術師にしては些か肉付きが良い。昔見た冒険者のような無駄のない体つきをしている。

 素性の知れぬ男だけれど、腕が立つのは間違いない。ただ乗馬に関してはだった。


「ちょっ、これどうやって走らせるんだ!」


 比較的、扱いやすい馬を選んでつもりだけど、馬に遊ばれている。

 やはり魔術師なのでしょう。もし爵位を賜った騎士ならば、私の顔を知っているはず。そもそも紋章を見ても膝をつかないところかして、おかしい。

 土地勘もないし、しゃべり方も子供みたいだ。

 確証はないけど、世界を旅している魔術師なのだろう。私の知らない世界からやってきたのだ。そうにちがいない。


 そんなことを考えているうちに、襲撃してきた一団を葬った場所にたどり着く。男が魔法をつかった場所だ。目にもとまらぬ高速の何かを撃ちだしていたのは理解できた。しかし、それが何かは知らない。


 夜目に慣れてきたので、敵の規模がはっきりとわかる。その数は一〇〇やではない。下手をすると五〇〇を越えるだろう。ちょっとした軍勢を男は一人で倒したのだ。


 恐ろしいまでの強者。熟練の冒険者どころの強さではない。ノルテ元帥が家宝の魔法剣を手放すはずだ。


 我が国の誇る数いる元帥のなかで最強と謳われたノルテ元帥。一騎打ちでは無敗を誇るかの名将に家宝を譲らせた……。それだけでも感嘆に値する。

 武人としての人物鑑定眼はノルテの右に出る者はいない。おそらく元帥は、この男の強さをひと目で見抜いたのだろう。そうにちがいない!


「ちょっと荷物を取ってくるんで、あの丘に寄ってもいいか?」


「構いません」


 男の言葉遣いは非常に不愉快だった。

 名前からして貴族なのだろうが、作法がなっていない。下級貴族なのは間違いない。だからこそ不愉快だ。我が家の紋章を見ても何も思わないのが腹立たしい。


 しかし主導権は男にある。私一人ではガンダラクシャまで行く自信はない。

 不本意ながら、男に合わせた。


 丘の上にのぼると、金属でできた蜘蛛が出迎えてくれた。


「あの黒い鎧の一団を倒したのはコレだ」


「この鉄の蜘蛛が? 魔導器アーティファクトなの、それとも魔導遺産レガシー?」


 疑問を口にしたら、途端にラスティは黙り込んでしまった。

 どうやら鉄の蜘蛛には触れてはいけないらしい。話を変えようとしたら、不覚にもお腹が鳴いた。


「…………」


「お腹が空いているのか?」


「…………」


 聞こえていたようだ。恥ずかしいが頷く。


「ちょっと待ってな」


 ラスティは金属製の箱を開けると、なかから銀の塊をとりだした。

「食べろ」と、指四本分はある銀の塊を突き出してくる。


 魔術師は銀を食べるのか!? 錬金術師は水銀を飲むと噂に聞いている。どうやら噂は真実らしい。


 驚いていると、ラスティはそれを剥き始めた。

 羊皮紙よりも薄い銀の皮膜を捲ると、なかから茶色い物体があらわれた。何かを錬り固めた保存食のようだ。こんな食べ物見たことがない。

 彼はその保存食を一口食べて、皮膜を剥いていない新しい物を私に差し出す。


 もらい受け、薄い銀の皮膜を捲る。空腹の身に、抗いがたい甘い香りした。

 無意識に喉が鳴る。


 口にするのを躊躇っていると、

「大丈夫」

 ラスティはにこやかに微笑んできた。


 騎士のような力強さこそないが、安心できる。なんと表現すれば良いのだろう。優しい、いや、ほっとする。そうだ、親しみを持てる笑顔だ。間違いない。この魔術師はモテる。


 彼の言葉を信じよう。

 おそるおそる、茶色い物体を口にする。


「……美味しい」


 モソモソとした食感。あまり好きになれない食感だ。しかし、凄まじく甘い。

 茶会で食べる菓子とは比べものにならない甘さだ。


 身体が甘さを欲している。

 気がつくと、一本丸々食べていた。

 量としては少なかったが、空腹は感じない。


 お腹が満たされて、ほっとした。緊張が解けて、力が抜ける。気のせいか、ぼうっとしてきた。

 次の瞬間、視界が激しく揺れた。

 世界が倒れる。


「どうしたッ!」


 男の――ラスティの声が遠い。

 彼の顔が間近に迫る。

 払いのけようとしたが、動けない。身体に力が入らない。

 追い打ちをかけるように、悪寒が私を襲う。

 ぼんやりとする頭で、考える。毒か……。

 覆面をした敵と切り結んだ記憶が蘇る。あのとき、肩にかすり傷を負ってしまったな。あの傷か…………。


「……寒い」


 ラスティはなにやら金属の塊を私に掲げて、険しい顔をしている。

 薄ぼんやりとだが、酷く狼狽したラスティの顔が見えた。話しかけてくれているようだけど、うまく声が聞きとれない。

 せっかく助けてもらったのに、私はここで死んでしまうのか。


 世界が揺れる。


 ラスティが必死になにかを語りかけてくる。

 身体が重い。怠くてたまらない。

 すべてがどうでもよくなって、なにも聞こえないのに適当な返事をしてしまった。


 もうどうでもいい。父の仇、母の仇、兄弟たちの仇、伯父や叔母の仇。

 ふわふわと揺らめく世界のなかで、彼は私の……。


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